第48話 逃げる方法
文字数 1,688文字
「聞き分けが悪いって、子供ではないのですから」
丁統 の言葉に夏徳 は少しだけ笑みを浮かべた。
「お、調子が出てきたじゃねえか。俺は姫様のところに行く。お前は二千の兵を出陣させる準備だ」
「二千の兵はどこから選別するのですか?」
分かっているだろう。
そう言いたかったが、夏徳は丁統の真剣な顔に押されてその言葉を飲み込んだ。
「西方の国々だった連中からだ」
丁統は一瞬だけ夏徳を睨みつけるような表情をすると今度は口を開くことはなく、黙って頷いたのだった。
「丸 の国と柱 の国は、ほぼ全滅したようですな」
威候 の言葉に寝台の上にいる玄 が静かに頷いた。
「柱の国の君主だった流陶 様は討ち取られたとのことです」
「そうか。残念な報せだね。柱の国は父の代から親交があったからね。僕も流陶様には何度かお会いしたことがある。常に民のことを考えていた立派な方だった」
玄の悲痛な面持ち。そんな玄の顔を見ていると華仙 の中で怒りが湧き上がってくる。
「父上、これが陽 の国のやり方なのですか? 大軍相手に少数で挑み、お前らは死んでこいと!」
「華仙、気持ちは分かるけど、少しは落ち着いて」
玄が頬を膨らませている華仙に優しく言葉をかけた。だが、華仙は玄に対しても怒りに燃える黒色の瞳を向ける。
「玄様、私たちにも同じ命が下るのでしょうか? でも、私には承服できません。死ぬための戦などは戦ではありません。ここにいる霧 の国の皆を率いて死にに行くなどはできません」
「そうだね」
玄は反論する言葉がないのか黙り込む。
「落ち着け、華仙。玄様を責めても仕方がない。我々は命令される側なのだ。玄様とて辛いのだぞ。それが分からないお前でもあるまい」
そうなのだった。感情に突き動かされて、玄を責めるようなことを言ってしまったが、玄だって辛いに決まっているのだ。
「……申し訳がありませんでした」
頭を下げて謝罪する華仙に玄は明るい灰色の頭を左右に振った。
命令される側。威侯が言うのは真実だった。だが、このような仕打ちをされては、自分たちが陽の国に恨みを抱かない方が無理だろう。
もし自分たちがこのように無謀な形で死んでしまえば、残された者たちや家族は当然、陽の国を憎み、恨むだろう。そして、未来永劫に渡って語り継ぐだろう。陽の国のこのような非道な仕打ちを。
とてもではないが玄が言うように、陽の国に自分たちが恨みを抱かずといったことはできそうにもない。それが華仙の本音だった。
「いずれにしても、一年後、あるいは二年後の叛乱を防ぐために、陽の国が我々に無謀な出陣をさせるのは明白ですな」
威侯の言葉に玄は少しだけ頷いた。だが、それが分かっているからといって、どうすることもできないのが現状なのかもしれなかった。死ぬのが嫌だからといって、皆で逃げ出すわけにもいかないのだ。
「牙城 砦から撃って出てきたという海の国の兵は、どれぐらいなのだろうか?」
玄が威侯に訊ねる。
「丸の国と柱の国を中心とした陽の国の兵二千がほぼ全滅したことから考えると、一万は下らないかと」
「一万以上の軍勢となると、千や二千の兵ではどうにもならないだろうね。ましてや、海の国の兵は強兵だと聞く」
威侯の言葉に厳しい顔をしながら、玄は更に言葉を続けた。
「まともに戦えば全滅するだけだね。かといって、我々だけで何かしらの策を講じたところで、勝てるはずもないからね。戦わずして逃げるしかないだろうね」
「逃げる……ですか?」
威侯が意外だといった顔をする。
「でも、戦う前から逃げるわけにもいかないよね。本音はそうしてしまいたいところなのだけれども。戦いながら、どう上手に逃げられるか。これは難しいお題だね」
玄はそう言いながら少しだけ笑った。華仙はそんな玄の横顔を見て、少しだけ安堵した。玄が陽の国の言いなりとなってしまったら、どうしようかと少しだけ思っていたのだった。
そんな華仙の思いを感じたのか、玄が華仙に顔を向けた。
「大丈夫だよ、華仙。僕は華仙たちのように戦えない分、逃げるのは得意なんだ。上手に逃げる方法を考えるからね」
玄の言葉に華仙は信頼を込めて頷いたのだった。
「お、調子が出てきたじゃねえか。俺は姫様のところに行く。お前は二千の兵を出陣させる準備だ」
「二千の兵はどこから選別するのですか?」
分かっているだろう。
そう言いたかったが、夏徳は丁統の真剣な顔に押されてその言葉を飲み込んだ。
「西方の国々だった連中からだ」
丁統は一瞬だけ夏徳を睨みつけるような表情をすると今度は口を開くことはなく、黙って頷いたのだった。
「
「柱の国の君主だった
「そうか。残念な報せだね。柱の国は父の代から親交があったからね。僕も流陶様には何度かお会いしたことがある。常に民のことを考えていた立派な方だった」
玄の悲痛な面持ち。そんな玄の顔を見ていると
「父上、これが
「華仙、気持ちは分かるけど、少しは落ち着いて」
玄が頬を膨らませている華仙に優しく言葉をかけた。だが、華仙は玄に対しても怒りに燃える黒色の瞳を向ける。
「玄様、私たちにも同じ命が下るのでしょうか? でも、私には承服できません。死ぬための戦などは戦ではありません。ここにいる
「そうだね」
玄は反論する言葉がないのか黙り込む。
「落ち着け、華仙。玄様を責めても仕方がない。我々は命令される側なのだ。玄様とて辛いのだぞ。それが分からないお前でもあるまい」
そうなのだった。感情に突き動かされて、玄を責めるようなことを言ってしまったが、玄だって辛いに決まっているのだ。
「……申し訳がありませんでした」
頭を下げて謝罪する華仙に玄は明るい灰色の頭を左右に振った。
命令される側。威侯が言うのは真実だった。だが、このような仕打ちをされては、自分たちが陽の国に恨みを抱かない方が無理だろう。
もし自分たちがこのように無謀な形で死んでしまえば、残された者たちや家族は当然、陽の国を憎み、恨むだろう。そして、未来永劫に渡って語り継ぐだろう。陽の国のこのような非道な仕打ちを。
とてもではないが玄が言うように、陽の国に自分たちが恨みを抱かずといったことはできそうにもない。それが華仙の本音だった。
「いずれにしても、一年後、あるいは二年後の叛乱を防ぐために、陽の国が我々に無謀な出陣をさせるのは明白ですな」
威侯の言葉に玄は少しだけ頷いた。だが、それが分かっているからといって、どうすることもできないのが現状なのかもしれなかった。死ぬのが嫌だからといって、皆で逃げ出すわけにもいかないのだ。
「
玄が威侯に訊ねる。
「丸の国と柱の国を中心とした陽の国の兵二千がほぼ全滅したことから考えると、一万は下らないかと」
「一万以上の軍勢となると、千や二千の兵ではどうにもならないだろうね。ましてや、海の国の兵は強兵だと聞く」
威侯の言葉に厳しい顔をしながら、玄は更に言葉を続けた。
「まともに戦えば全滅するだけだね。かといって、我々だけで何かしらの策を講じたところで、勝てるはずもないからね。戦わずして逃げるしかないだろうね」
「逃げる……ですか?」
威侯が意外だといった顔をする。
「でも、戦う前から逃げるわけにもいかないよね。本音はそうしてしまいたいところなのだけれども。戦いながら、どう上手に逃げられるか。これは難しいお題だね」
玄はそう言いながら少しだけ笑った。華仙はそんな玄の横顔を見て、少しだけ安堵した。玄が陽の国の言いなりとなってしまったら、どうしようかと少しだけ思っていたのだった。
そんな華仙の思いを感じたのか、玄が華仙に顔を向けた。
「大丈夫だよ、華仙。僕は華仙たちのように戦えない分、逃げるのは得意なんだ。上手に逃げる方法を考えるからね」
玄の言葉に華仙は信頼を込めて頷いたのだった。