第31話 危ない真似
文字数 1,631文字
「華仙 、危ない真似はしていないだろうね」
華仙たちを出迎えた玄 は華仙の顔を見ると、まずは最初にそう言った。
危険な真似も何も敵陣に斬り込みをかけてきたのだ。それ自体が危ないでしょうにと華仙は思う。だけれども、それをそのまま言うこともできず、どこか的外れな玄の言葉に華仙は不明瞭な頷きを返した。
一方で威候 が厳しい顔で口を開いた。
「玄様、申し訳ございませんでした。邪魔が入り、陽 の国との交渉に値するような者を捕らえることは叶いませんでした」
威候がそう言って頭を下げた。
「いや、深追いしていれば、囲まれていたかもしれないからね。無事に皆で帰ってこられたのだ。それだけで上出来だよ。陽の国の将兵も肝を冷やしたことだろうしね」
「これでもうこの策は使えないですな。陽の国も撤退時には今後、慎重を期するようになるでしょう」
威侯の言葉に玄は軽く頷いた。
「そうだね。ならば、別の策を考えるとしよう。いずれにしても、皆が無事に帰って来て安心した。威候、僕は少しだけ休むとするよ。皆の心配をしていて疲れたようだ」
玄はそう言って華仙に視線を向けた。
「華仙、見てきた敵の様子を聞かせてほしい。ついてきてくれ」
頷く華仙に玄は少しだけ笑みを浮かべて踵を返したのだった。
「華仙、危ない真似はしていないだろうね」
王宮にある玄の部屋で、玄は椅子に座るなり華仙にもう一度、先刻と同じことを聞いてきた。
「何が危ないのか。それはよく分からないけど、別に無茶はしていないわよ」
その言葉に玄は少しだけ息を吐き出した。
「やはり、華仙を僕の目が届かない戦場に向かわせるのは心配だ。威侯たちが近くにいるとはいえ、さっきも気が気ではなかったからね」
「あら、何か随分な言葉ね。私は玄が思っている以上に強いのよ」
それは知っているよといった感じで玄は頭を左右に振った。
「でも、戦場は一対一ではないからね。いくら華仙が強くても、稽古とは違うと思うよ」
知ったような口を利いて。そう思わないわけでもなかったが、玄が自分の心配をしていることは間違いないので、華仙はその言葉を飲み込んだ。
「それよりも、玄は大丈夫なの?」
玄の顔を覗き込むようにして華仙は訊いた。玄は少しだけ溜息をつく。
「華仙には隠せないね。少し熱があるみたいだ」
玄の潤んだ濃い茶色の瞳を見る限りでは、少しの熱ではないだろうと華仙は思う。だけれども、玄がそれを隠そうと言うのであれば、少しは自分もそれを尊重しなければとも思う。
そう。少しだけね。
華仙は心の中で呟いた。
「ここ暫く陣頭で指揮していたから、きっと疲れたのね」
「情けないね。皆、命懸けで陽の国と戦っているのに、君主の僕がこんな状態では」
「玄の体が丈夫ではないのは、今に始まった話ではないのよ。大丈夫。戦いの方は私や父上に任せて、玄は少し横になりなさい」
華仙がそう言うと玄は少しだけ不満そうな顔をする。
「華仙、僕はもう子供ではないからね。横になりたければ、自分でそうする。それに華仙、さっきも言ったけど、僕が近くにいないからといって、危ない真似はしてはいけないよ」
はいはいといった感じで頷きながら、華仙は玄を寝台へ向かわせる。口ではそのような強がりを言っていたものの、実際は体調がよくないのだろう。玄は素直にそのまま寝台に横たわった。
寝台に横たわった玄は天井を見つめながら口を開いた。
「国としての矜持を守りながら、この戦いを終わらせる術を早く見つけなけないとね」
「そうね。あの時、敵将を捕らえることができていれば、それをもって有利な交渉もできたかもしれないのだけれども」
玄にそう言われると華仙の中で後悔の念が持ち上がってくる。
あの時、威侯が捕らえようとした者。間違いなく女性だった。どういう理由で女性の身でありながらも彼女が戦場に身を置いているのかは知る由もない。だが、そうであるが故に、彼女がそれなりの身分にいる者だということも示しているのだと華仙は思っていた。
華仙たちを出迎えた
危険な真似も何も敵陣に斬り込みをかけてきたのだ。それ自体が危ないでしょうにと華仙は思う。だけれども、それをそのまま言うこともできず、どこか的外れな玄の言葉に華仙は不明瞭な頷きを返した。
一方で
「玄様、申し訳ございませんでした。邪魔が入り、
威候がそう言って頭を下げた。
「いや、深追いしていれば、囲まれていたかもしれないからね。無事に皆で帰ってこられたのだ。それだけで上出来だよ。陽の国の将兵も肝を冷やしたことだろうしね」
「これでもうこの策は使えないですな。陽の国も撤退時には今後、慎重を期するようになるでしょう」
威侯の言葉に玄は軽く頷いた。
「そうだね。ならば、別の策を考えるとしよう。いずれにしても、皆が無事に帰って来て安心した。威候、僕は少しだけ休むとするよ。皆の心配をしていて疲れたようだ」
玄はそう言って華仙に視線を向けた。
「華仙、見てきた敵の様子を聞かせてほしい。ついてきてくれ」
頷く華仙に玄は少しだけ笑みを浮かべて踵を返したのだった。
「華仙、危ない真似はしていないだろうね」
王宮にある玄の部屋で、玄は椅子に座るなり華仙にもう一度、先刻と同じことを聞いてきた。
「何が危ないのか。それはよく分からないけど、別に無茶はしていないわよ」
その言葉に玄は少しだけ息を吐き出した。
「やはり、華仙を僕の目が届かない戦場に向かわせるのは心配だ。威侯たちが近くにいるとはいえ、さっきも気が気ではなかったからね」
「あら、何か随分な言葉ね。私は玄が思っている以上に強いのよ」
それは知っているよといった感じで玄は頭を左右に振った。
「でも、戦場は一対一ではないからね。いくら華仙が強くても、稽古とは違うと思うよ」
知ったような口を利いて。そう思わないわけでもなかったが、玄が自分の心配をしていることは間違いないので、華仙はその言葉を飲み込んだ。
「それよりも、玄は大丈夫なの?」
玄の顔を覗き込むようにして華仙は訊いた。玄は少しだけ溜息をつく。
「華仙には隠せないね。少し熱があるみたいだ」
玄の潤んだ濃い茶色の瞳を見る限りでは、少しの熱ではないだろうと華仙は思う。だけれども、玄がそれを隠そうと言うのであれば、少しは自分もそれを尊重しなければとも思う。
そう。少しだけね。
華仙は心の中で呟いた。
「ここ暫く陣頭で指揮していたから、きっと疲れたのね」
「情けないね。皆、命懸けで陽の国と戦っているのに、君主の僕がこんな状態では」
「玄の体が丈夫ではないのは、今に始まった話ではないのよ。大丈夫。戦いの方は私や父上に任せて、玄は少し横になりなさい」
華仙がそう言うと玄は少しだけ不満そうな顔をする。
「華仙、僕はもう子供ではないからね。横になりたければ、自分でそうする。それに華仙、さっきも言ったけど、僕が近くにいないからといって、危ない真似はしてはいけないよ」
はいはいといった感じで頷きながら、華仙は玄を寝台へ向かわせる。口ではそのような強がりを言っていたものの、実際は体調がよくないのだろう。玄は素直にそのまま寝台に横たわった。
寝台に横たわった玄は天井を見つめながら口を開いた。
「国としての矜持を守りながら、この戦いを終わらせる術を早く見つけなけないとね」
「そうね。あの時、敵将を捕らえることができていれば、それをもって有利な交渉もできたかもしれないのだけれども」
玄にそう言われると華仙の中で後悔の念が持ち上がってくる。
あの時、威侯が捕らえようとした者。間違いなく女性だった。どういう理由で女性の身でありながらも彼女が戦場に身を置いているのかは知る由もない。だが、そうであるが故に、彼女がそれなりの身分にいる者だということも示しているのだと華仙は思っていた。