第40話 一千の兵

文字数 1,593文字

「大げさかどうかは知らないけれど、熱があるのだから大人しく寝ていなさい。いいわね、(げん)

 大げさだと揶揄されたような気がして、華仙(かせん)の頬が少しだけ膨らむ。

「分かったよ、華仙。それでは代わりに頼むとしよう。だけれども、子供を諭すような言い方は止めてくれ」

 玄も華仙に負けじと、子供のように頬を少しだけ膨らませている。

「はいはい、分かりましたよ。梅果(ばいか)、後のことはよろしくね」

 梅果は黙って頷いた後で静かに口を開いた。

「姫様、返事は一回です」
「……はい」
「それに、玄……様です」
「はい……」

 そんな梅果の言葉に華仙は苦笑しながら、玄の寝室を後にしたのだった。




 かつては玄が座っていた謁見の間にある玉座。玉座といっても決して豪勢なものではないのだが、そこに玄以外の者が座っているのを見ると、未だに華仙の胸は少しだけ痛む。

 そんな思いを顔に出すことはなく、華仙は玉座の前で膝をついて一礼をした。

「失礼致します、呂桜(りょおう)将軍。玄様は体調が優れず、代わって私がお話を承りに参りました」
「ふむ……」

 呂桜はそう言って少しだけ考える素振りをみせた。その顔を見る限りでは、玄に代わって華仙が姿を見せたことへの不満はないようだった。

「玄殿は最近、体調が優れぬようだが」
「申し訳なく存じます。元来が丈夫な体ではありませんので」
「いや、謝る必要はない。仕方がないことだ。無理する必要はないのだからな」

 呂桜はそう言って隣に立つ夏徳(かとく)に視線を向けた。夏徳は呂桜の視線を受けると、小さく頷いて口を開く。

「本国、いや正確ではないな。もはやここは(よう)の国なのだからな。帝都よりここに留まっている我々の西方軍に出陣の命が下ったのだ」

 出陣の命。
 華仙は心の内で夏徳の言葉を繰り返した。とすれば、(きり)の国から陽の国の兵が出て行くということなのだろうか。勿論、警備などといった名目で多少の兵が残るのであろうことは想像できるのだが。

 目障りと言えば言い過ぎなのかもしれないが、霧の国の中で陽の国の兵を目にすることは、やはりよい気分ではなかった。なので、彼らが出ていく分には華仙にとっては有難かった。

「情けない話なのだが、東方軍が(うみ)の国との戦いにおいて劣勢の極みでな」

 海の国。華仙も詳しくは知らないのだが、この大陸の東に位置する大国のはずだった。陽の国の侵攻は既にそこまで進んでいるのかと華仙は思う。

 となると、大陸を二分するようにあるという万里の山脈。海の国を滅ぼしてしまえば、その山脈を境にして陽の国は大陸の西部をほぼ制圧してしまうということになる。
 その事実に内心では驚きを隠せないままに、華仙は夏徳の言葉を聞いていた。

「我々西方軍には劣勢となっている東方軍の後詰めに回るよう命が出た」

 華仙は黙って頷いた。理由はともかく、霧の国から陽の国の将兵がいなくなることは喜ばしいことなのだ。東方の後詰めだが、西方の後詰めだか知らないが、彼らが霧の国から出ていくのであれば好きにして頂きたいというのが華仙の本音だ。

「そこでだ。我々西方軍が征したかつての国々からも兵を出してもらう。そして、その兵を率いるのはそれまでの君主とする」

 兵を出す。流石にそれは予想していなかった言葉だった。つまりは陽の国に混じって戦をしろということか。いや、違うのかと華仙は思い直した。

 自分たちは既に陽の国の人間なのだから。

「承りました。して、その数は?」

 最早、霧の国はないのだ。つまりは陽の国の人間である以上、拒否はできない。華仙にはそう答える他に選択肢がなかった。

「一千だ。お主たちには一千の兵を揃えてもらう」

 夏徳に代わって呂桜が、その数を口にした。

 一千の兵。
 華仙は心の中で繰り返した。
 一千人となれば華仙たちにとってみるとかなりの数となる。現時点で霧の国にいる成人している健康な男たち。そのほぼ全員を戦に出さねばならならないと言ってもよいかもしれない。
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