第54話 苦難の道
文字数 1,970文字
「呂桜 将軍、この後は?」
「何、牙城 砦を陥落させる功は兄上に譲るさ。我々西方軍には治安の維持も兼ねて、再び西方地域に戻るようお達しが出ている」
夏徳 は呂桜 の言葉を聞いて、軽く眉間に皺を寄せた。確かにこの戦いで七万にも及んだ海の国の兵の半数近くを討ち取ることができた。だが、それだけで牙城砦を落とせると考えるのは、夏徳としては早急と言わざるを得なかった。
ま、俺には最早、関係ないのだがね。
夏徳は心の中で呟くと、それ以上に懸念していたことを口にした。
「丸 の国と柱 の国に関しては国が考えていたように、その力を削ぐことができました。ですが、功を上げた霧 の国を始めとして、西方地域にあった主だった国々の元君主や兵の多くはまだまだ健在です」
夏徳の言葉に呂桜は頷いた。
「国が、父上がその国々の力を削ぐために別の手を打ってくると?」
「恐らくはそうなるでしょうな。そもそも、そのような旧小国たちを恐れる必要などないと私は思います。ですが、国はそう考えた。一度そう考えたのであれば、簡単に考えを変えないのが国というものでしょうから」
呂桜が眉間に深い皺を刻み込む。
「分かった。西方地域に戻ったら一度、帝都へ帰る申し出をしてみよう。父上と話す必要がある。夏徳、お主も同行してくれ」
夏徳は呂桜の言葉に黙したままで頷いた。
可哀そうだが旧西方地域の諸国には、まだまだ苦難の道が続くか。
夏徳はそう心の中で呟くのだった。
海 の国との戦いから半年が過ぎ去ろうとしていた。未だに考えるのだが誰ひとり欠けることもなく、無事にこの地へ帰ってくることができるとは華仙 も思っていなかった。負傷者はいたものの、死者を出すことはなく華仙たちは霧の国に再び戻ることができたのだ。
まだ霧が残る大気に安堵の息を吐き出しながら、華仙は玄 がいる宮殿へと足を急がせていた。
あの戦いの後、呂桜と夏徳は西方地域に戻ると、そこに留まることはなく帰還する西方軍の兵とともに帝都へ向かって行った。
結局、治安を維持するとの名目で霧の国に残った陽 の国の兵は総勢五百。陽の国が併合した西方地域の各国にも同程度の兵数が置かれているらしい。五百という数はかつての小国とはいえ、それを支配するには少しばかり兵の数が足りない気がする。
玄の言葉を借りるのであれば、陽の国は併合した西方地域各国の反乱等を直近では考えていないということなのだろう。
一方で玄はといえば、帰還してから発熱する日が多くなってきていた。高熱を発するわけではなかったが、微熱が続く日が多い。その続く微熱が徐々に玄の体力を奪っていってしまうようで、それが華仙を不安にさせていた。
王宮といっても粗末なものなのだが、玄はかつての王宮に再び居を構えていた。呂桜たちが帝都へ帰還した後、玄は以前と同様に王宮へ住むことが許されたのだった。
その日、華仙は丁統 と偶然に王宮で出食わす格好となった。丁統は西方軍の軍師、夏徳の副官だった人物だ。現在、霧の国に駐在する陽の国の兵はこの丁統が率いていた。
「おはようございます、姫様」
いつからか丁統も霧の国の皆と同じく、華仙のことを姫様と呼ぶようになっていた。陽の国の中央に位置する人間から姫様と呼ばれる謂れはないのだが、嫌味で言ってる感じでもないので、華仙はそれを素直に受け入れていた。
もっとも、姫という敬称で言えば、華仙は王族の娘などではなくて単に将軍家の娘でしかないのだ。霧の国の人々が将軍家の娘に敬愛を込めて姫と呼んでいただけに過ぎない。なので、華仙の中で姫という呼称に拘りがあるわけでもないのだったが。
「おはようございます、丁統殿」
華仙は丁統に黒色の瞳を向けた。正確な歳を華仙は知らないが、丁統はまだ二十歳を越えたばかりのように見える。おそらく玄と大して歳は変わらないのだろう。
その歳で軍師の副官を務めていたのだ。出自も含めて優秀なのだろうと華仙は思っていた。
「玄殿のご様子はいかがでしょうか」
「ありがとうございます。昨日、発熱したと言っても高熱ではなかったので、ご心配するようなことはないかと思います」
「そうですか」
丁統は頷くと少しだけ考える素振りをみせて、再び口を開いた。
「以前から考えていたのですが、帝都であれば優秀な医者もおります。玄殿には一度、帝都の医者に診てもらうのもよいかもしれませんね」
丁統の言葉を聞いて、華仙は確かにそうだと思う。陽の国の進んだ医療であれば、発熱の原因も分かるかもしれないし、玄の症状に有効な薬だってあるかもしれない。
そう思いながら華仙はゆっくりと丁統に頭を下げた。
「ありがとうございます、丁統殿。その際は是非ともご相談させて下さい」
「姫様、堅苦しい礼儀は不要ですよ。その際は是非、ご相談下さい」
丁統はそう言って爽やかな笑顔を華仙に向けるのだった。
「何、
ま、俺には最早、関係ないのだがね。
夏徳は心の中で呟くと、それ以上に懸念していたことを口にした。
「
夏徳の言葉に呂桜は頷いた。
「国が、父上がその国々の力を削ぐために別の手を打ってくると?」
「恐らくはそうなるでしょうな。そもそも、そのような旧小国たちを恐れる必要などないと私は思います。ですが、国はそう考えた。一度そう考えたのであれば、簡単に考えを変えないのが国というものでしょうから」
呂桜が眉間に深い皺を刻み込む。
「分かった。西方地域に戻ったら一度、帝都へ帰る申し出をしてみよう。父上と話す必要がある。夏徳、お主も同行してくれ」
夏徳は呂桜の言葉に黙したままで頷いた。
可哀そうだが旧西方地域の諸国には、まだまだ苦難の道が続くか。
夏徳はそう心の中で呟くのだった。
まだ霧が残る大気に安堵の息を吐き出しながら、華仙は
あの戦いの後、呂桜と夏徳は西方地域に戻ると、そこに留まることはなく帰還する西方軍の兵とともに帝都へ向かって行った。
結局、治安を維持するとの名目で霧の国に残った
玄の言葉を借りるのであれば、陽の国は併合した西方地域各国の反乱等を直近では考えていないということなのだろう。
一方で玄はといえば、帰還してから発熱する日が多くなってきていた。高熱を発するわけではなかったが、微熱が続く日が多い。その続く微熱が徐々に玄の体力を奪っていってしまうようで、それが華仙を不安にさせていた。
王宮といっても粗末なものなのだが、玄はかつての王宮に再び居を構えていた。呂桜たちが帝都へ帰還した後、玄は以前と同様に王宮へ住むことが許されたのだった。
その日、華仙は
「おはようございます、姫様」
いつからか丁統も霧の国の皆と同じく、華仙のことを姫様と呼ぶようになっていた。陽の国の中央に位置する人間から姫様と呼ばれる謂れはないのだが、嫌味で言ってる感じでもないので、華仙はそれを素直に受け入れていた。
もっとも、姫という敬称で言えば、華仙は王族の娘などではなくて単に将軍家の娘でしかないのだ。霧の国の人々が将軍家の娘に敬愛を込めて姫と呼んでいただけに過ぎない。なので、華仙の中で姫という呼称に拘りがあるわけでもないのだったが。
「おはようございます、丁統殿」
華仙は丁統に黒色の瞳を向けた。正確な歳を華仙は知らないが、丁統はまだ二十歳を越えたばかりのように見える。おそらく玄と大して歳は変わらないのだろう。
その歳で軍師の副官を務めていたのだ。出自も含めて優秀なのだろうと華仙は思っていた。
「玄殿のご様子はいかがでしょうか」
「ありがとうございます。昨日、発熱したと言っても高熱ではなかったので、ご心配するようなことはないかと思います」
「そうですか」
丁統は頷くと少しだけ考える素振りをみせて、再び口を開いた。
「以前から考えていたのですが、帝都であれば優秀な医者もおります。玄殿には一度、帝都の医者に診てもらうのもよいかもしれませんね」
丁統の言葉を聞いて、華仙は確かにそうだと思う。陽の国の進んだ医療であれば、発熱の原因も分かるかもしれないし、玄の症状に有効な薬だってあるかもしれない。
そう思いながら華仙はゆっくりと丁統に頭を下げた。
「ありがとうございます、丁統殿。その際は是非ともご相談させて下さい」
「姫様、堅苦しい礼儀は不要ですよ。その際は是非、ご相談下さい」
丁統はそう言って爽やかな笑顔を華仙に向けるのだった。