第39話 変わらない日常

文字数 1,642文字

 (きり)の国が占拠されてから、既に三か月が過ぎようとしていた。
 国が亡びてなくなるということは、これ程に呆気ないものなのか。

 それが華仙(かせん)の率直な感想だった。国が亡ぶという言葉だけを考えれば、それは大層なことであるように思える。だが、実際は国が亡びてしまっても、そこにいた民たちの生活は何も変わらない。民たちはそれ以前と同じように霧が晴れてから畑を耕し、狩りをする。

 民にとっては、それまでと何ら変わらない日常がそこにあるだけだった。

 変わらない日常。
 そういった意味で言えば、占拠した側である陽の国の存在も大きかったのかもしれない。略奪などの非道な行為は一切なくて状況だけをみると、とてもではないが霧の国という国が亡びてしまったとは思えないほどに安寧な日々が続いていた。

「国が亡びるって、別に大したことではないのね」

 熱が高くはないものの、寝台に伏している(げん)を前にして華仙は呟くように言う。このことに関して言えば、華仙はどこか拍子抜けしたような気分でもあった。

「そうだね。僕たち一部の特権的な者を除けば、民たちには国があろうがなくなろうが、日々の生活にはあまり関係がないのだろうね。それに、これは陽の国に因るところが大きいのだろうね。(よう)の国は国を亡ぼす遣り方をよく知っている」
「どういうこと?」
「ここで陽の国が亡ぼした国に対して無慈悲なことをすれば、その国の民と決定的な因縁が残ってしまう。いずれはその因縁を旗印にして、争いが起きるかもしれない。陽の国は今のうちからその可能性を極力、失くそうとしているのだろうね」

 因縁を失くす。それはそれでよい考えなのだろうと華仙も思う。だけれども、霧の国という自分たちにとって大切な国が亡ぼされてしまったという事実に違いはない。ならば、国が亡ぼされてしまったという因縁はどうなるのだろうか。

「でも、私たちの国が亡びてなくなってしまったことには違いないわよね」
「そうだね。でも、それだけはどうしようもない。陽の国は僕たちに従属を望んだのではなくて、併合することを望んだのだから。国がなくなってしまったことに対する反感。それに紐づく因縁だけは仕方がない。だからこそ、陽の国はそれ以外の反感を極力なくそうとしているのだろうね」

 そんなものなのかと華仙は思いつつも、未だに解決されていないことが気になる。それまでの君主であった玄の処遇だ。

「国はなくなった。では君主は、玄はどうなるのかな」
「そんなに怖い顔をする必要はないよ、華仙。大丈夫だよ。殺されるならば、もう既に僕は殺されているはずだからね」

 殺される。その言葉に華仙の表情が固まる。あまり考えないようにしていたものの、可能性としては十分にあり得る話だった。国が亡んでしまった以上、それまでの君主など陽の国にとっては邪魔な存在でしかないのだ。

 霧の国の王族というべき存在は玄しかいない。以前は他にも君主に連なる家々があったのだが、長い年月の中で全てが途絶えてしまっていた。

 辛うじて華仙の将軍家が遥か昔に君主家との血縁関係がある。なので唯一、君主家に連なる血筋といえるのかもしれなかった。

「玄、そんなことを簡単に言うのは止めて。私がそんなことをさせはしないんだから」
「そうだったね。ごめん。謝るよ」

 玄が素直に謝辞を述べた時だった。寝室の扉が叩かれて、玄の乳母であり今も身の回りの世話をしている梅果(ばいか)が姿をみせた。

「玄様、呂桜(りょおう)将軍がお呼びとのことでございます」
「将軍が?」

 心当たりがないようで、玄は軽く眉間に皺を寄せている。

「大丈夫よ、玄。玄は体調がよくないのだから、代わりに私が行くわ。私で答えられないことであれば、持ち帰ってくるから玄は寝ていなさい」
「姫様、玄様のご加減はよろしくないので?」

 華仙の言葉に梅果が少しだけ不安そうな顔をする。そんな梅果を見て玄は苦笑を浮かべた。

「大丈夫だよ、梅果。相変わらず華仙が心配性で大げさなだけだからね」

 玄の言葉に梅果は少しだけ安堵の表情を浮かべたようだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み