第33話 同じ病

文字数 1,592文字

「申し訳ありません。国をお守りする立場の将軍家である姫様の前で。私は何てことを」

 華仙(かせん)梅果(ばいか)の言葉に頭を左右に振った。

「大丈夫よ。国を守ることは父上、威候(いこう)将軍の役目だもの。私は梅果と一緒よ」
「姫様、一緒とは」
「私は(げん)様、玄を守るのよ。」

 華仙の言葉を聞くと梅果は少しだけ間をおいて静かに深く頭を下げた。

「ありがとうございます。姫様は幼い頃より、それこそ兄弟のように玄様とお育ちになられました。姫様にそのように申して頂いて、この梅果どんなに嬉しいか」
「止めてよ、梅果。頭なんて下げないで」

 華仙は慌てて頭を下げ続ける梅果の両手を握った。

「ほら、もう頭を上げて。玄のことは大丈夫。私が必ず守るのだから。だから梅果、そんな顔はしないで。玄が起きた時にあなたがそんな顔をしていたら、きっと玄が悲しむわ」

 その言葉に梅果は二度、三度と頷いて顔を上げた。

「でも姫様、玄……様でございますよ。また、威侯将軍にお叱りを受けます」
「……はい」

 それまでとは変わって厳しい口調で梅果からそう指摘され、華仙は素直に頷いたのだった。




 謁見の間では梅果が言ったように甲冑を着込んだままの威候が待っていた。やはり、玄を心配してのことなのだろうと華仙は思う。

 姿を見せた華仙に気がついて、威侯が口を開いた。

「玄様のご様子は?」
「熱が少しだけ高いようですが、いつもの発熱だと思います。ひと晩も眠れば熱は下がるかと」

 華仙の言葉に威侯は少しだけ考える素振りを見せた。

「戦も続いて心労が重なったのであろう。もともとが丈夫なお体ではないからな。だが、ここのところ、熱を出す頻度が多くなってきている気がする」

 そのことは華仙も気がついていた。心労が重なっているとはいえ、以前よりも明らかに発熱する間隔が短くなっているようだった。それに、たまに妙な咳をしていることも華仙は気になっていた。妙な咳の症状といえば、玄の母親の美麗(びれい)にも同じ症状があったことを華仙は記憶していた。

「美麗様も同じであった。熱を出す頻度が徐々に多くなっていった」

 玄の母親である美麗は原因が不明な発熱を繰り返して、いつからか寝たきりとなってそのまま他界してしまった。ならば、その息子である玄も同じ病になってもおかしくはないのかもしれない。

 何となくは気がついていたことだったが、改めてそう考えてしまうと不安が華仙の中で急に広がっていく。

「華仙、そのような顔をするな。まだ、同じ病であると決まったわけではない」

 威侯の言葉に華仙は不安を押し殺して頷いた。

「いずれにしても玄様が床に伏しているとなれば、国全体の士気にかかわる。この状況下だ。玄様には申し訳ないが、無理を押してでも陣頭には明日も立って頂く他にない」

 威侯の言うことは分かるが、華仙としては体調のことも心配だった。ただ、玄にそれを言ったところで無理を押して陣頭に立つだろうことも分かっていた。

 根っこの部分で玄が頑固なことは、子供の頃から変わらないと華仙は思っていた。

「父上、戦いはどうなるのでしょうか」

 華仙の問いかけに威侯は一層、厳しい顔つきとなった。元来が鬼瓦のような顔なのだ。それがそのような顔をするのだから、とんでもないことになる。子供ならば、まず間違いなく泣き出すだろう。

「今日の策が成らなかったこと。これが響くかもしれぬ」

 今ひとつ威侯の言っていることが分からない。そんな華仙の表情に気がついたのだろう。威侯が言葉を続けた。

「これで(よう)の国も我々が全くの無策で籠っているとは考えなくなるであろう。陽の国が何を講じようとしているかは分からぬが、その講じようとしていることを早めるであろうな」

 講じようとしていることを早める。やる気が見られない陽の国の攻め方と退却。あれを見せられれば、何かの策があってのことだろうと推察することは難しくない。では、その策とは何なのかということになるのだが。
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