第47話 理想
文字数 1,635文字
「そうだね。いいことばかりではない。でも、やはり悪いことばかりでもない。僕は霧 の国の皆には悪いことだけに目を向けてほしくない。そうなってしまうと、陽 の国に対してわだかまりしか残らないからね」
玄 の言うことは、理屈としてなら分かるのだけれどもと華仙 は思う。しかし、いいことだけに目を向ける。簡単に人はそのような聖人のようになれるわけではないだろうとも思う。
やはり、玄は優しすぎるのだ。華仙は改めて玄のことをそう思う。
「長い間、いがみあってきた霧の国と熊 の国。僕は霧の国と陽の国がそれと同じ関係になってほしくないんだ。僕たちの子供や孫。そのまた子供や孫。彼らが未来永劫、誰かを憎み争い続ける姿を考えたくない」
玄の発熱で潤んだ濃い茶色の瞳が真っ直ぐに華仙へ向けられている。
玄の言っていることは、おそらく正しいのかもしれない。だけれども人間には感情があって、玄が言うように単純に割り切ることはきっと難しいのだろう。
「でも、それは殴られても殴り返さないように。結局はそういうことだよね」
「それが理想だというのは分かっているつもりだよ。だから、なるべく殴らないようにしようってことなのかな。僕たちはいい部分をなるべく見て、陽の国に恨みを持ってしまわないようにね」
玄はそこまで言うと、大きく息を吐き出した。熱があるというのに少しだけ喋りすぎたのかもしれない。
「でも、僕は本当に願っているんだよ。霧の国と仲が悪いのは熊の国だけで十分だからね」
最後は冗談を言うような様子の玄だったが、それが玄の偽らざる玄の本音なのだろうと華仙は思う。
「そうね。理由が何であれ、私たちの子供や孫までが誰かと歪み合うことは考えたくないわよね」
華仙の言葉に玄は静かに微笑んだ。
「さあ、玄、少しは休みなさい。いつ出陣を命じられるのか分からないのだから、早く治さないとね。玄の体調がよくないと、皆も心配するのだから」
玄が素直に頷いた。思っている以上に、玄の体調はよくないようだった。その思いが胸の内に去来して華仙を少しだけ不安にさせる。
「華仙、大丈夫だよ。少しだけ休めばすぐに熱も下がるよ」
華仙のそんな思いを読み取ったかのように、玄が優しく華仙に言うのだった。
「夏徳 様、二千の兵を出陣させるのは本当なのですか?」
丁統 が珍しく、夏徳にまるで喰ってかかるような物言いをする。
「凱鋼代 将軍からの命令だ」
夏徳は苦虫を噛み潰したような顔で言う。丁統に言われるまでもなく、夏徳自身も怒りを覚えていた。ただそれを表に出さないのは、丁統と違って夏徳が少し歳を取っているだけ。ただそれだけの話なのかもしれないと夏徳は思う。
「ですが、敵の兵数も分からないのですよね?」
丁統が言おうとしていることは夏徳にも分かっていた。簡単に言えば、敵の兵力が分からないのに、兵を小出しにするのは愚策だということだ。
「そんなことは凱鋼代将軍といえども分かっているのだろうさ。目的が別にあるってとこだ」
投げやりなようにも聞こえる夏徳の言葉に、丁統が途端に怒りの表情となる。その表情を見て夏徳は心の中で呟く。
若いな。いや、若いと言うよりも真っ直ぐだと言うべきなのだろうな。
どこぞの姫様と本当によく似ている。
夏徳は以前にも感じたことを心中で呟きながら、丁統の肩に手を置いた。そして、その手に力を込める。
「丁統、これは決定事項だ。俺たちがどう思おうが、今の俺やお前では覆せない。それは例え、姫様でも同じだ」
夏徳の真剣な顔に丁統は無言で少しだけ小さく頷いた。
「間違っていると思うなら、お前はこの先、偉くなれ。そして、こんなことを考える奴を偉くなったお前が先々で正していけばいい」
「ですが、夏徳様」
尚も喰い下がろうとする丁統に夏徳は首を左右に振ってみせた。
「俺はこれから姫様も説得しなければならんのだ。お前までが聞き分けの悪いことを言うな」
夏徳の言葉に丁統は顔を下に向けると大きな溜息をついた。そして、再び夏徳に視線を向ける。
やはり、玄は優しすぎるのだ。華仙は改めて玄のことをそう思う。
「長い間、いがみあってきた霧の国と
玄の発熱で潤んだ濃い茶色の瞳が真っ直ぐに華仙へ向けられている。
玄の言っていることは、おそらく正しいのかもしれない。だけれども人間には感情があって、玄が言うように単純に割り切ることはきっと難しいのだろう。
「でも、それは殴られても殴り返さないように。結局はそういうことだよね」
「それが理想だというのは分かっているつもりだよ。だから、なるべく殴らないようにしようってことなのかな。僕たちはいい部分をなるべく見て、陽の国に恨みを持ってしまわないようにね」
玄はそこまで言うと、大きく息を吐き出した。熱があるというのに少しだけ喋りすぎたのかもしれない。
「でも、僕は本当に願っているんだよ。霧の国と仲が悪いのは熊の国だけで十分だからね」
最後は冗談を言うような様子の玄だったが、それが玄の偽らざる玄の本音なのだろうと華仙は思う。
「そうね。理由が何であれ、私たちの子供や孫までが誰かと歪み合うことは考えたくないわよね」
華仙の言葉に玄は静かに微笑んだ。
「さあ、玄、少しは休みなさい。いつ出陣を命じられるのか分からないのだから、早く治さないとね。玄の体調がよくないと、皆も心配するのだから」
玄が素直に頷いた。思っている以上に、玄の体調はよくないようだった。その思いが胸の内に去来して華仙を少しだけ不安にさせる。
「華仙、大丈夫だよ。少しだけ休めばすぐに熱も下がるよ」
華仙のそんな思いを読み取ったかのように、玄が優しく華仙に言うのだった。
「
「
夏徳は苦虫を噛み潰したような顔で言う。丁統に言われるまでもなく、夏徳自身も怒りを覚えていた。ただそれを表に出さないのは、丁統と違って夏徳が少し歳を取っているだけ。ただそれだけの話なのかもしれないと夏徳は思う。
「ですが、敵の兵数も分からないのですよね?」
丁統が言おうとしていることは夏徳にも分かっていた。簡単に言えば、敵の兵力が分からないのに、兵を小出しにするのは愚策だということだ。
「そんなことは凱鋼代将軍といえども分かっているのだろうさ。目的が別にあるってとこだ」
投げやりなようにも聞こえる夏徳の言葉に、丁統が途端に怒りの表情となる。その表情を見て夏徳は心の中で呟く。
若いな。いや、若いと言うよりも真っ直ぐだと言うべきなのだろうな。
どこぞの姫様と本当によく似ている。
夏徳は以前にも感じたことを心中で呟きながら、丁統の肩に手を置いた。そして、その手に力を込める。
「丁統、これは決定事項だ。俺たちがどう思おうが、今の俺やお前では覆せない。それは例え、姫様でも同じだ」
夏徳の真剣な顔に丁統は無言で少しだけ小さく頷いた。
「間違っていると思うなら、お前はこの先、偉くなれ。そして、こんなことを考える奴を偉くなったお前が先々で正していけばいい」
「ですが、夏徳様」
尚も喰い下がろうとする丁統に夏徳は首を左右に振ってみせた。
「俺はこれから姫様も説得しなければならんのだ。お前までが聞き分けの悪いことを言うな」
夏徳の言葉に丁統は顔を下に向けると大きな溜息をついた。そして、再び夏徳に視線を向ける。