第25話 一理ありますかな
文字数 1,675文字
戦端が開かれた当初、予想に反して陽 の国の将兵には士気がないように思えた。
国を覆っている深い霧が晴れると、毎日のように陽の国の将兵は城壁近くまで隊列を組んで押し寄せてくる。しかし、わあわあと威勢がよいだけの声を上げるのみで、霧 の国が弓矢などを射掛けると彼らはすぐさま撤退して行ってしまうのだった。
当初は陽の国を撃退したと喜んでいた霧の国の民たちだったが、それが余りに続くと陽の国側に何か考えがあるのではと思えてくる。
「威候 将軍、陽の国のこの動きは?」
何度目かの撃退の後、華仙 は父親である威侯にそう尋ねてみた。威侯は先程から厳しい顔つきのままである。華仙の言葉に威候ではなく玄 が口を開いた。
「何か策を講じている。策を講じようとしていると考えるのが妥当だろうね」
華仙の背後に立っていた玄の言葉に威侯は頷いた。
「しかし、自分たちを卑下するつもりはないのですが、小国を相手に大国がいささか用心深すぎますかな」
「逆かもしれないよ、威侯。小国を相手にしているからこそ慎重になっている。霧の国相手に痛手を被ったら、それこそ大国、陽の国の名折れだと考えているのかもしれない。あちらには、よい将がいるのだろうね」
「一理ありますかな」
威侯が玄の言葉に頷いている。そんな二人の会話を聞きながら鬼瓦のような顔で、もっともらしく一理ありますかなと頷いている場合ではないでしょうにと華仙は思う。
声だけは勇ましく張り上げながら進軍してくる陽の国の将兵。城壁に近づきこちらが矢などを射かけ始めると、同じくわあわあ言いながら撤退していってしまう。
こんなことを繰り返していれば、互いの将兵が意味なく疲弊するだけでしかない。一体、陽の国の狙いは何なのだろうか。これらを見ている限りでは、陽の国が悪戯に時を費やしたいと考えているとしか華仙には思えなかった。
「玄様、陽の国は何を考えているのでしょうか?」
華仙の言葉に玄は小首を傾げてみせた。
「さあ、どうだろう。威侯はどう考える?」
「陽の国として一番面倒ではないのが、力押しでこの城壁を突破することでしょうな」
「そうだろうね。ただ、それではある程度の被害が陽の国にも出てしまうかもしれない。もっとも、そのような被害は陽の国全体で見れば、微々たる被害になるのかもしれないけど」
「ですが、その被害を避けたいから、力押しで攻めてはこないのでしょうな」
「うん。そうかもしれないね。この戦いで陽の国の被害を一番少なくするのは、城壁を乗り越えることではなくて、城門を開くことだ」
城門を開く。それはそうなのかもしれないけれど。
でも、どうやって?
華仙は単純にそう思う。
城門は当然固く閉じられていて、内側からしか開くことができないのだ。
「この城門を開くことなんてできるのでしょうか?」
華仙は率直な疑問を口にした。
「どうだろうね。霧に紛れてというのが、すぐに考えつきそうだね。でも、視界が悪すぎて無理なのだろう。だとしたら例えば、霧の国の中に陽の国の人間を送り込み、何らかの混乱に乗じて城門を開いてしまう。例えば、霧の国の者と通じて、その者に城門を開かせる……」
玄はそこで言葉を切って、一呼吸を置いた。
「まあ、どれもがありふれた策だけどもね」
「玄様、あまり姿が見えないものに怯える必要はありませぬ。住民に紛れ込むといっても、一度は壁を越えて中に入る必要があるので、策としては不可能かと」
威侯の言葉に玄は軽く頷いた。
「まあ、そうだね。空でも飛べない以上は、そうなってしまうのかもね」
「それに、上に立つ者が軽々しく内通者がといった言葉を口にすべきではありませぬ。配下の者に余計な不安を煽ることとなりましょう」
「そうだね。威侯の言う通りだ。今後は気をつけるし、慎むとしよう」
玄の言葉に威侯が満足したように頷く。そして、威候は再び口を開いた。
「玄様、陽の国の策が何であれ、私は隙を見て一度、斬り込んでみようかと思っています」
「父上、危険では!」
華仙は将軍と呼ぶことを忘れて思わずそう言った。威侯も特にそれを咎めるようなことはしなかった。
国を覆っている深い霧が晴れると、毎日のように陽の国の将兵は城壁近くまで隊列を組んで押し寄せてくる。しかし、わあわあと威勢がよいだけの声を上げるのみで、
当初は陽の国を撃退したと喜んでいた霧の国の民たちだったが、それが余りに続くと陽の国側に何か考えがあるのではと思えてくる。
「
何度目かの撃退の後、
「何か策を講じている。策を講じようとしていると考えるのが妥当だろうね」
華仙の背後に立っていた玄の言葉に威侯は頷いた。
「しかし、自分たちを卑下するつもりはないのですが、小国を相手に大国がいささか用心深すぎますかな」
「逆かもしれないよ、威侯。小国を相手にしているからこそ慎重になっている。霧の国相手に痛手を被ったら、それこそ大国、陽の国の名折れだと考えているのかもしれない。あちらには、よい将がいるのだろうね」
「一理ありますかな」
威侯が玄の言葉に頷いている。そんな二人の会話を聞きながら鬼瓦のような顔で、もっともらしく一理ありますかなと頷いている場合ではないでしょうにと華仙は思う。
声だけは勇ましく張り上げながら進軍してくる陽の国の将兵。城壁に近づきこちらが矢などを射かけ始めると、同じくわあわあ言いながら撤退していってしまう。
こんなことを繰り返していれば、互いの将兵が意味なく疲弊するだけでしかない。一体、陽の国の狙いは何なのだろうか。これらを見ている限りでは、陽の国が悪戯に時を費やしたいと考えているとしか華仙には思えなかった。
「玄様、陽の国は何を考えているのでしょうか?」
華仙の言葉に玄は小首を傾げてみせた。
「さあ、どうだろう。威侯はどう考える?」
「陽の国として一番面倒ではないのが、力押しでこの城壁を突破することでしょうな」
「そうだろうね。ただ、それではある程度の被害が陽の国にも出てしまうかもしれない。もっとも、そのような被害は陽の国全体で見れば、微々たる被害になるのかもしれないけど」
「ですが、その被害を避けたいから、力押しで攻めてはこないのでしょうな」
「うん。そうかもしれないね。この戦いで陽の国の被害を一番少なくするのは、城壁を乗り越えることではなくて、城門を開くことだ」
城門を開く。それはそうなのかもしれないけれど。
でも、どうやって?
華仙は単純にそう思う。
城門は当然固く閉じられていて、内側からしか開くことができないのだ。
「この城門を開くことなんてできるのでしょうか?」
華仙は率直な疑問を口にした。
「どうだろうね。霧に紛れてというのが、すぐに考えつきそうだね。でも、視界が悪すぎて無理なのだろう。だとしたら例えば、霧の国の中に陽の国の人間を送り込み、何らかの混乱に乗じて城門を開いてしまう。例えば、霧の国の者と通じて、その者に城門を開かせる……」
玄はそこで言葉を切って、一呼吸を置いた。
「まあ、どれもがありふれた策だけどもね」
「玄様、あまり姿が見えないものに怯える必要はありませぬ。住民に紛れ込むといっても、一度は壁を越えて中に入る必要があるので、策としては不可能かと」
威侯の言葉に玄は軽く頷いた。
「まあ、そうだね。空でも飛べない以上は、そうなってしまうのかもね」
「それに、上に立つ者が軽々しく内通者がといった言葉を口にすべきではありませぬ。配下の者に余計な不安を煽ることとなりましょう」
「そうだね。威侯の言う通りだ。今後は気をつけるし、慎むとしよう」
玄の言葉に威侯が満足したように頷く。そして、威候は再び口を開いた。
「玄様、陽の国の策が何であれ、私は隙を見て一度、斬り込んでみようかと思っています」
「父上、危険では!」
華仙は将軍と呼ぶことを忘れて思わずそう言った。威侯も特にそれを咎めるようなことはしなかった。