第55話 あやうく喪失

文字数 2,715文字

 仮領主邸の女王の寝室で、アリーナとマーダーⅡとのにらみ合いが続く。
 アリーナは何度も土魔法で、前回の様にマーダーⅡを拘束しようとするのだが、今回はあちらのパワーが強く、長い時間抑え続けられない。

「これだと長時間抑えておくのはきついわね。モルツどうしよう?」
【女王の安全が確保されたのなら撤退を推奨。
 一対一で正面からぶつかりあっても、いずれパワー負けします。
 トーマスにキャンセラーを準備させるべきでした】

「くやしいけど仕方ないか。それじゃ!」
 アリーナは後ろに飛んでマーダーⅡから距離を置き、そこを離脱しようとしたのだが……ガツン! と強い衝撃が走り、逆方向に投げ飛ばされた。
 スピードで勝るマーダーⅡが、逃げるアリーナに追いつき、肩を掴んでベッドに放り投げたのだった。

 その衝撃でベッドが壊れアリーナは一瞬寝具で視界を奪われ、次の瞬間、ドンっとマーダーⅡがアリーナに馬乗りになった。

「こら! ちょっとあんた、何するつもり……」
 アリーナが言い終わらないうちに、マーダーⅡが専用装備に手をかけ、思い切り引きはがした。

「きゃっ!」スフィーラの身体が全裸になってしまい、アリーナはマーダーⅡを振りほどこうともがくが、身体の下にあるマットが滑ってしまい思う様に体勢を直ないまま、ものすごい力でマーダーⅡに押さえつけられている。

 そしてマーダーⅡが無理やりスフィーラの両膝を割って身体を入れて来て、セクサロイドのシンボルをスフィーラの股間にあてがおうとした。
「いやーーーーーっ!!!!!」アリーナが眼をつぶって絶叫した。

 …………
 あれ? 私……犯されてない? 
 アリーナが眼を開けると、すぐ目の前でマーダーⅡが停止している。
 どうやら処女も守られている様だが……何が起こったのかまったくわからず、アリーナは周りをキョロキョロと見まわした。

【警告。マーダーⅡの制御が通常の戦闘用AI人格に切り替わりました。
 回避を推奨】
「えっ?」

 モルツがそう言うや否や、マーダーⅡの拳が顔面めがけて飛んできた。
 それを慌てて両手で受け止めて、その反動を利用して、アリーナはスフィーラのボディーを横に飛ばした。

「通常に戻ったってどういう事よ? さっきの変態痴漢モードは何なのよ!!」

 ◇◇◇

 仮領主邸から三百mほど離れたところに停まったトラックの中で、二人の男がたっぷり冷や汗をかいていた。

「はは、ようやく無線LANがつながった。
 人格AI制御に戻りました」ザカールが言う。
「それでは、直ぐにマーダーⅡを回収しろ! 
 それにしてもなんだって女アンドロイドと戦闘になってるんだよ!?」
 ランダイスがわめく。
「多分、魔導教会が、この間回収した後、自分ら用に改造したんでしょうね。
 ああ、一度じっくり見せてくれないかな……」
「ふざけるな! この兵器オタクが!! 
 ああ……女王様が無事だったからよかった様なものの。
 もしも万一の事があったらと思ったら……生きた心地がせんわい!!」

「いやー。ですが本部長。Linkが切れていた間、マーダーⅡは本部長の意識レベルをトレースして動いてた様です。無線つながった時、マーダーⅡは女アンドロイドにさかってましたけど……本部長、マジで女王様襲うつもりだったんですか?」
「ふ、ふざけるな! そんな訳あるか!!」

(いやはや……まあ、このおっさんの事はどうでもいいとして、こりゃ思わぬ発見だ。アンドロイドAIに人の人格を絡めるってか! 
 なんか一気に可能性が広がるんじゃないか?)
 ザカールはそんな事を考えながら、マーダーⅡに撤退を指示した。

 ◇◇◇

 マーダーⅡは、スフィーラめがけて一撃した後、すぐに踵を返して外に離脱して行った。

「ははは……なんとか助かったわね。それにしてもほんとマジヤバだったわ。
 はじめての相手が機械だなんてシャレにならないよ」
【スフィーラも機械ですが】
「うるさい! 馬鹿!!」

 そしてその時、アリーナの頭の中にはなぜかJJの顔が浮かんだ。
(はは……JJか。ないない!)

 専用装備を着直したが破損がひどく、左の乳房が丸出しになってしまっていた。
 とりあえず、部屋にあったロングドレスを借りて上に羽織ったが……。
 これ女王のよね?

 外は大騒ぎになっている様で、警備の兵も通りに詰め掛けている様だ。
 どうしようか迷っていたら、トーマスが戻って来た。

「女王様には無事、飛行戦艦にお移り頂いた。そっちはどうだ?」
「逃がしちゃった。この前よりだいぶ強くなってたわ、あいつ」
「うむ、そうか。だが女王様を無事保護出来たのはお前のお陰だ。感謝する」
「あの……感謝はいいけど、なにか服見つけてきてくれない? 
 これって女王のだよね?」
「ああ、構わん。いただいておけ。後で話は通しておく。
 それでは、騒ぎに巻き込まれる前に退散するぞ」

 そしてアリーナはトーマスに連れられ、混乱の中を逃げ出した。

 ◇◇◇

「そうですか。それは怖い思いをなされましたな。しかし陛下、もう安心です。
 この飛行戦艦を攻め落とせるものなど、ここにはおりませんので」
 女王を心配するフリを装いつつも、自分の計画がうまくいった事で、リゾン公爵は腹の中の笑いを抑えるのに必死だった。

 よほど恐ろしい目にあったのか、あのヨーシュアがこれほどしょぼくれているのを見たのは初めてかも知れない。あの本部長は、せいぜい後で褒めてやろう。

「それでは陛下。もう街にはお戻りになられず、ご帰国までの間、この飛行戦艦を寝所になさいませ。まあ、ベッドは街のホテルの様には参りませんが、何より安全ですよ」
「はい、そう致します。ですが公爵、朝の礼拝だけは欠かせませんので、教会へ行く手配だけはお願いしますね。それと、私を助けてくれたもの達にお礼がしたいのですが、連れて来られますか?」

「陛下をお助けしたのはなんでも近くの教会に詰めていた僧兵だったと聞き及んでおります。魔導教会の者ですと、表立って王室と関わろうとはしないでしょう。
 私の方で、それとなく謝礼が出来る様に手配しておきます。
 それに朝の礼拝にも一個中隊で護衛をお付けしましょう」

 飛行戦艦の一室をあてがわれ、そこに落ち着いたヨーシュアであったが、今回の人間が関わった一連の出来事に納得出来ない事が多すぎて、自分でも混乱しているのが良く分かった。

 サルワニとパルミラを知っていた少年。
 自分を襲った少年と、助けてくれた少女。
 
 どれもちゃんとお話が出来なかったが、本当なら私は人間達とちゃんと会話をするためにここに来たのではなかったのか? 
 それなのに……自分では何も出来ていない。
 
 おじい様……これじゃダメですよね。
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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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