第57話 肺の病
文字数 1,563文字
「暫くの間、病状を観察する必要がありますが、恐らくは肺の病でしょうな」
玄 の体を診終えた後、初老の域に達しているように見える享豊 と名乗った医者がそう告げた。
肺の病。
それが具体的にどういったものなのか。華仙 にはそれだけで分かるはずもなかったが、禍々しい物のようにしか感じられなかった。
「親族など、近しい人に同じような症状の方はおりませんでしたか?」
「恐らくは私の母上がそうであったかと」
玄が呟くように言う。
「お母上は今もご健在でしょうか?」
「いえ、私が幼い頃に亡くなっております」
「そうですか。それは失礼致しました。この病は感染りますゆえ」
享豊の言葉を聞いて玄は引き攣った顔で華仙を見た。そんな玄の様子を見て享豊が再び口を開いた。
「普通の丈夫な方であれば、まず感染ることはありませぬな。見ればそこのお嬢さんは、よく日にも焼けていて健康で丈夫そうだ。そのご様子であれば、この病も逃げ出すことでしょう」
享豊はそんなことを言って、何が面白いのか大口を開けて笑う。玄もそんな享豊に苦笑を浮かべている。
うら若き乙女を捕まえて、見た目だけで丈夫そうだの、病も逃げ出すだのとはどういうことだと華仙は思う。
確かに風邪すらも引いた記憶はないのだったが。
両頬を見事に膨らませた華仙に玄が声をかけた。
「でもよかったよ、華仙。もし、華仙にも感染してしまっていたらと心配した」
そう正面から心配したと言われてしまえば、膨らんだ華仙の両頬も萎まざるを得ない。加えて、今度は両頬が上気するのを感じる。そんな自分に己でも何かと忙しいと華仙は思う。
「この病、生まれついて体があまり丈夫ではない者が発症することが多い。おそらく、あなたのお母上もあまり体が丈夫ではなかったのではないかな」
玄が黙って頷いた。幼い頃の記憶だったが、確かに玄の母親である美麗 にも体が丈夫だった印象は全くなかった。
それが生まれつきのものなのか、この病によるためのものなのかは分からないのだが。
「残念ながらこの病、完治は望めない病です」
享豊の言葉を聞いて華仙の顔から血の気が一気に引いてしまう。そんな華仙の顔色に気がついたのだろう。享豊が再び口を開いた。
「大丈夫です。完治は難しいですが、精がつく物を食べ、静養しながらであれば、人並みには生きられます。玄殿は高い身分の方だと聞いております。そうであれば、無理さえしなければ、大丈夫でしょう」
その言葉を聞いて華仙は安堵の溜息を吐いた。玄の顔を見ると、やはり同じく安堵の表情が浮かんでいる。
「ただし、煎じ薬を毎日一度、必ず飲んで頂きます」
享豊の言葉を聞きながら、なるほどと華仙は思う。静養にしても薬にしても、ある程度は恵まれた身の上でなければ享受できないものだった。そうである以上、確かに高い身分の方であればといった言い方になってしまうのだろう。
しかし、そんなことを皮肉に思う必要はないとも華仙は思う。今は玄がその身の上であったことを喜ぶべきなのだろうと。
「分かりました。私は王都の人間ではなく、陽 の国の遥か西の端。かつては霧 の国と呼ばれた地域の者です」
「はて、霧の国ですか?」
玄の言葉に享豊は首を傾げた。その様子から霧の国などは聞いたこともないといった感じだった。
「暫くは帝都に滞在する予定ですが、いずれはその西の端に帰ります。その薬はそこでも手に入るのでしょうか」
玄が言うと享豊は合点がいったとばかりに頷いた。
「大丈夫です。腐る物ではないのでお届けいたしましょう。ただ、二年に一度は帝都に来て容体を見せて下さい」
「分かりました。お世話になります」
玄が頭を下げる。
いえ、いえとばかりに片手を振る享豊に華仙は尋ねてみた。
「静養とは、具体的にどのようなことなのでしょうか」
その問いかけに享豊は難しい顔をする。
肺の病。
それが具体的にどういったものなのか。
「親族など、近しい人に同じような症状の方はおりませんでしたか?」
「恐らくは私の母上がそうであったかと」
玄が呟くように言う。
「お母上は今もご健在でしょうか?」
「いえ、私が幼い頃に亡くなっております」
「そうですか。それは失礼致しました。この病は感染りますゆえ」
享豊の言葉を聞いて玄は引き攣った顔で華仙を見た。そんな玄の様子を見て享豊が再び口を開いた。
「普通の丈夫な方であれば、まず感染ることはありませぬな。見ればそこのお嬢さんは、よく日にも焼けていて健康で丈夫そうだ。そのご様子であれば、この病も逃げ出すことでしょう」
享豊はそんなことを言って、何が面白いのか大口を開けて笑う。玄もそんな享豊に苦笑を浮かべている。
うら若き乙女を捕まえて、見た目だけで丈夫そうだの、病も逃げ出すだのとはどういうことだと華仙は思う。
確かに風邪すらも引いた記憶はないのだったが。
両頬を見事に膨らませた華仙に玄が声をかけた。
「でもよかったよ、華仙。もし、華仙にも感染してしまっていたらと心配した」
そう正面から心配したと言われてしまえば、膨らんだ華仙の両頬も萎まざるを得ない。加えて、今度は両頬が上気するのを感じる。そんな自分に己でも何かと忙しいと華仙は思う。
「この病、生まれついて体があまり丈夫ではない者が発症することが多い。おそらく、あなたのお母上もあまり体が丈夫ではなかったのではないかな」
玄が黙って頷いた。幼い頃の記憶だったが、確かに玄の母親である
それが生まれつきのものなのか、この病によるためのものなのかは分からないのだが。
「残念ながらこの病、完治は望めない病です」
享豊の言葉を聞いて華仙の顔から血の気が一気に引いてしまう。そんな華仙の顔色に気がついたのだろう。享豊が再び口を開いた。
「大丈夫です。完治は難しいですが、精がつく物を食べ、静養しながらであれば、人並みには生きられます。玄殿は高い身分の方だと聞いております。そうであれば、無理さえしなければ、大丈夫でしょう」
その言葉を聞いて華仙は安堵の溜息を吐いた。玄の顔を見ると、やはり同じく安堵の表情が浮かんでいる。
「ただし、煎じ薬を毎日一度、必ず飲んで頂きます」
享豊の言葉を聞きながら、なるほどと華仙は思う。静養にしても薬にしても、ある程度は恵まれた身の上でなければ享受できないものだった。そうである以上、確かに高い身分の方であればといった言い方になってしまうのだろう。
しかし、そんなことを皮肉に思う必要はないとも華仙は思う。今は玄がその身の上であったことを喜ぶべきなのだろうと。
「分かりました。私は王都の人間ではなく、
「はて、霧の国ですか?」
玄の言葉に享豊は首を傾げた。その様子から霧の国などは聞いたこともないといった感じだった。
「暫くは帝都に滞在する予定ですが、いずれはその西の端に帰ります。その薬はそこでも手に入るのでしょうか」
玄が言うと享豊は合点がいったとばかりに頷いた。
「大丈夫です。腐る物ではないのでお届けいたしましょう。ただ、二年に一度は帝都に来て容体を見せて下さい」
「分かりました。お世話になります」
玄が頭を下げる。
いえ、いえとばかりに片手を振る享豊に華仙は尋ねてみた。
「静養とは、具体的にどのようなことなのでしょうか」
その問いかけに享豊は難しい顔をする。