第56話 帝都

文字数 1,626文字

 (よう)の国。
 東西に長く伸びる大陸のほぼ半分を手中に収めようとしている国の中心である帝都は、華仙(かせん)が想像していたよりも遥かに大きな都だった。

「姫様、口が開いたままですよ」

 護衛も兼ねて華仙と(げん)に帯同している黄帯(こうたい)から声をかけられて、華仙は慌てて口を閉じた。

 整備された道とその広さ。道の左右に並んでいる様々な店。その店に並ぶ品物の数々。行き交う人々の多さ。人々が身に纏っている衣服。それらのどれをとっても、今まで華仙が目にしたことがない光景ばかりだった。

 行き交う人の多さには特に驚かされた。今日はどこかでお祭りでも始まるのだろうか。そう思い、華仙たちを出迎えに来た丁統(ちょうとう)に尋ねようとしたが、何となく訊くことが恥ずかしくなって華仙はその問いかけを飲み込んだ。

「玄、何か思っていた以上の賑わいなのだけど」

 華仙の言葉に玄も素直に頷いた。そんな華仙たちに先頭を歩く丁統が振り返って声をかけた。

(よう)の国の中心ですからね。多少の賑わいはありますよ。この後、皆様には呂桜(りょおう)将軍に到着の挨拶をして頂きます。その後は明日も含めてゆっくりと休んで頂いて、長旅の疲れを癒して下さい」

 丁統の言葉に華仙は、はあと頷く。
 多少の賑わい……。
 周囲の光景に圧倒されて、丁統の言うことが上手く頭に入ってこない。

「医者は明後日に、滞在頂く屋敷に来る段取りとなっています」

 屋敷。来る段取り。
 華仙は心の中で繰り返した。至れり尽くせりとは、こういうことを言うのではないだろうかと思う。

「ご厚意、痛み入ります」

 玄が頭を下げたので、それに合わせて華仙も慌てて頭を下げる。

「いやいや、謝辞は呂桜将軍にお願いします。将軍から直々のご指示ですので」

 将軍から直々のご指示。
 心の中でその言葉を繰り返して、華仙は再び、はあと頷く。

「しかし、ここまでされてしまいますと、そのご厚意も過ぎるのではないかとさえ思えますが」

 玄の控え目な言葉に丁統は首を左右に振った。

「いえいえ、玄殿は先の撤退戦における一番の功労者ですよ。これぐらいは当然です」

 これぐらいは当然。
 心の中で丁統の言葉を繰り返して華仙は、はあと頷く。

「姫様、今度は、はあとしか言っていないですぞ」

 黄帯の苦笑を帯びた言葉に華仙は、はあと返すのだった。




 「この度は帝都にお呼び頂きまして、ありがとうございます。また、優秀な医者の方を紹介頂けるとのこと。数々のお心添え、感謝に絶えません」

 片膝を床につけて玄は呂桜に謝辞を述べた。華仙と黄帯も玄の背後で床に膝をつけて頭を下げる。

「頭を上げてくれ。堅苦しい礼などは必要ない。あの時の撤退戦。その功に報いるにはどうしたらいいのか。夏徳に訊いた答えがこれだったということだ」

 華仙が頭を上げて呂桜の顔を見ると、呂桜は微笑を浮かべていた。続いて呂桜の隣に立つ夏徳(かとく)が口を開いた。

「長い道程で疲れただろうな。治療もそうであろうが、ゆっくりと休むといい。不都合があれば、先の丁統に遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」

 玄が再び謝辞を述べると、呂桜が苦笑を浮かべて口を開いた。

「そこの臍曲がりな軍師殿が玄どのを気に入っておってな。何かと気にかけたいらしい」

 その言葉に今度は夏徳が苦笑を浮かべる。これらの言葉を聞いている限りでは、どうやら呂桜も夏徳にしても玄には好意的であるようだった。

 病気の治療といった明確な理由があったとはいえ、急に帝都に呼びつけられたのだ。華仙の中で若干の不安があったのも事実だった。今の会話でその不安が完全に払拭されたといってよかった。

「それは嬉しいお言葉です。私も夏徳殿とは一度ゆっくりとお話したいと思っておりました」

 玄の返答に夏徳も心得たとばかりに頷いていた。そのような夏徳を横目で見て呂桜は少しだけ微笑を浮かべているようだった。

「長旅で疲れたであろう。今日のところはこれまでとして、丁統に屋敷まで案内させよう」

 呂桜がそう言って、帝都初日の挨拶は終わったのだった。
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