第49話 懐かしい訳ないだろ

文字数 3,215文字

 アリーナの消息が分からないまま年が明けたが、アルマンら北方山脈に逃れたレジスタンス達は、その日の食事にも困る程困窮を極めていた。今回、1A要塞に集合した旧王国東部方面のレジスタンス約五百名が敵の総攻撃を潜り抜けてここにたどり着き、アジト自体の用意はあったものの、もともと大所帯での生活準備はされておらず食料も燃料も不足していた。
 幸い、エルフのゲートがまだ本格稼働しておらず、当面敵から追撃される事はなさそうなのだが、他地区のレジスタンスから支援を受けようにも地の利がなく、アルマンは金策も含め自分達でなんとかする腹を決めた。
 そして以前からレジスタンスを陰から支援してくれていた組織と連絡を取るため、このアジトから一番近い都市であるモンデルマに人を派遣する事にしたのだ。
 
 そしてモンデルマに詳しいJJがそのメンバーに選ばれ、その流れでダルトン、タルサと、第二地区で行動するには獣人が必要なので、獣人部隊の小隊長だったタスカムの計四名がモンデルマへ派遣される事となった。

「今更……モンデルマかよ……」JJがつぶやく。
「やっぱり思い出しちゃう?」タルサがなぜかすまなそうに尋ねる。
「まあな。でも仕方ねえ。俺が一番詳しいのは確かだし、最小リスクで第二区画に潜り込める自信はある。あそこ(スラム)を拠点にすればなんとかなるさ」
「そうそう。ここで雪ん中薪集めや冬眠中の熊や狸を叩き起こす仕事より、ちょっとは楽なんじゃないか?」ダルトンが軽口をたたく。
「ダルトン、やめなよ! JJの気持ちも考えて!」
 タルサがJJの替わりに文句を言った。

 あの日……メランタリの死とスフィーラの消息不明の報告があった日から、JJの魂はどこかが大きく欠けた。そしてそれから、タルサが懸命にそれを埋めようとJJに寄り添ってくれていた。彼女のお陰で最近は少し物事が考えられる様になって来た事をJJは痛感しており、タルサがそばにいると心が落ち着いた。

 俺、この子が好きになったんだろうか……。
 ふっとそんな思いが頭をよぎるが、直ぐにメランタリやスフィーラの事が思い出され、その思いを打ち消す様にしていた。

 JJ達は、モンデルマまで約二百キロの距離を徒歩で向かった
 まだ冬まっさかりで途中の野宿は身体に堪えたが、いつもJJの寝袋にはタルサが潜り込んでいて、二人で暖を分かち合っていたが、特に男女の行為をする訳でもなく兄妹の様にしているだけなので、ダルトンもそれを黙認していた。
「JJ……窮屈でごめんね」タルサがJJの胸に顔をうずめて言う
「いや。お前がそばにいるだけで俺は安心して眠れる。気にするな」
「もう! 気にするなはご挨拶よね! こんだけ密着してるんだから、少しくらいエッチな事してもいいのよ……」
「……ごめん」JJはそう言って、タルサから目線をそらした。

 まあ、あのアンドロイドとは何もなかっただろうけど、JJとメランタリが普通の友人以上の関係だったであろう事はタルサも薄々気がついている。
 JJが私の方を向いてくれるのは、もう少し先なんだろうな……。
 そんな事を考えながら、タルサは寝袋の中でそっとJJにしがみついた。

 ◇◇◇

 ダルトン一行は一週間程でモンデルマに到着し、深夜を待ってから第三区画にこっそり侵入した。

「……なんだよ。えらく様子が変わっちまってるぞ。
 市場はどうしちまったんだ!?」
 JJが第三区画の市場近辺の様子を一瞥して驚いて言った。
 JJがアリーナやメランタリとこの街を出て行くまでは、戦後の焼け跡にバラックが立った様な有様ではあったが、今は……焼け跡しかない。

「どういう事だよ。もしかして領主殺しの報復で焼かれちまったのか?」
 ダルトンも驚いている。
「どちらにせよ、どこかに潜伏しないとまずいぞ。
 JJ、どこか心あたりはないか?」
 タスカムの言葉に、JJはしばし思案した後、三人に告げた。
「とりあえずスラムにおりてみよう。誰か知ってる奴がいるかもしれねえ」

 JJ達は、下水の川に沿ってスラムに向かい、以前、花街だった通りに来たが街娼は誰も立っていない。
 一応周りに掘っ建て小屋はあるが、灯りも点いていない。
 そのまま歩いていると灯りが付いている場所があった。

 ああ……交番だ。どうやら巡査も詰めている様だ。

「私が行って話を聞いて来ようか?」タスカムが言う。
「いや。あの獣人巡査。俺の顔見知りだ。俺が行ってくるよ。
 なんかまずそうだったら、各自全力で逃げてくれ。
 今日第三に入った口で落ち合おう」
 そういってJJは交番に入っていった。

「こんばんは……」
「ああん? こんな時間に何の様だ。 ん? お前どっかで会ったっけ?」
「お巡りさん忘れちゃったか? 
 昔、王国紙幣つかまされて妹が捕まった浮浪児だよ」

「はー……あっ! JJ!? お前、生きてたのか? 妹が領主様に連れて行かれてからどっかに行方晦ましたって、そんでそのあと御領主様がお亡くなりになって……って、お前まさかそれに噛んでたんじゃねえよな?」
「俺にそんな事出来るかよ。貰った金で、他の街で暮らしてたんだけどそれも無くなっちまって戻って来たんだ。なのにこの変わり様は何なんだい?」

「まあ……御領主様の事は、失火だって事だったんだが……新領主様がいらっしゃるにあたって、第三区画を大掃除するってエルフ共が言い出してな。
 それでこの有様さ。立ちんぼの姉ちゃん達はみんな他の街に流れたらしいぜ。
 それなのに、新領主様もすぐにレジスタンスにやられちゃったんだけどな」

「そうなんだ……それじゃ俺も他の街に行って見ようかな。だが今夜の所はどこか屋根のある所で眠りたいんだけど、昔のスラムの連中どっかにいないか?」
「なんだ。屋根だけでいいなら昔のよしみで留置所貸すぞ。いや冗談、冗談。
 あの遣り手婆なら、区画のはずれで細々と暮らしてると思うが」

「マイタリ婆さんか? そっか。それじゃちょっと顔出してみるわ。
 忙しい所すまなかったな」
「何だよ、皮肉か? これのどこが忙しいんだよ!」
 そう言いながら巡査は笑った。

 巡査に教えられたあたりに行くと確かに掘っ建て小屋があったが、灯りはついておらず真っ暗だ。まあ、こんな時間だし寝ちまってるよな。

 JJが玄関と思われるところのムシロをそーっとめくり、中に入ったらいきなり木刀が振り下ろされてきてJJの額をしたたかに打ち据え、JJはたまらずに外に転がり出た。

「この泥棒野郎!! うちにゃ取るもんなんか何にもないよ!!」
 そう言って木刀を手にしたマイタリ婆さんが飛び出してきた。

「よっ! ばあさん。久しぶり……」
 額から血を流しながらJJがほほ笑んだ。

「えっ? お前……JJ? JJなのかい?」
「そうだよ。正真正銘のスラムの孤児。JJ様だ!」
「おお……JJ。無事だったのかい……と言うかずいぶん背が伸びたね。
 それにしても、レジスタンスに合流するって言って飛び出してって、この前の戦闘だろ。まさかお前に生きて会えるとは……。
 それでスフィーラは? あの猫さんは?」
「それは……その前に婆さん。全部で四人なんだが、どこかで睡眠とれねえか?」

 マイタリ婆さんが、昔JJが暮らしていた様なテントもどきをあてがってくれて、JJ以外の三人はそこで休ませた。
 JJは、マイタリ婆さんの小屋に戻って、今までの話をして聞かせた。

「そうだったのかい。猫さんはもう……それでスフィーラも行方不明とは……。
 やはり女にレジスタンスなんか勧めるべきじゃなかったのかね。
 スフィーラなら娼婦でも楽に生き延びられただろうに」
「いや、そうじゃないんだ。
 スフィーラやメランタリが頑張ってくれたから俺は今こうして生きてるんだ。
 それで、婆さんを余り巻き込むつもりはないんだが、俺はレジスタンスの用事でここに来たんだ。力を貸してくれないか?」
「ああ、分かってるさ。じゃが前の様にいろいろは出来んぞ」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み