第62話 手紙
文字数 2,246文字
旅路は順調で玄 から手紙を預かった三ヶ月後に、華仙 は黄帯 と共に霧 の国へ帰ってくることができた。戻ると華仙はすぐに生家へと向かい、玄から預かった手紙を威候 に手渡した。
華仙から手渡された玄の手紙を読み始めた瞬間、威候の両目が大きく見開かれた。次いで威侯は同席していた華仙と黄帯に、母親の冬香 もこの場に呼ぶようにと言ったのだった。
自分の父親と母親が同席して読まなければならないような手紙。やはり婚姻のことが書かれているのだろうか。もしそうであれば少しだけ気恥ずかしい。そのような状況に身を置きながら、華仙はそんなことを考えていた。
母親の冬華が同席するのを見届けてから改めて手紙を読み始めた威候。その両手が時折、僅かに震えている気がしたのは気のせいだったろうか。
やがて手紙を読み終えた威侯は大きく息の塊を吐き出すと、隣に座る冬香に手紙を無言で手渡した。
読み始めた冬香の両目が威侯と同じように大きく見開かれる。そして、明らかに手紙を持つ手が震え始める。やがて、手紙を読み終えた様子の冬香が華仙の顔を真っ直ぐに射抜くかのように見つめた。
いつもふわふわと笑っていることの多い冬香である。そんな母親がこのように厳しい顔をすることは珍しい。
母上、何ごとでしょうか?
そう口を開きかけた華仙に、冬香は封に入っていた別の手紙を差し出した。その間も冬香の厳しい顔つきが変わることはなかった。
「華仙、玄様のお気持ちです。心して読みなさい」
お気持ち?
冬華の言っている意味が分からなった。二人の婚姻のことが書かれていたのではなかったのだろうか。
そのような冬香の様子を見て、不穏な胸騒ぎを感じて華仙の動悸が瞬時に早まる。
嫌な予感が次々と溢れ出てくる。先程まで、婚姻のことが書かれていたらどうしようなどと浮かれていた過去の自分を怒鳴りつけたくなってくる。
冬香から差し出された手紙を受け取る自分の手が、嫌な予感に影響されて少しだけ震えていることを華仙は自覚する。
華仙。まずは謝らせてほしい。
一人で勝手に決めてしまって申し訳ない。心から謝る。
ごめんね、華仙。
陽 の国は制圧した西方諸国の各君主、その血筋を絶やす決定をした。君主とその血縁がある者、その全てを絶やすとのことだ。
今までの歴史からみても後顧の憂いを断つために、滅ぼされた国の君主やその一族全てが殺されてしまうことは珍しいことではない。だから、陽の国が下したこの判断が間違っているとは言えないのだろう。
幸いなことに霧 の国には君主に近い血縁者がいない。だから、霧の国においては犠牲になるのは君主の僕だけだ。このことだけでも僕はよかったと思っている。
色々と考えた。沢山、考えた。
僕だって死にたくない。何よりも華仙と離れたくないのだからね。
対象となる西方諸国と盟を結んで陽の国に反旗を翻す。海 の国と盟を結んでもいい。
冷遇されているようにみえる呂桜 将軍や夏徳 殿を焚きつけて、陽の国から離反させる。それに乗じて霧の国も離反する。
僕が少しでも長く生きながらえるだけの方法ならば、確かにあるのかもしれない。
でも、僕は思ったんだ。そのどれもが霧の国の皆を戦いに巻き込んでしまうことだと。
僕が生きのびるためだけに霧の国の皆が、華仙も含めた皆が傷つくことは僕の本意ではない。僕は霧の国の君主だったのだから。国がなくなってしまっても皆を守るのは、やはり僕の役目なのだから。
だから、僕は陽の国の求めに従うことにした。
この手紙を華仙が読む頃には、きっと僕はこの世にいないのだろう。
華仙、お別れも言えないままで、本当にごめんね。
華仙は僕の決断を許してくれるだろうか。華仙を守る。そんな約束も途中で放棄することになってしまった僕を許してくれるのだろうか。
でも、例え許してくれなくても、この決断を受け入れてほしい。
そして、最後にお願いがある。
僕の大好きな華仙。
この手紙を読んで悲しんでいる華仙にお願いするのは心苦しい。とても自分勝手なことなのだとも思う。だけれども、必ず守ってほしい。霧の国の皆にも必ず守ってほしい。華仙の全てを賭けて皆に守らせてほしい。約束してほしい。
僕の死を恨みには思わないでほしい。僕は陽の国によって殺される。それは否定しない。それを皆が恨みに思ってくれる気持ちはありがたくもある。
でも、それを禍根という形で、後々まで残してほしくはない。皆の子供や孫たちが、その禍根を原因として陽の国と争い、傷つく未来を僕は望んでいない。皆が傷つかないようにするために僕は死ぬのだから。
僕の大好きな霧の国の皆が、彼らの子供たちや孫たちが殴られたから殴り返す。かつて熊 の国とそうだったように、未来永劫続くかのような終わりの見えない争いをしてほしくはない。
お願いだ、華仙。勝手に一人で死んでいって、こんなことを言うのは無責任だと華仙は言うかもしれない。
でも、止むこともなく寄せては返す波のような恨みは、必ずここで止めてほしい。それが僕の心からの願いだ。
僕の大好きな華仙。
本当にごめん。勝手に決めてごめん。守れなくなってごめんなさい。一人にしてしまってごめんなさい。約束を破ってしまってごめんなさい。
できることなら子供の頃からそうだったように、君の傍でいつまでも、いつまでも一緒に笑っていたかった。大好きな華仙を僕が自分の手でいつまでも近くで見守っていたかった。
華仙、子供の時から今も、そしてこれからも心から愛している。
華仙から手渡された玄の手紙を読み始めた瞬間、威候の両目が大きく見開かれた。次いで威侯は同席していた華仙と黄帯に、母親の
自分の父親と母親が同席して読まなければならないような手紙。やはり婚姻のことが書かれているのだろうか。もしそうであれば少しだけ気恥ずかしい。そのような状況に身を置きながら、華仙はそんなことを考えていた。
母親の冬華が同席するのを見届けてから改めて手紙を読み始めた威候。その両手が時折、僅かに震えている気がしたのは気のせいだったろうか。
やがて手紙を読み終えた威侯は大きく息の塊を吐き出すと、隣に座る冬香に手紙を無言で手渡した。
読み始めた冬香の両目が威侯と同じように大きく見開かれる。そして、明らかに手紙を持つ手が震え始める。やがて、手紙を読み終えた様子の冬香が華仙の顔を真っ直ぐに射抜くかのように見つめた。
いつもふわふわと笑っていることの多い冬香である。そんな母親がこのように厳しい顔をすることは珍しい。
母上、何ごとでしょうか?
そう口を開きかけた華仙に、冬香は封に入っていた別の手紙を差し出した。その間も冬香の厳しい顔つきが変わることはなかった。
「華仙、玄様のお気持ちです。心して読みなさい」
お気持ち?
冬華の言っている意味が分からなった。二人の婚姻のことが書かれていたのではなかったのだろうか。
そのような冬香の様子を見て、不穏な胸騒ぎを感じて華仙の動悸が瞬時に早まる。
嫌な予感が次々と溢れ出てくる。先程まで、婚姻のことが書かれていたらどうしようなどと浮かれていた過去の自分を怒鳴りつけたくなってくる。
冬香から差し出された手紙を受け取る自分の手が、嫌な予感に影響されて少しだけ震えていることを華仙は自覚する。
華仙。まずは謝らせてほしい。
一人で勝手に決めてしまって申し訳ない。心から謝る。
ごめんね、華仙。
今までの歴史からみても後顧の憂いを断つために、滅ぼされた国の君主やその一族全てが殺されてしまうことは珍しいことではない。だから、陽の国が下したこの判断が間違っているとは言えないのだろう。
幸いなことに
色々と考えた。沢山、考えた。
僕だって死にたくない。何よりも華仙と離れたくないのだからね。
対象となる西方諸国と盟を結んで陽の国に反旗を翻す。
冷遇されているようにみえる
僕が少しでも長く生きながらえるだけの方法ならば、確かにあるのかもしれない。
でも、僕は思ったんだ。そのどれもが霧の国の皆を戦いに巻き込んでしまうことだと。
僕が生きのびるためだけに霧の国の皆が、華仙も含めた皆が傷つくことは僕の本意ではない。僕は霧の国の君主だったのだから。国がなくなってしまっても皆を守るのは、やはり僕の役目なのだから。
だから、僕は陽の国の求めに従うことにした。
この手紙を華仙が読む頃には、きっと僕はこの世にいないのだろう。
華仙、お別れも言えないままで、本当にごめんね。
華仙は僕の決断を許してくれるだろうか。華仙を守る。そんな約束も途中で放棄することになってしまった僕を許してくれるのだろうか。
でも、例え許してくれなくても、この決断を受け入れてほしい。
そして、最後にお願いがある。
僕の大好きな華仙。
この手紙を読んで悲しんでいる華仙にお願いするのは心苦しい。とても自分勝手なことなのだとも思う。だけれども、必ず守ってほしい。霧の国の皆にも必ず守ってほしい。華仙の全てを賭けて皆に守らせてほしい。約束してほしい。
僕の死を恨みには思わないでほしい。僕は陽の国によって殺される。それは否定しない。それを皆が恨みに思ってくれる気持ちはありがたくもある。
でも、それを禍根という形で、後々まで残してほしくはない。皆の子供や孫たちが、その禍根を原因として陽の国と争い、傷つく未来を僕は望んでいない。皆が傷つかないようにするために僕は死ぬのだから。
僕の大好きな霧の国の皆が、彼らの子供たちや孫たちが殴られたから殴り返す。かつて
お願いだ、華仙。勝手に一人で死んでいって、こんなことを言うのは無責任だと華仙は言うかもしれない。
でも、止むこともなく寄せては返す波のような恨みは、必ずここで止めてほしい。それが僕の心からの願いだ。
僕の大好きな華仙。
本当にごめん。勝手に決めてごめん。守れなくなってごめんなさい。一人にしてしまってごめんなさい。約束を破ってしまってごめんなさい。
できることなら子供の頃からそうだったように、君の傍でいつまでも、いつまでも一緒に笑っていたかった。大好きな華仙を僕が自分の手でいつまでも近くで見守っていたかった。
華仙、子供の時から今も、そしてこれからも心から愛している。