第6話 魔王の力

文字数 4,709文字

「ねえお母さん。エルフ軍大丈夫かな?」

 TVニュースがホエールシャークによる魔王攻撃の様子を生中継で報じているが、ペコラも気が気ではないと言った様子だ。
「大丈夫よ。あの戦艦は攻撃魔法が使えるから、そんな二千年も前に封印されてた魔王なんかに負けはしないわ」いっしょにTVを観ていたミーシャも、自分に言い聞かせる様にそう言った。

 すでに、ハウル魔族帝国に海峡をへだてて隣接している地域には避難指示が出されており、それに限らず、かなりの数のエルフ達がゲート経由でこっちの人間界に疎開して来ている。ミーシャはそれを管理する立場にあり、日々残業が続いていた。
 そしてパルミラが、サルワニとの間に設けた生まれて間もない第一子の女の子ソアラを連れて、ミーシャ宅に疎開してきていて、ペコラが家事や子守などを手伝っていた。

「ペコラちゃん。心配ないって。新型以外にもまだ二隻いるから。旧型だけどね……」
 そういうパルミラにペコラが言い返す。
「でも、あれはレジスタンス(おとうさん)でも落とせたおんぼろじゃない……」
「まあ、そうなんだけどさ。当時はそれほどお古でもなかったし、裏を返せば単純な戦力比較の問題じゃなくって、どうやって工夫して相手に勝つかって事だから……魔王が羽振り良かった時から二千年もたってんだから、こっちだって進歩してるって事よ」
「そうか……そうだよね。それじゃ私、ソアラちゃんお風呂に入れてあげるね」

 そしてペコラが湯舟にソアラを浮かべて身体を軽く拭いてあげてからパルミラに返し、自分も髪を洗ってから浴室を出たら、母とパルミラがTVの前で凍り付いた様に動かなくなっていた。

「あ、ペコラちゃん…………新型戦艦……やられちゃった……」
 パルミラが真っ青な顔でそう言った。
「えっ!? 私がお風呂入ってた間に? 私、そんなに長風呂じゃないよ……」
 ペコラも濡れ髪を拭くのも忘れ、TVを前に半裸で棒立ちしていた。

 ◇◇◇

「なんだなんだ、他愛もない。あんな攻撃でよくも魔法を名乗れたものだ。直撃を食らってもくすぐったい位だ。しかも防御魔法にいたっては紙か? いや……我の攻撃が強力すぎたのか。まったく腹ごなしの運動にもならん。もっと強い魔導士を出してこい!!」
 海峡上空で魔王と対峙した新型戦艦ホエールシャークであったが、戦闘開始から三十分も立たずに、魔王の一撃を食らって爆散してしまった。

 そして、その様子を望遠カメラでとらえた中継映像が、王宮のヨーシュアの目の前でも放映されていた。
「ああ、サルワニ将軍。これほど一方的とは……」
 あまりの光景にヨーシュアも言葉が出てこない。サルワニも無言のまま突っ立っている事しか出来ない。

 そして伝令が走り込んでくる。
「申し上げます。魔王はホエールシャーク撃墜後、そのままこちらの王宮に進路を取り、向かって来ております!」

「迎撃体制はどうなっている!?」サルワニが側近に確認する。
「すでに、飛行戦艦二隻が向かっておりますが……新型であれではどれほど足止めが可能かは微妙です」

「サルワニ将軍! 兵を無駄死にさせてはいけません。飛行戦艦は下がらせ、皆速やかに避難を!! 魔王には私が面会しますので、丁重にお出迎えして下さい」
「女王様……わかりました」そう言ってサルワニは、女王の言う通りに指示を出した。
 
 そうして小一時間程が過ぎ、魔王が王宮に到着し、ヨーシュアの前に丁重に案内された。

「お前が、今のエルフ国王か? ふむ。なかなかかわいらしいお嬢さんかと思きや……お前、我よりも相当年上ではないか?」
「女性に対していきなり失礼な物言いですね魔王ハインケル。あなたの事は、子供の時、おじい様からよく聞かされていました。大食いで下品な好色男だと……どうやらその通りの様ですね」
「ふははは。さすがは女王陛下。肝が据わっておられる。これなら我の後宮に来て下さっても歓迎しよう。それで、おじい様とは?」
「おじい様は、私の先代王テルルアンです。それから、あなたの後宮入りはこちらから願い下げです。無理にでもとおっしゃるなら殺していただいた方が助かります」
「あーテルルアンか。我とやり合っていた時はまだ王子ではなかったか。お前はその孫なのか。そうであれば話が早い。ウイルヘイズはもう亡くなったと聞いたが、他にもすごい奴がいただろ? そいつらと久々に手合わせがしたいのだ。あんな玩具戦艦では、全然ヒマつぶしにもならんのでね」
「わざわざそれを言いに、私の所へいらしたのですか? ですが申し訳ございません。
 私の師匠、ウイルヘイズを最後に、もうエルフにもああした大魔法を使える魔導士がいないのです。それであの様な戦艦を作っている次第です」

「なんと!? 何という事だ……そんなつまらん事になっていたとは……いや、そういう事か! はははははっ。そうかそうか……我が封印される直前に放った呪いが、いまだに効いていたとは傑作だ! エルフ共もつくづく使えんな」
「呪いですって? 一体何の事です!?」ヨーシュアも初めて聞く話だ。
「いや……二千年前。我がお前らエルフの罠にはまって封印される直前。我は、エルフ達がマナを操れなくなる様、呪いをかけたのだ。だからお前達は魔法が使えなくなった……
 はあーっ。だが、それでは何も面白くない。仕方ない……今日の所は引き上げよう」

「……なんという事……それに気づかず私も魔導教会も、長年、魔法を取り戻すべく奔走していたと……ああ……」ヨーシュアの落胆は大きかった。
「もう……結構です。魔王ハインケル。今日の所はお引き取り下さい。今後の事はまた日を改めて……」
「いや女王。お前は私といっしょに来るのだ。お前の様な気性の女は嫌いじゃないぞ。
 まあ歳は食っているとはいえ見た目はそうでもないし、是非我が後宮に参られよ」
「ですから、それはさきほどお断りしたはずです。そうするぐらいなら私は命を絶ちます!」
「国民全員抹殺されてもか?」
「はい? 今なんと……」
「だから、お前が我の後宮入りを拒むのであれば、我は手ぶらで帰るのが嫌なので、こちらの国の民を根こそぎ殺しつくそうと思ったまでだ」
「なんと卑劣な……」
「ああ、何とでも言え。そう言われる事にはもう慣れた……さあ、どうする?」
 サルワニも隙を見て飛び掛かるなりヨーシュアを連れ出そうとしてはいるのだが、魔王に全く隙はなかった。

「分かりました。我が身可愛いさに国民を見捨てるつもりはございません……」
「素直に最初からそうすればよいのだ……」
 そういって、魔王はうなだれるヨーシュアの肩を抱き寄せようとしたが、いきなり銃声がして身を翻した。

「何だお前?」魔王が振り返ると、エルフの男性が一人立っている。
「何だではない。私はトーマスと言ってこの国の魔導教会のトップにいる者だ」
「魔導教会? そんなもの昔はなかったぞ? だがそう言うからには、お前は魔導士か?」
「いや、魔法は使えん。さっきの話では、それもお前のせいらしいが……だがこういう事は出来るぞ!!」そう言ってトーマスが手に持っていた機械のスイッチを押した。

「ん? 何だ……あっ!? これは……マナが動かない!!」魔王が叫ぶ。
「ああ。魔法こそ使えんが、その原理や仕組みに対する研究を怠った事はない。
 今はこうして大気中のマナを不動化する事も出来るのだ。こうなると、呪いではないが、お前も魔法を使えまい」
「くくく。まさかこんな方法が編み出されているとはな……」
「判かったらおとなしく縛につけ。あとでゆっくり再封印してやる」
 そしてトーマスが引き連れてきた僧兵に、魔王の捕縛を命じた。

「ふふふ。トーマスとやら。その名前覚えたぞ。だがお前は一つ見落としている事がある」
 魔王が思わせぶりにそう言った。
「負け惜しみはよせ。往年の魔王がみっともないぞ」
「負け惜しみではない。そこで見てろ!!」
 そう言うと、魔王はいきなり周りにいた僧兵をなぎ倒した。

「何!?」さすがのトーマスも動揺した。
「だから我は魔法だけの男ではないのだよ。身体能力も超人なのだ。こんな人数で我を抑え込めると思ったか。片腹いたいわ」
 そう言ったかと思った次の瞬間。魔王は一気にトーマスとの間合いを詰め、脇腹に拳を繰り出し、トーマスはそのまま横っ飛びに壁まで吹っ飛んだ。

「はは。内臓が破裂したのではないか……まあ、一瞬我を焦らせたのは褒めてやろう。
 だが……おや? 女王はどうした」魔王が周りを見渡すとヨーシュアとその脇にいたエルフの男がいなくなっていた。
 トーマスや僧兵達が魔王と対峙している隙に、サルワニはヨーシュアを部屋から連れ出す事に成功していたのだ。

「サルワニ将軍いけません。私が逃げてしまっては、国民達が……」
「女王様。今は耐えて下さい。あなたを失ったら、やはり国民達は絶望してしまいます。
 それに私はナイトだ。目の前の貴方の危機に目をつぶる事は出来ません!!」
 サルワニはヨーシュアを抱えたまま、王宮を離脱した。

 後に残された魔王は、王宮内に残っていたものを全員王の間に呼び出し、そして命じた。
「女王は我が身可愛さにお前達を置いて逃げた。なので今からお前達の主は我だ。我に忠誠を誓えばよし。それが嫌なものはこの場で前に出よ」
 目の前には息も絶え絶えのトーマスが転がっており、誰もそれに異を唱えるものはいなかった。

「よかろう。それでは今からここも我の居城だ。まずは食事の支度をせよ。それから……
 お前と、お前と……お前。お前らは今晩の夜伽を命ずる。ははははははは」
 その場にいた女官から数名を選びながら、魔王は高笑いをした。
 そして……あんな年増女王。別にどうでもいいのだが、さっさと取り除いて民の心を折ってしまったほうが何かとやりやすかろうと考え、その場にいた武官たちに命令する。
「お前ら。逃げた女王を確保して来い。明日朝までに女王を連れて戻ってこなければ、城下の住民全員を焼き殺す」

 それからしばらく後。
 サルワニとヨーシュアは、城下の聖クレッシェンド教会にたどり着いていたが、トーマスや僧兵達があの様な状況になってしまった事もあったためか、すぐに必要な庇護が受けられず、まごまごしているうちにほどなく追手の武官たちに囲まれてしまった。

「くそ、あいつら。今までの御恩を何だと思っていやがる」サルワニが悪態をつく。
「いいえサルワニ将軍。彼らを責めてはいけません。多分、やむにやまれぬ状況にあるのでしょう。こうなってしまっては…………あの将軍。ふと思ったのですが、あの魔王にアンドロイド兵士は対抗出来ないでしょうか? 先ほどトーマス司教は、せっかくマナを不動化したのに力業で敗れました。あの時、僧兵でなくてアンドロイド兵士だったら……」
「なるほど……可能性はありそうですね。ですがあの新型戦艦でも刃が立たなかったのですから多分通常のやり方では……くそ。せめてザカールがこっちにいれば、なにか対策を思いついたかも知れんのに!」
「そうであればサルワニ将軍。あなたはザカールさんを迎えに行って下さい! 私は、魔王に従ったフリをしながら時間を稼ぎます!!」
「女王様! しかしそれでは御身が……」
「……すでにあの魔王に無理やり凌辱されたり殺された者も多数いると思います。私だけが逃げるわけには参りません。覚悟は既に出来ております。ですので必ずやザカールさんの援軍を!」
「……わかりました。そのお覚悟を無駄にしない様、全力でゲートに向かいます」
 サルワニは涙が止まらない眼で女王が追手の武官に投降するのを見届け、そのまま教会の裏からゲートに向かって走り出した。
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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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