第56話 かくれんぼ
文字数 2,906文字
「なんと。それではせっかくこちらにいらっしゃったのに、人間共に鉄槌を下す所はご覧にならなくともよいという事ですな」
「はい……彼らに近づくのも恐ろしくなりました。どうか公爵と飛行戦艦で作戦をお進め下さい。その間、私はモンデルマの宿所に籠っております。
周りを警備していただく兵だけ置いて行って下されば大丈夫だとは思いますので」
今日はこれから飛行戦艦によるレジスタンス達の要所の空爆作戦に出発するのだが、朝になって、女王ヨーシュアがついて行きたくないと言い出した。
やれやれ、これほどお灸が効いたとは……リゾン公爵は笑みがこぼれそうになってしまうのを抑えながら、女王に向かって言った。
「わかりました。警備の兵は残しましょう。
ですが、そうであれば先に国にお戻りになってもよろしいのですよ?」
「はい……ですが数百年ぶりに王宮外に出ましたので、もう少しだけ外の空気を吸っていてもよろしいでしょうか。私は公といっしょに帰国したいと考えています」
「それはもちろん。そこまでご信頼いたたけるとは光栄の至りです」
ははは。もうすっかり私頼りではないか!
これならば我が計画も順調に進むだろう。
リゾン公爵はほくそ笑んだ。
そしてリゾン公爵を乗せた飛行戦艦は、予定通りモンデルマを発ち、何か所かあるレジスタンスの拠点と思われる場所への、一週間余りに渡る遠征空爆に出発した。
ヨーシュアはそれを見送り、その足で聖ドミナント教会に向かった。
お付きの武官があわてて女王を諫める。
「あまり予定外の動きをされては困ります。
公爵様からは宿所で厳重にお守りしろと……」
「もう。すぐそばではありませんか。
ただ部屋にいても退屈ですので、礼拝堂で公爵らの戦勝を祈願致します」
「はあ。分かりました。それではその様に守備隊を編成いたします」
◇◇◇
モンデルマでコスタイム司教との接触に成功したダルトン一行は、教会からこっそり貸してもらった車で、北方山脈のアジトに戻った。
「首尾はどうだった?」アルマンが、もう腹ペコだという感じで尋ねて来た。
「首尾は上々です。ですが、このアジトは急ぎ引き払った方がいい。
飛行戦艦がこっちに来ていて、近くレジスタンスの拠点への空爆が始まります!」
ダルトンが報告する。
「……ああ。なんとなく噂は伝わってきていたんだが……マジかよ……。
とはいってもどこへ逃げる?」
「それについては、司教から提案がありました」
ダルトンがその詳細を口頭でアルマンに告げた。
「はは……ほんとに命がけだな。こっから千キロくらいあるんじゃないか?
その間、自力で生き永らえてたどり着けってか?」
「はい。至急、連絡が取れる他のレジスタンスにも伝えた方がいいかと思います」
そのやり取りを見ていたタルサがJJに尋ねた。
「ねえ。一体どんな話になってんのよ?」
「ああ。なんでも遥か南のターレスって所に、今は魔導教会の管理下にある旧王国の戦略基地があるんだそうで、レジスタンスはそこに集結して決起しないかという事なんだそうだ。俺にもよくは分からないけどな」JJがそう言った。
「ですが、うまくいけば我々レジスタンスの自治区が出来る。
エルフとの共存に魔導教会も骨を折ってくれるらしいんです」
タスカムが付け加えた。
「なにそれ。そんなうまい話、信じていいの?」タルサはあくまでも疑心暗鬼だ。
やがてアルマンが立ち上がって言った。
「だがそうなると、少しでもエルフとの交渉が有利になる様に動かにゃならんだろ。くそったれ。こうなりゃ飛行戦艦と一戦交えるか!?」
そう言うアルマンに、周りの幹部達から「無茶だ」という声があがった。
「ん。まあ、普通に考えたら無理なんだが……俺はあいつとは因縁があってな。
やり様によっちゃ、撃墜とまではいかなくても、それ相当のダメージが与えられれば、敵さんも交渉のテーブルにのっかってくるんじゃなかろうか?」
それでも周りの者たちはにわかにその話を信じる事が出来ない。
するとダルトンが立ち上がって言った。
「とりあえず、このおっさんの話を聞いてみないか?」
◇◇◇
飛行戦艦がレジスタンス空爆に出発した翌日、ヨーシュアは朝の沐浴の後、日中を聖ドミナント教会の礼拝場で過ごした。
そしてただ一日礼拝だけをさせる訳にもいかず、教会側も昼食やティータイムの用意をしてヨーシュアをもてなした。
そしてティータイムの時、ヨーシュアが切り出した。
「あの……司教の皆様もご一緒にお茶にいたしませんか?」
女王にそう言われて断れる訳もなく、その場にいた司教たちもご相伴に預かる事となった。ヨーシュアはその人達を眺めながら考える。
(この間、外に逃がして下さった僧兵さんはいらっしゃいませんね。
それでは、もう少し踏み込んでみましょう)
「あの……私事で大変恐縮なのですが、先日の夜、私の寝所に暴漢が押し入った時の事です。あの時、僧兵と思われる男性の方にお助けいただいておりまして、出来れば直接お礼を申し上げたいのですが……だめでしょうか?
それとも教会はそうした交流もダメだと?」
一番年配と思われる司教が答えた。
「別に、御礼を頂く事まで拒むものではございません。
ですがその者はすでにここを立ってしまっております」
「そうですか……それは残念です。
それじゃ……あの……同じくその時私を助けてくれた女の子は?
あの……人間だったと思うのですが?」
「何かのお間違いでは?
当協会の僧兵にも女性はおりますが、人間がいるはずがございません」
(ああ。やはり本当の事はお話いただけない様ですね)
そして翌朝の夜明け前。
ヨーシュアはいつもの沐浴の為、地下の沐浴場を訪れた。
ここは唯一、私が一人きりになれる場所……。
普通ならここで湯着に着替えるのだが、ヨーシュアはそのまま着替えずに沐浴場に入る。そして……。
(確かあの時の男の子は、あの辺から顔を出してたわよね)
そう思いながら、ヨーシュアはJJが出て来たボイラー室の戸口に近寄った。
(うまくいくかは分からない。でも、私の予想が正しければ……)
ヨーシュアはその戸口から、教会の地下通路に抜けだした。
◇◇◇
「おいスフィーラ。起きろ!」
朝早くにまたトーマスに起こされた。
まったく乙女の寝起きを何だと思ってるのよ!
「大変だ。女王が行方をくらました!!」
「えっ! 何ですって!?」
アリーナとトーマスは教会の宿坊で寝起きしていた。
そしてその教会の地下から、女王が忽然と姿を消したと言うのだ。
教会の周りは守備兵が一個中隊で固めており、抜け出せるはずはないのだが、教会の中を家探ししても見つからないと大騒ぎになっている。
「本当にちゃんと探したの?」アリーナが不思議がる。
「いや、いくらなんでも女王様がそんなにかくれんぼに精通されているとは思えんが、いま念のため教会の外や宿所周りも総動員で探している」
(モルツ。どう思う?)
【守備兵の配置状況を確認。この状況で訓練されていないものが教会外に出る事は不可能です。どこかに隠れている可能性大】
「トーマス。私達も探しましょう。ただし……教会の中をね!」
「はい……彼らに近づくのも恐ろしくなりました。どうか公爵と飛行戦艦で作戦をお進め下さい。その間、私はモンデルマの宿所に籠っております。
周りを警備していただく兵だけ置いて行って下されば大丈夫だとは思いますので」
今日はこれから飛行戦艦によるレジスタンス達の要所の空爆作戦に出発するのだが、朝になって、女王ヨーシュアがついて行きたくないと言い出した。
やれやれ、これほどお灸が効いたとは……リゾン公爵は笑みがこぼれそうになってしまうのを抑えながら、女王に向かって言った。
「わかりました。警備の兵は残しましょう。
ですが、そうであれば先に国にお戻りになってもよろしいのですよ?」
「はい……ですが数百年ぶりに王宮外に出ましたので、もう少しだけ外の空気を吸っていてもよろしいでしょうか。私は公といっしょに帰国したいと考えています」
「それはもちろん。そこまでご信頼いたたけるとは光栄の至りです」
ははは。もうすっかり私頼りではないか!
これならば我が計画も順調に進むだろう。
リゾン公爵はほくそ笑んだ。
そしてリゾン公爵を乗せた飛行戦艦は、予定通りモンデルマを発ち、何か所かあるレジスタンスの拠点と思われる場所への、一週間余りに渡る遠征空爆に出発した。
ヨーシュアはそれを見送り、その足で聖ドミナント教会に向かった。
お付きの武官があわてて女王を諫める。
「あまり予定外の動きをされては困ります。
公爵様からは宿所で厳重にお守りしろと……」
「もう。すぐそばではありませんか。
ただ部屋にいても退屈ですので、礼拝堂で公爵らの戦勝を祈願致します」
「はあ。分かりました。それではその様に守備隊を編成いたします」
◇◇◇
モンデルマでコスタイム司教との接触に成功したダルトン一行は、教会からこっそり貸してもらった車で、北方山脈のアジトに戻った。
「首尾はどうだった?」アルマンが、もう腹ペコだという感じで尋ねて来た。
「首尾は上々です。ですが、このアジトは急ぎ引き払った方がいい。
飛行戦艦がこっちに来ていて、近くレジスタンスの拠点への空爆が始まります!」
ダルトンが報告する。
「……ああ。なんとなく噂は伝わってきていたんだが……マジかよ……。
とはいってもどこへ逃げる?」
「それについては、司教から提案がありました」
ダルトンがその詳細を口頭でアルマンに告げた。
「はは……ほんとに命がけだな。こっから千キロくらいあるんじゃないか?
その間、自力で生き永らえてたどり着けってか?」
「はい。至急、連絡が取れる他のレジスタンスにも伝えた方がいいかと思います」
そのやり取りを見ていたタルサがJJに尋ねた。
「ねえ。一体どんな話になってんのよ?」
「ああ。なんでも遥か南のターレスって所に、今は魔導教会の管理下にある旧王国の戦略基地があるんだそうで、レジスタンスはそこに集結して決起しないかという事なんだそうだ。俺にもよくは分からないけどな」JJがそう言った。
「ですが、うまくいけば我々レジスタンスの自治区が出来る。
エルフとの共存に魔導教会も骨を折ってくれるらしいんです」
タスカムが付け加えた。
「なにそれ。そんなうまい話、信じていいの?」タルサはあくまでも疑心暗鬼だ。
やがてアルマンが立ち上がって言った。
「だがそうなると、少しでもエルフとの交渉が有利になる様に動かにゃならんだろ。くそったれ。こうなりゃ飛行戦艦と一戦交えるか!?」
そう言うアルマンに、周りの幹部達から「無茶だ」という声があがった。
「ん。まあ、普通に考えたら無理なんだが……俺はあいつとは因縁があってな。
やり様によっちゃ、撃墜とまではいかなくても、それ相当のダメージが与えられれば、敵さんも交渉のテーブルにのっかってくるんじゃなかろうか?」
それでも周りの者たちはにわかにその話を信じる事が出来ない。
するとダルトンが立ち上がって言った。
「とりあえず、このおっさんの話を聞いてみないか?」
◇◇◇
飛行戦艦がレジスタンス空爆に出発した翌日、ヨーシュアは朝の沐浴の後、日中を聖ドミナント教会の礼拝場で過ごした。
そしてただ一日礼拝だけをさせる訳にもいかず、教会側も昼食やティータイムの用意をしてヨーシュアをもてなした。
そしてティータイムの時、ヨーシュアが切り出した。
「あの……司教の皆様もご一緒にお茶にいたしませんか?」
女王にそう言われて断れる訳もなく、その場にいた司教たちもご相伴に預かる事となった。ヨーシュアはその人達を眺めながら考える。
(この間、外に逃がして下さった僧兵さんはいらっしゃいませんね。
それでは、もう少し踏み込んでみましょう)
「あの……私事で大変恐縮なのですが、先日の夜、私の寝所に暴漢が押し入った時の事です。あの時、僧兵と思われる男性の方にお助けいただいておりまして、出来れば直接お礼を申し上げたいのですが……だめでしょうか?
それとも教会はそうした交流もダメだと?」
一番年配と思われる司教が答えた。
「別に、御礼を頂く事まで拒むものではございません。
ですがその者はすでにここを立ってしまっております」
「そうですか……それは残念です。
それじゃ……あの……同じくその時私を助けてくれた女の子は?
あの……人間だったと思うのですが?」
「何かのお間違いでは?
当協会の僧兵にも女性はおりますが、人間がいるはずがございません」
(ああ。やはり本当の事はお話いただけない様ですね)
そして翌朝の夜明け前。
ヨーシュアはいつもの沐浴の為、地下の沐浴場を訪れた。
ここは唯一、私が一人きりになれる場所……。
普通ならここで湯着に着替えるのだが、ヨーシュアはそのまま着替えずに沐浴場に入る。そして……。
(確かあの時の男の子は、あの辺から顔を出してたわよね)
そう思いながら、ヨーシュアはJJが出て来たボイラー室の戸口に近寄った。
(うまくいくかは分からない。でも、私の予想が正しければ……)
ヨーシュアはその戸口から、教会の地下通路に抜けだした。
◇◇◇
「おいスフィーラ。起きろ!」
朝早くにまたトーマスに起こされた。
まったく乙女の寝起きを何だと思ってるのよ!
「大変だ。女王が行方をくらました!!」
「えっ! 何ですって!?」
アリーナとトーマスは教会の宿坊で寝起きしていた。
そしてその教会の地下から、女王が忽然と姿を消したと言うのだ。
教会の周りは守備兵が一個中隊で固めており、抜け出せるはずはないのだが、教会の中を家探ししても見つからないと大騒ぎになっている。
「本当にちゃんと探したの?」アリーナが不思議がる。
「いや、いくらなんでも女王様がそんなにかくれんぼに精通されているとは思えんが、いま念のため教会の外や宿所周りも総動員で探している」
(モルツ。どう思う?)
【守備兵の配置状況を確認。この状況で訓練されていないものが教会外に出る事は不可能です。どこかに隠れている可能性大】
「トーマス。私達も探しましょう。ただし……教会の中をね!」