第87話 王族の矜持

文字数 3,385文字

 エルフ王国。深夜。

 女王ヨーシュアは、僧兵とタスカム獣人小隊に守られ王宮に入城した。
 すぐ脇には、ミーシャとアリーナが近衛として侍っている。
 敵をけん制するため、アリーナがくだんの女アンドロイドである事も事前に公表されていた。
 
 玉座から立ち上がり、ヨーシュアが声を発した。
「ここにリゾン公爵を反乱者と認定し、すべての政府、軍の指揮権を一時我が手に戻します。あわせて議会と元老院にも協力を要請します。
 皆で一丸となり、この国難を乗り切りましょう!」
 周りから拍手が起こった。

「リゾン公爵は飛行戦艦で人間界に渡っておられますので、大ゲートが破損した今、彼に対しては直ぐに手が打てません。危急の課題は周辺国の事です。外交筋は至急、会話と調整をお願い致します。それから軍に関しても、今一度国内兵力の見直しをお願い致します。今の状態では、人間達の助力も期待できませんので、手持ちのもので何とか危機に当たる様お願い致します。
 詳細は、この魔導教会のトーマス司教と打ち合わせて下さい!」
 そこまでしゃべって、ヨーシュアは、ふうっと言って玉座に腰かけた。

「女王様。お見事な演説でした」ミーシャがヨーシュアをねぎらった。
「いえ、ミーシャ。ここからが私の戦いです。いままでリゾン公爵に頼りきりだった私がどこまでやれるのか。国民みんなが見ておりますから」

 女王が玉座に戻った事で、すこしずつ国の中がまわり出してきた。
 しかし、リゾン派と思われる貴族達は、いまだ挨拶にも来ない。
 とはいえ、アリーナがヨーシュアにべったり張り付いており、誰もおいそれとは近づけないのかもしれない。

 ヨーシュアが王宮に入った夜の事だった。
 トーマスが、人間界側の情報を伝えてくれた。
 それによると、リゾンの飛行戦艦は、明日の昼前にはターレス要塞の空爆にかかるだろうという事。そしてすでに人間達も対策を進めている事が判った。
「JJ、ダルトン、みんな頑張ってね」アリーナは心の中でそう思った。

「緊急電!!」そこへ伝令の兵士がやってきた。
「軍務省からです。
 周辺諸国連合の艦船約二千が東側海峡上に集結。
 早ければ数日中にも上陸作戦が決行される見込み。
 敵兵数、約二十万!!」

「何、二十万? いつの間にそんなに……」トーマスが驚きの声を上げた。
「私やリゾンが不在のうちに、密かに準備していたのでしょうね」
 ヨーシュアがそう言った。
「しかし女王様。このままでは……」トーマスが玉座のヨーシュアを見上げる。

「こうなっては致し方なし。降りかかる火の粉払わなければなりません。
 ですが、会話のチャンネルは閉ざしてはダメですよ。
 軍に通達。残りの飛行戦艦の発進を許可します!」
「はは!」そう言って伝令は戻っていった。

「うわー。このまま戦争になっちゃうんでしょうか」アリーナが心配そうに言う。
「大丈夫よ。飛行戦艦の恐ろしさは周辺国も分かっています。
 二隻があちらに出てしまっていて、私が残りを出さないと甘く見積もったのでしょう」ヨーシュアはちょっと青い顔をしながらそう言った。

 ◇◇◇

 翌早朝。ヨーシュアはミーシャ、アリーナを伴って執務室に向かった。
 正直なところ、夕べはあまり眠れていない。
 いっそ昔の様に、アリーナ姫といっしょのお布団で抱き合って寝た方がリラックス出来たかもしれなかったと、ちょっと後悔した。

 執務室前にはトーマスとサルワニが来ていた。

「何かありましたか?」
 ヨーシュアは二人を招き入れ、応接に座る様促した。
 ミーシャがお茶の準備を始める。

「いえ女王様。それほどゆっくりは出来ません。
 昨夜の飛行戦艦出撃の件なのですが」
 トーマスが言いづらそうにしている。
「どうしました。まさか軍が飛行戦艦の出撃を渋っているのですか?」
「いいえ。そうではないのですが……」

 言いづらそうなトーマスに替わってサルワニが口を開いた。
「軍事の事は私の方が詳しいと存じますので私から。
 実は残り二隻の飛行戦艦が、直ぐに出撃出来ないのです」

「なんですって?」ヨーシュアだけでなく、アリーナもミーシャもビックリした。
「実は、三号艦は三ヵ月前からドック入りしていて、定期の解体整備中なのです。
 急ぎ組直してもひと月はかかるそうです。そして四号艦ですが、エンジンユニットに不調があって、多数のパーツをあちらの魔導教会に発注していたらしいのですが、今はゲートの使用も思うに任せず、仮にすぐ手に入っても、稼働試験からやらないとならないため、やはりひと月くらいかかる見込みなのです」

「……ああ何という事。
 リゾンはそれを承知で、二隻持って行ってしまったのですか」
「おそらく」
「それで周辺国側の動きは?」
「会話の呼びかけを継続して行っていますが、何も反応がありません。
 現地の偵察によると、今夜から翌朝にも上陸作戦がはじまるのではないかと……」
 サルワニも困惑しきった顔でそう言った。

「ああ。人間達に戦争で勝ったといっても、所詮この程度の力しか持っていなかったのですね。それに気づかず今までのほほんとしていた自分が全く恥ずかしいです」
「女王様。お気をしっかりお持ち下さい。
 我が国の栄光はまだすたれた訳ではありません!」
 ミーシャが強くそう言った。

「ですがもう……このまま他国の侵入を許してしまったら……ああ、せめて魔法が間に合っていれば……」ヨーシュアが泣き崩れた。

「私がやりましょうか?」突然そう言ったのはアリーナだ。
 その言葉に、ヨーシュアもミーシャもトーマスもサルワニも、目を剥いて驚いた。

「ちょっと、アリーナ。あなた一体何を言っているの?
 あなたが魔法を使ったら、エネルギーが……」ミーシャが震えた声でそう言った。
「多分、デモンストレーション位ならまだ大丈夫だよ。
 とりあえず、メリッサ呼んでくれないかな?
 それで、どんな魔法なら相手がビビりますかね、女王様?」

 ◇◇◇

「何言ってんのあなたは! ここであなたを失ったら、メトラックにもJJにも顔向けできないわよ!!」そう言ってメリッサが激怒している。
「あー、何でJJ? まあいいや。だから大丈夫だって。魔法があるんだぞってデモが出来ればいいと思うの。だから攻めてくる敵さんの目の前で一発花火を上げれば……」

 そういうアリーナに、ヨーシュアが言った。
「そんな簡単なものではだめよアリーナ。彼ら全てを足止めするくらいの規模でなければ。でもそんな事をしたら死傷者もたくさん出て、本当に戦争になっちゃうわ」

「そうかー……ねえモルツ。どの位のエネルギーまで使えそう?」
【計測不能。ですが、爆縮用エネルギーは確実に確保されるため、そもそもそれを越えた出力は出来ません】
「ということは、最悪使いつくして即スリープって事か」
「何馬鹿な事を言ってんの!」
 メリッサがアリーナの肩を掴んで激しく揺さぶっている。

「でもそうなるかはやってみないと分からないし、案外まだ余裕あるかも知れない。
 それにねメリッサ。前にも言ったかもしれないけど、私にしか出来ない事があって、私がそれを出来る場所にいたのなら、私は迷わないわよ。
 それが王族たるものの矜持だと思ってる。
 せっかくもらった第二の人生。思う様に燃焼させてもらえないかな?」

「アリーナぁーーーー」メリッサがその場に泣き崩れた。
 周りの皆も貰い泣きしている。

「それじゃ、話は決まりね。トーマス。サルワニさん。私を現地に連れてって!」
「ああ。わかった」サルワニが気力を振り絞ってそう答えた。

 ◇◇◇

 アリーナはサルワニに操縦を任せ、ヘリで東の海峡をめざす。
 トーマスとメリッサも一緒だ。
 ヨーシュアはさすがに前線には連れて来られないので、ミーシャとタスカムの獣人小隊に護衛を任せてきた。

「それで、勝算はあるのか?」トーマスが問う。
「なんの? ああ、敵を傷つけずに足止めするって事?
 そうね……状況を見ないとだけれと、何とかなるんじゃないかっては思ってるよ」
「そうか。それならいいが。極力エネルギー消費は抑えろよ」
「がんばる」

 もうメリッサは何も言わない。
 決意を固めたアリーナのサポートに徹するとさっき言ってくれたのだ。

 JJ達、飛行戦艦やっつけたかな?
 まあ、あいつだけだと何だけど、みんなもいるし大丈夫でしょ。
 仕事をうまく片付けて、早くみんなに会いたいな……

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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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