第37話

文字数 800文字

《ナカミぃ……ナカミぃ……》

 黒い影は同じ事を呟きながら この空間を彷徨っている。
音は ゆっくりと音楽室の前に差し掛かる。今暫くの辛抱だ。

(何を、引き摺っているの……?)

 ずっと気になっていた事だ。
弓絵は音楽室のドアを僅かに開け、通り過ぎようとする黒い影の足元に目を凝らす。


ズルズル、ズルズルズル……


(制、服……?)


ズルズル、ズルズルズル……


!!

 黒い影の手のらしき部分が握っているのは足。
上履きを履き、制服のズボンの裾がドアの隙間から見える。
黒い影は、何者かを引き摺って歩いていたのだ。

(ま、さ、か……)

 恐怖の余り、弓絵の体は凝結。
視線を反らす事も出来ずに、ドアの隙間を見つめ続ける。
制服のズボンから ゆっくりと上半身が現れ、その人物の横顔が通り過ぎる。


ズルズル、ズルズルズル……


(彗、君――)

 廊下の天井に向けられるガラス玉の様な瞳が生気を帯びていない事は、この暗闇の中でも判断できるだろう。

(彗君……)


『弓絵、落ち着いて。僕が着いてるから』

『間に合って良かった……本当に良かった……』


(彗君……)

 彗の勇敢さに弓絵は どれだけ救われたか知れない。
いつでも見守ってくれていた その眼差しが今では何も映さなくなっている事に、悲しみと怒りが抑えられない。

「ぅ、ぁ……あッ、、あぁあぁあぁあぁ!!

 弓絵は直ぐ横の掃除用具入れから[[rb:箒 > ほうき]]を取り出すと、形振り構わず廊下に飛び出す。

「待て! 化け物!! 彗君を、彗君を返せぇえぇえぇ!!


ズル……


 弓絵の怒号に、シルエットばかりの黒い影は足を止める。
そして、首を捻る様に蠢くが、向き直った素振りは無い。
コレはあくまで影であって、前も後ろも無いのだ。

(まるで、沢山の黒い虫が固まりになって姿を成しているようだ……)

 実に不気味で醜悪なシルエット。
黒い影は彗を引き摺りながら弓絵に向って歩き出す。
弓絵は呼吸を荒げ、箒を構える。
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