第69話 郵便配達
文字数 3,738文字
「いよいよ二週間後にエルフ国への第一次傭兵試験派兵が始まる。
今回は戦闘目的じゃなくて、あっちで行動するにあたりエルフからの命令系統に問題はないか、訓練課程に問題がないか、生活に支障はないかを検証するのが主な目的だ。まあ、あんまりいいものは食わせて貰えんかもしれんが、派兵予定期間は一ヵ月間なので、せいぜい我慢してくれ」
まわりから、ははははっと笑い声が起こった。
今日は試験派兵に備えて、魔導教会の僧兵も交えた段取りの打ち合わせがターレス要塞のホールで実施されている。今回選抜された派兵要員は約百名でダルトンが団長になっており、JJ小隊も含まれている。
「何かピンとこねえよな。俺達がエルフの国に行くなんて……サルワニとかどうしてんだろ? まあ、女王自体にはスフィーラが直接会って話したって事だし……だったら、メランタリは何で死ななきゃならなかったんだ!?」
JJがブツブツ言っているのを聞いて、タルサが後ろからJJに抱き着いて言う。
「こら。そんな言い方しない! サルワニやメランタリが頑張ったから、女王とスフィーラが会って話が通じたんだって思わない?
ああ、そういえばあんたも女王のお風呂覗いたんだっけ?」
「馬鹿やろ! あれは違うって……あっ。でもそうだよな……とにかく今、エルフと人間の関係が変わろうとしてるんだ。俺達がちゃんとやり遂げないとな」
「だからー。もっと肩の力抜きなよJJ。
私は、あんたとエルフの国に新婚旅行に行く位のつもりだよ」
「あほ、それじゃリラックスしすぎだ! エルフの連中は、まだ油断出来ねえ」
アリーナは魔導教会での人格AIによる魔法体系の構築が主任務であり、今回の派兵には関与しない。多分見送りにも出ないだろう。
リアクターの寿命の一件以来、省エネが何より重要という事で、用事の無い時は極力出力を押さえる様、メトラックがうるさく言ってくる。
だからといって、だだじっとしているのも気疲れするのだが……。
メトラックは、あれから本当にいろいろな事を考えてアリーナに提案してくれるし、実際に自分でもシステムを組んだり、改良したりで日々遅くまで頑張ってくれている。五分間何もしないでじっとしていると、ブレインユニット以外のスフィーラの動力が待機電力モードになる様、エナジーマネジメントプログラムも改造してくれた。
何日かしてメトラックがアリーナに言った。
「結構省エネしたと思ったんですが、ログ見る限りでは三%も節約出来てませんね。
やはり、ブレインユニットが一番エネルギーを使う様です。まあそれは人間も一緒なんですが……もしかして、魔法ですっごく電力使ってません?
アリーナさえよければ、ブレインユニットにも、記憶保持用の最低電力だけになるスリープモードを実装しますけど」
「だから、ここではスフィーラって呼んで! だけど……えー、それだとまたあんたにいたずらされそう……あー、ごめん。怒った? 言い過ぎたわ。
まあ、あなたが懸命に私の事を思っていろいろ考えてくれてるのは分かってるから! でも、思考を外からコントロールされるのは、人間としてやっぱり嫌かな」
「わかりました……やはり、人格バックアップ用の外部記憶装置をコツコツ組み上げるのが王道かも知れませんね」
「えー。それ無理って言ってなかった?」
「普通に考えたら無理です。でも、僕はあきらめません。パソコンとか携帯デバイスとか、メモリがついてるものなら何でも使えるとは思いますので、それを何とかつないで……って、データ転送速度とかの問題あるし、今スグにって訳には行きませんけど……絶対間に合わせます!」
「ありがとメトラック。でも無理はしないでね」
「はい!!」
◇◇◇
やがてダルトン率いる試験派兵部隊百名は、魔導教会の僧兵達に導かれて、旧王都側のゲートからエルフ国に転移した。
そしてそのまま、隣の国との国境になる海峡のそばにある駐屯地に入った。
「うわー、海が綺麗だね。温度も空気の匂いもほとんど変わらないね」
輸送トラックを降りたタルサの第一声がそれだった。
そのまま一同は兵舎に案内されたが、お世辞にも綺麗なものではなかった。
「何だよこれ。豚小屋以下だな」
JJが文句を言うと、ダルトンがおどけて言った。
「スラムだって同じ様なものだろ。
まあ、つい最近まで奴隷だった身だ。文句を言わずに掃除から始めようぜ」
すぐ近くに以前からここを守備している獣人の部隊がおり、ダルトン達はその配下に付く事になっている。そこの獣人達はカタコトながら人間の言葉もしゃべれるため、コミュニケーションにはそれほど苦労はしなさそうだった。
だが……食事はよくないだろうと予想はしていたものの、まさかこれほどひどいとは……ほとんど雑草みたいな野菜と穀類のスープだけだ。肉っ気がほとんどないし、出汁の味もしない。上官の獣人にそれとなく文句を言ったが、彼らもあんまり変わらない献立内容だったのであきらめた。
一応、ちょっと行くと集落もあるらしいのだが、人間だけで行くことは今の所禁止されている。住人側も全く人間に免疫がないのだ。
「それじゃ、この海峡の向こう側は、魔族の国なんですね?」
「ああ、天気が良ければ肉眼でも見えるんだが……砲は届かんがミサイルは届く。
我が国としては、この海峡の防衛ラインをゆくゆくは人間諸君に任せたいと考えている」
獣人部隊の隊長とダルトンはそんな話をしながら、これからの事を打合せた。
◇◇◇
「また、突然何をおっしゃっておられますか!」
リゾン公爵の怒鳴り声が王宮に響く。
「そんなに大声で怒らないで下さい。別に、いらっしゃった人間の方たちにご挨拶がしたいと申しただけです。人間達が今回初めてこちらにいらっしゃったのですし、外交上、ご挨拶を申し上げるのは私の務めだと思うのですが」
ヨーシュアは悪びれずにそう言った。
「しかし、陛下が最前線に赴かれるなど前代未聞です。
そのための警備も含め、どれだけ周りが振り回されるのかをご理解下さい!」
「そう……なのですか。
それでは、私の名代 がご挨拶に伺うのではだめでしょうか?」
「名代?」
「ええ、近衛の者に私の親書を届けて貰いたく思います。
彼らなら一応軍人ですし、前線に行く事も出来ませんか?」
「まったく。どうせミーシャの名前を出せば私が折れると思っているのでしょう。
ですが……まあ、よろしいでしょう。どうせまだ郵便配達位しかお役に立てないでしょうし、最前線といっても今は交戦中ではありません。
行ってすぐ帰ってくるのであれば……許可しましょう」
「ありがとうリゾン公爵。あの子、何か私のお役に立てないかってすごく張り切っているので、私も何とかしてあげたいと思ったまでです」
「まったく。娘が陛下に気を遣わせてしまっている事、親として汗顔の至りです」
よし! これで運が良ければ、あの後スフィーラさんがどうしているか聞く事が出来るわ。それにミーシャを人間に慣れさせたい。あの子、人間に会った事無いって言ってたから、将来事を構える時の為に見分を広げておいて欲しい。
「そういう事でミーシャ。私の親書を今回いらした人間の部隊に届けて下さい。
貴方にお願いする事で、すでにリゾン公の承諾も取り付けました」
「でも、あのオヤジがよく許しましたね?」
「なんだかんだ言っても、親は子供に手柄を立てさせたいのよ。
それがたとえ郵便配達でもね」
「はは、初めてのお使いって事ですか。それで女王様。他の諸先輩ではなく私を行かせるって事には、他に意味があるのではないですか?」
「まったく。あなた剣術しか頭にないのかと思っていたけど、そうでもない様ね。
ですがあなたにお話するとリゾン公にも伝わってしまうのは……」
この子はそんな事はしないとヨーシュアは確信しているが、ミーシャを試すかの様にわざとそう言った。
「女王様! 私は確かに脳筋ですが馬鹿ではないつもりです。私の主はオヤジではなく女王様です。それをご信頼いただけないのであれば、私はここで首を掻き斬ります!」
「はは、ごめんなさい。あなたを試す様な言い方をして。
それでは、あなたにだけは本心をお話します。
私は人間達とこれからも友好的にやって行きたいのです。それもあなたのお父様とは違ったやり方で。今魔導教会では、人間達の魔法のノウハウが復活しようとしています。それが大成すれば、今の様な軍事力に頼る事なく、周辺諸国と折り合いが付けられる様になると信じております。
ですので、あなたにはその手助けを今後もしてほしいのです」
「女王様。なんと勿体ないお言葉。このミーシャ、命に代えても女王様のお手伝いをさせていただきます。それで今回、私は何をすればいいでしょうか?」
「まず、人間達に慣れて下さい。その上でお友達が出来れば上出来です。そして、あちらの最近の様子。魔導教会と魔法の事。そしてあちらで私を助けて下さったスフィーラさんというアンドロイドがどうしていらっしゃるのか分かればうれしいです!」
「魔導教会にアンドロイドですか……たしかにオヤジの耳には入れられませんね。
ですがご安心下さい。必ずや私がその情報を入手して参ります」
今回は戦闘目的じゃなくて、あっちで行動するにあたりエルフからの命令系統に問題はないか、訓練課程に問題がないか、生活に支障はないかを検証するのが主な目的だ。まあ、あんまりいいものは食わせて貰えんかもしれんが、派兵予定期間は一ヵ月間なので、せいぜい我慢してくれ」
まわりから、ははははっと笑い声が起こった。
今日は試験派兵に備えて、魔導教会の僧兵も交えた段取りの打ち合わせがターレス要塞のホールで実施されている。今回選抜された派兵要員は約百名でダルトンが団長になっており、JJ小隊も含まれている。
「何かピンとこねえよな。俺達がエルフの国に行くなんて……サルワニとかどうしてんだろ? まあ、女王自体にはスフィーラが直接会って話したって事だし……だったら、メランタリは何で死ななきゃならなかったんだ!?」
JJがブツブツ言っているのを聞いて、タルサが後ろからJJに抱き着いて言う。
「こら。そんな言い方しない! サルワニやメランタリが頑張ったから、女王とスフィーラが会って話が通じたんだって思わない?
ああ、そういえばあんたも女王のお風呂覗いたんだっけ?」
「馬鹿やろ! あれは違うって……あっ。でもそうだよな……とにかく今、エルフと人間の関係が変わろうとしてるんだ。俺達がちゃんとやり遂げないとな」
「だからー。もっと肩の力抜きなよJJ。
私は、あんたとエルフの国に新婚旅行に行く位のつもりだよ」
「あほ、それじゃリラックスしすぎだ! エルフの連中は、まだ油断出来ねえ」
アリーナは魔導教会での人格AIによる魔法体系の構築が主任務であり、今回の派兵には関与しない。多分見送りにも出ないだろう。
リアクターの寿命の一件以来、省エネが何より重要という事で、用事の無い時は極力出力を押さえる様、メトラックがうるさく言ってくる。
だからといって、だだじっとしているのも気疲れするのだが……。
メトラックは、あれから本当にいろいろな事を考えてアリーナに提案してくれるし、実際に自分でもシステムを組んだり、改良したりで日々遅くまで頑張ってくれている。五分間何もしないでじっとしていると、ブレインユニット以外のスフィーラの動力が待機電力モードになる様、エナジーマネジメントプログラムも改造してくれた。
何日かしてメトラックがアリーナに言った。
「結構省エネしたと思ったんですが、ログ見る限りでは三%も節約出来てませんね。
やはり、ブレインユニットが一番エネルギーを使う様です。まあそれは人間も一緒なんですが……もしかして、魔法ですっごく電力使ってません?
アリーナさえよければ、ブレインユニットにも、記憶保持用の最低電力だけになるスリープモードを実装しますけど」
「だから、ここではスフィーラって呼んで! だけど……えー、それだとまたあんたにいたずらされそう……あー、ごめん。怒った? 言い過ぎたわ。
まあ、あなたが懸命に私の事を思っていろいろ考えてくれてるのは分かってるから! でも、思考を外からコントロールされるのは、人間としてやっぱり嫌かな」
「わかりました……やはり、人格バックアップ用の外部記憶装置をコツコツ組み上げるのが王道かも知れませんね」
「えー。それ無理って言ってなかった?」
「普通に考えたら無理です。でも、僕はあきらめません。パソコンとか携帯デバイスとか、メモリがついてるものなら何でも使えるとは思いますので、それを何とかつないで……って、データ転送速度とかの問題あるし、今スグにって訳には行きませんけど……絶対間に合わせます!」
「ありがとメトラック。でも無理はしないでね」
「はい!!」
◇◇◇
やがてダルトン率いる試験派兵部隊百名は、魔導教会の僧兵達に導かれて、旧王都側のゲートからエルフ国に転移した。
そしてそのまま、隣の国との国境になる海峡のそばにある駐屯地に入った。
「うわー、海が綺麗だね。温度も空気の匂いもほとんど変わらないね」
輸送トラックを降りたタルサの第一声がそれだった。
そのまま一同は兵舎に案内されたが、お世辞にも綺麗なものではなかった。
「何だよこれ。豚小屋以下だな」
JJが文句を言うと、ダルトンがおどけて言った。
「スラムだって同じ様なものだろ。
まあ、つい最近まで奴隷だった身だ。文句を言わずに掃除から始めようぜ」
すぐ近くに以前からここを守備している獣人の部隊がおり、ダルトン達はその配下に付く事になっている。そこの獣人達はカタコトながら人間の言葉もしゃべれるため、コミュニケーションにはそれほど苦労はしなさそうだった。
だが……食事はよくないだろうと予想はしていたものの、まさかこれほどひどいとは……ほとんど雑草みたいな野菜と穀類のスープだけだ。肉っ気がほとんどないし、出汁の味もしない。上官の獣人にそれとなく文句を言ったが、彼らもあんまり変わらない献立内容だったのであきらめた。
一応、ちょっと行くと集落もあるらしいのだが、人間だけで行くことは今の所禁止されている。住人側も全く人間に免疫がないのだ。
「それじゃ、この海峡の向こう側は、魔族の国なんですね?」
「ああ、天気が良ければ肉眼でも見えるんだが……砲は届かんがミサイルは届く。
我が国としては、この海峡の防衛ラインをゆくゆくは人間諸君に任せたいと考えている」
獣人部隊の隊長とダルトンはそんな話をしながら、これからの事を打合せた。
◇◇◇
「また、突然何をおっしゃっておられますか!」
リゾン公爵の怒鳴り声が王宮に響く。
「そんなに大声で怒らないで下さい。別に、いらっしゃった人間の方たちにご挨拶がしたいと申しただけです。人間達が今回初めてこちらにいらっしゃったのですし、外交上、ご挨拶を申し上げるのは私の務めだと思うのですが」
ヨーシュアは悪びれずにそう言った。
「しかし、陛下が最前線に赴かれるなど前代未聞です。
そのための警備も含め、どれだけ周りが振り回されるのかをご理解下さい!」
「そう……なのですか。
それでは、私の
「名代?」
「ええ、近衛の者に私の親書を届けて貰いたく思います。
彼らなら一応軍人ですし、前線に行く事も出来ませんか?」
「まったく。どうせミーシャの名前を出せば私が折れると思っているのでしょう。
ですが……まあ、よろしいでしょう。どうせまだ郵便配達位しかお役に立てないでしょうし、最前線といっても今は交戦中ではありません。
行ってすぐ帰ってくるのであれば……許可しましょう」
「ありがとうリゾン公爵。あの子、何か私のお役に立てないかってすごく張り切っているので、私も何とかしてあげたいと思ったまでです」
「まったく。娘が陛下に気を遣わせてしまっている事、親として汗顔の至りです」
よし! これで運が良ければ、あの後スフィーラさんがどうしているか聞く事が出来るわ。それにミーシャを人間に慣れさせたい。あの子、人間に会った事無いって言ってたから、将来事を構える時の為に見分を広げておいて欲しい。
「そういう事でミーシャ。私の親書を今回いらした人間の部隊に届けて下さい。
貴方にお願いする事で、すでにリゾン公の承諾も取り付けました」
「でも、あのオヤジがよく許しましたね?」
「なんだかんだ言っても、親は子供に手柄を立てさせたいのよ。
それがたとえ郵便配達でもね」
「はは、初めてのお使いって事ですか。それで女王様。他の諸先輩ではなく私を行かせるって事には、他に意味があるのではないですか?」
「まったく。あなた剣術しか頭にないのかと思っていたけど、そうでもない様ね。
ですがあなたにお話するとリゾン公にも伝わってしまうのは……」
この子はそんな事はしないとヨーシュアは確信しているが、ミーシャを試すかの様にわざとそう言った。
「女王様! 私は確かに脳筋ですが馬鹿ではないつもりです。私の主はオヤジではなく女王様です。それをご信頼いただけないのであれば、私はここで首を掻き斬ります!」
「はは、ごめんなさい。あなたを試す様な言い方をして。
それでは、あなたにだけは本心をお話します。
私は人間達とこれからも友好的にやって行きたいのです。それもあなたのお父様とは違ったやり方で。今魔導教会では、人間達の魔法のノウハウが復活しようとしています。それが大成すれば、今の様な軍事力に頼る事なく、周辺諸国と折り合いが付けられる様になると信じております。
ですので、あなたにはその手助けを今後もしてほしいのです」
「女王様。なんと勿体ないお言葉。このミーシャ、命に代えても女王様のお手伝いをさせていただきます。それで今回、私は何をすればいいでしょうか?」
「まず、人間達に慣れて下さい。その上でお友達が出来れば上出来です。そして、あちらの最近の様子。魔導教会と魔法の事。そしてあちらで私を助けて下さったスフィーラさんというアンドロイドがどうしていらっしゃるのか分かればうれしいです!」
「魔導教会にアンドロイドですか……たしかにオヤジの耳には入れられませんね。
ですがご安心下さい。必ずや私がその情報を入手して参ります」