第71話 衝突

文字数 3,617文字

 ホテルについて、ミーシャの部屋に入ると、まるで空き巣にでも入られたかの様に調度品などが転がっていてダルトンはびっくりしたが……ああ、盗聴器を探してたのか?
 この人見かけによらずプロっぽいな。ダルトンはちょっとミーシャを見直した。

「ああ、呼び出しておいてごめんなさい。すぐに片づけるから」
「いえ、お手伝いします。それで盗聴器はありましたか?」
「いいえ。さすがにここにあなたを呼ぶっていうのは想定外でしょう。
 ダルトンさん、よく来てくれました。改めて自己紹介申し上げます。
 私は、女王陛下直属の近衛兵、ミーシャと申します」
「はい、ミーシャ様。
 そんなお方に夜伽を命ぜられ、私はもう興奮してショック死寸前です」

「なっ!? あの、別にそう言う意味であなたをお呼びした訳では……」
 そういいながらミーシャは顔だけではなく、全身がゆで蛸の様に真っ赤になった。

「ははは、冗談です。
 多分、パルミラ様の名前が脇から聞こえたので……その件なのでしょう?」
「ふうっ、よかった。その通りです。パルミラ様は私の学校の先輩なのです。
 もう半年以上音信不通になっていまして、今どうなさっているのかと……」

「あー。パルミラ様の人間界での事は、すでに女王様もご承知だと思いますが、こちらにいらっしゃってからの具体的な事は我々はもちろん存じ上げません。
 ですから、女王様に直接ご相談されたほうがいいかと存じますが」
「……あの。お手間かも知れませんが、人間界での事からもう一度私にお話いただけませんか?」

 ダルトンは、サルワニとパルミラの向こうでの話を改めてミーシャに伝えた。
 そして魔導教会やスフィーラの事も、差し障りがない範囲でという事で同様に伝えた。

「そうでしたか……だとするとやはり父がカギを……いや何でもありません。
 でもダルトンさん、ありがとう。
 おかげで私は女王様からの宿題を無事提出出来そうです」
「そりゃよかった。それじゃ、私はこの辺でお(いとま)しますね。宿題が出来たならゆっくりお休みいただけるでしょう」

「あっ。あの……お嫌でなければ、朝までここにいた方が……」
「えっ!? それってまさか私と?」
「違います!! あんまり早く出て行くとかえって疑われます。
 明日の朝あなたは、私と一晩楽しんだって顔でツヤツヤして帰って下さい!」
「うわー。生々しいですね。でも分かりました。毛布だけ一枚貸して下さい。
 部屋の隅っこに転がって寝ますので」
 そう言ってダルトンが毛布をかぶったかと思ったら、すぐに大きないびきが聞こえて来た。

 しかしミーシャは、男と一つ屋根の下など初めての経験で、心臓がバクバクして、まったく眠れなかった。

 ◇◇◇

 翌日、エルフ王宮に戻ったミーシャはその足で女王の執務室に赴き、人間達との事を報告した。

「そうでしたか。人間の男性と一夜を共にしてまで私の依頼をこなそうとしてくれたのね。お陰で知りたい事はほとんどわかりました。
 あなたにはなんとお礼を言ったらいいのか」
 ヨーシュアの言葉に、ミーシャは顔を真っ赤にしながら答えた。
「あの。一緒の部屋で寝ましたけど……変な事は何もしていません。
 それで女王様。パルミラ先輩の事なのですが……」
「声を小さくね、ミーシャ。
 今、私達が動いて彼女に無理に会おうとすると、彼女の身に危険が及ぶ可能性があります。あなたも父上から強引に聞き出そうなどとしてはダメよ」
「はい……」

 そこで女王の秘書官が、執務室に入ってきた。
「陛下。緊急の案件との事で、リゾン公爵が王の間でお待ちです」
 まさか、いまの話が聞こえた訳じゃないわよね……ヨーシュアはちょっとドキドキしながら、ミーシャを伴って王の間へ向かった。

 王の間にはすでにリゾン公爵が待機していて、ミーシャの顔を一瞥したが別に気にする素振りも見せず、玉座に座った女王の前に歩み寄って言った。
「隣のハウル魔族帝国が、我が国への軍事進攻の準備を進めているとの連絡が、先ほど軍務省からございました。国境の海峡を挟んで、兵力が集められているとの事です。」
 
「まあ。それではすぐに外交チャンネルで話合いをはじめて下さい。それにしても、ずいぶん急なお話ですね。何か予兆のようなものはあったのでしょうか?」
「いえ特には。とにかく私は、至急外交チャンネルであちら側に会話を呼びかけます」

「人間を海峡沿いに配置した事が、隣国を刺激したのではないんですか?」
 そう言ったのはミーシャだ。
「お前は口を出すな! まだ右も左もわからん新米のくせに!! 
 ようやく郵便配達のお使いが出来たくらいでのぼせ上がるな!」
 リゾン公爵が、ものすごい剣幕でミーシャを頭から怒鳴りつけたらミーシャがものすごい形相になり、父親に掴みかかるのではないかと思われたため、ヨーシュアはあわててミーシャを止めた。

「それで女王様。このヒヨッコの申しました様に、現地にはすでに人間兵百名が配置されております。急ぎ彼らも軍の指揮下に編入し、万一隣国との会話がうまく行かない場合の備えといたしたく、ご決裁いただきたいのですが」
 怒るミーシャを全く無視して、リゾン公爵はそう女王に奏上した。

「お言葉ですがリゾン公。それは了解出来ません。
 彼らは、今後の協力のための事前調査目的でいらしていて、そのような準備はされていないでしょうし、大体それでは信義に反します。
 念のための準備であれば、まず既存の兵力をあてて下さい」

「しかし陛下。もし同じ様な動きが他の周辺国で見られた場合、既存の兵も簡単には動かせないのです。このままあいつら人間を使うのが一番合理的です!」
「いいえ。Noです! むしろ彼ら人間に危険が及ぶ事が無い様、早めに別の安全な場所に移動してもらいなさい! 
 我々と人間達は、信義に基づいて今後連携して行くのです。
 彼らが奴隷だという認識はもう改めて下さい!」
 いつになく強い口調のヨーシュアにリゾン公も気おされたのか、「ははっ」と言ったのみでその場から下がってしまった。

「うわー。女王様すごいです! 
 クソオヤジにあんなにはっきり意見されて……すごく恰好良かったです!!」
「ああ、やめてよミーシャ。
 私もちょっと熱くなって声高に言い過ぎたかも知れません。
 ですが、リゾン公にはやはり、基本的な考え方を私と共有していただかないと……」
「私も、女王様の御心に従う様、よくよく言ってやります!」
「ああ、頼むから親子喧嘩はしないでね……」

 ◇◇◇

「如何なされました? 顔色がすぐれませんが」
 リゾン公爵が自分の執務室に戻ったところで、ワイオールに声をかけられた。

「どうもこうもない。やはり人間の取扱い方針に関して、女王様と我々にはかなり深い溝がある! 我が国内の兵力にも、もうそんなに余裕はないのだ。一刻も早く人間共を我が軍に編入して、最前線で働いてもらわないとならんのに……」

「いかがいたしますか?」
「……女王陛下にはそろそろ表舞台を退いていただくのが妥当かな」
「おお! いよいよですな。
 ですがそうなりますと魔導教会も押さえないとなりませんね」

「ああ……その辺はうまくやらんといかん。
 ワイオール。すぐに同胞たちに集合をかけてくれ。」
 そうしてワイオールは、議会や元老院、軍関係でリゾン公爵の派閥に属する者たちに集合をかけた。

 ◇◇◇

 数日後。ダルトン達、人間の試験派兵部隊は、海峡そばの駐屯地から内陸の別の駐屯地に移された。
 人間が海峡沿いに配置された事で隣国を刺激したのか、隣国国境に軍事侵攻の予兆が見られたとかで、急遽人間を内地に移す事で一旦隣国と話を付けた様だった。

「もういやー。ここ、海辺の駐屯地以上に不便だし狭いし……食事はまあ最低のままで変わんないけど、とにかく藪蚊多すぎ!」タルサがさんざん文句を言っていた。
「でもまあ隣国がせめてきたらあそこだと最前線になっちゃうらしいし、あと一週間ちょっとで帰国出来るんだから、我慢しようや」
 JJがそう言って飛んでる藪蚊を手でぱんっと叩きながらなだめた。

「それでね、JJ……」タルサが何か言いかけた。
「なんだ?」JJが問う。
「……ううん、なんでもない。
 急ぎの話じゃないからターレス基地に戻ったら話すね」
「なんだよ、別に今でもいいぞ。もう俺の今日の分の割当作業は終わったしな」
「そっか。じゃあ言うね。あのさ……基地に戻ったらさ……結婚式挙げない?」
「えっ!? ……あ、でも……お前まだ十七じゃないか? 
 おれは多分こないだ十八になったけど……」
「だからさ。正式に籍入れるとかは先でいいの! 
 なんか、早くちゃんとしたいって言うか」

「そうか……そうだな。もうお前と知り合って一年近くなるのか……。
 わかった。俺も男だ。ちゃんと責任は取ってやる!」
「うれしい!」
 そういってタルサがJJに抱き着いた。
 
 そしてJJは心の中で思った。
(スフィーラ。メランタリ。いいよな……)
 
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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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