第59話 みんなの元へ……
文字数 3,443文字
エルフの女王ヨーシュアは、アリーナの話を最初はおとなしく聞いていたが、そのうち大粒の涙がポロポロと止めどなく流れ始めた。
アリーナが話を終えてから、ちょっと気の毒になって声をかける。
「あの、女王様。すぐにお信じいただけるとは思っていません。ですので是非、サルワニさんやパルミラさんからも話を聞いて、お考え頂ければ有難いです」
「……いえ……その……あなたのお話を疑っている訳ではないのですが……私は、今まで何をやって来たのか……見るべきものを見ず、周囲の者たちに言われるまま、女王としてただちやほやされていたのかと思うと……自分があまりにも情けなくて……悔しいのです」
「そうであれば、改めてお願い致します。
過去の事はいまさらなかった事には出来ないでしょう。
ですが、今後の私達人間の扱いに関しては是非ご一考いただきたいのです」
「分かりました。私は国に戻ってパルミラ達とちゃんと話をします。
その上であなた方人間達とのお付き合いの仕方を再考いたしたく思います」
ああ……これでメランタリもみんなも報われる……アリーナの感慨はひとしおだった。
「ですが女王様。今出て行っても、御身の無事が保証されません。
一度、御身を魔導教会にお預けいただけませんか?
具体的にどうするかは今後のお話になりますが、一度、ご隠居様にご相談したほうが良いと考えています」トーマスがそう言った。
「ご隠居様? 魔導教会の組織に関しては私もよくは知らされておらず……不勉強で本当に申し訳ありません」ヨーシュアがすまなそうに言う。
「いいえ。ご隠居様の存在は、教会内でも一部の幹部にしか知らされていません。
ですが……女王様なら、お会いになれば分かるかと存じます」
「そうなのですか?」
そしてトーマスは交番からどこかに連絡を取り、女王をじじい様の所へ連れて行く段取りをつけた。
「手配が出来ました。
夜明け前には教会の僧兵達がトラックでお迎えに上がります。
少々窮屈でご不自由をおかけしますがお許し下さい」
トーマスがヨーシュアにそう告げたが、横からアリーナが口をはさんだ。
「あの、トーマスさん。
私はレジスタンスのみんなの所へ行ってはだめでしょうか?」
「何を言っている。お前の所有権はすでに我が魔導教会にある。
好き勝手に動いてもらっては困る」トーマスが言下に却下する。
「私は、教会に貰われた覚えはありません! ですが……それでも構わないので、レジスタンスへの支援という事で行かせて下さい。あの戦艦相手にどれだけの事が出来るのかは分かりませんが、せっかく女王様がここまで言って下さったのです。
私は今、一人でも多くの仲間を助けたい!!」
アリーナは真剣な顔でトーマスを睨むが……やはりこの朴念仁はOKしないか。
そう考えていたら、ヨーシュアが言った。
「トーマス司教。私からもお願いします。
スフィーラさんを、レジスタンス支援の名目で派遣してあげて下さい。
それでスフィーラさん。目的を達したら必ず戻って来て下さいますよね?
私はもっといろいろ、貴方とお話がしたいのです」
「ああ、女王様……はい!」
「…………」
トーマスはしばらく考えていたが、やがて言った。
「わかった。スフィーラは魔導教会の僧兵として、レジスタンスの支援に向かえ。
ただし、必ずご隠居様の所へ帰ってくる事。
それが守れない場合、次に会った時点でお前を処分する」
「あれ、いいの? 私を処分したら、魔法の事が判らなくならない?」
アリーナは何気なくそう言ったが、トーマスがあわてて言葉をかぶせて来た。
「馬鹿者!! 今その話をしてはいかん!!」
(女王様の前で、魔法の話はまだするな!)
トーマスは人間の言葉で、小声でアリーナに説明した。
あっ、そうなんだ。でも、これって何かあいつらの弱み握った?
アリーナはちょっとほくそ笑んだ。
「それじゃ、私はレジスタンスの仲間と合流します。
彼らの動向などは分かりますか?」
「ああ、先日来たダルトンには、南のターレス戦略基地跡に集合する様指示したので、今頃向かっている事だろう」コスタイム司教がそう言って場所を教えてくれた。
「ああ、あそこにレジスタンスを引き込んだのか?
という事はご隠居様も、ついに軍との対決姿勢を打ち出されるのだな。
今回の女王様の事もあるし……潮時か」
コスタイムの話を聞いてトーマスが一人納得した様に声を発し、続けてアリーナに言った。
「となるとやはりお前を失う訳にはいかん。いや、いまさら行くなとは言わんが、絶対に無事帰還してくれ。それが命令だ!」
「はい……承知しました」
◇◇◇
アリーナ達が交番にたどり着く前の事。
モンデルマ近郊の進駐軍陣地に、マーダーⅡを回収したランダイスとザカールが戻って来た翌日。そこへ上から連絡が入り、上々の首尾だったとえらく褒められた。
それで気を良くして飛行戦艦の出陣式に参加し出発を見送って、これで当面一安心と思っていたら、その二日後また上からの指示が来た。
「本部長。今度は何と?」ザカールが問う。
「いや……聖ドミナント教会を重武装で包囲しろと‥‥‥女王様が御戯 れでかくれんぼをなさっている様だが、万一に備えて絶対外に出られない様見張れと……」
「はあ? 何ですかそれ……でも、もうマーダーⅡは使わないですよね?」
「ああ、包囲だけだ。まったく、一体何だってんだ。
もう女王様に振り回されるのは勘弁してくれ!」
しかし、そうして包囲だけしていたつもりなのに、夜半にいきなり教会に火の手があがった。そして周りを重武装で囲っていた事も一因なのだが、消火活動が遅れ、朝までに聖ドミナント教会は全焼した。
もちろんランダイスは気が狂わんばかりに動揺している。
おい! 女王様はご無事なんだよな……万が一の事があってみろ。
私は銃殺刑ではすまんぞ……
思い余ってランダイスは、上にこちらから連絡を取った。
すると上は、凍った様な声で、女王の安否だけ確認しろとランダイスに言った。
しかし、待てど暮らせど、女王の消息は報告されない……。
そしてその日の夕方。ランダイスは、聖ドミナント教会失火の重要参考人として、軍に連行される事になった。
◇◇◇
「それじゃ、お巡りさん。昨夜のここでの事は他言無用よ。
いつになるかは分からないけど、せいぜい報償期待していいかもね」
アリーナはコタロウ巡査にそう声をかけ、ヨーシュアやトーマス達と共に、夜明け前に第三区画の裏口からモンデルマの街の外に出た。
トーマスの用意した僧兵部隊がすでに待機していたので僧兵の衣装を一つ貸してもらい、途中まで、いっしょにトラックに乗せてもらった。トラックは半日ほど南下し、やがて、じじい様の教会とターレス戦略要塞に分かれる十字路に差し掛かった。
アリーナはここで一行と別れ、一人南を目指すのだ。
「最新の情報だと、飛行戦艦は北方山脈のアルマンのアジトを今日の午前中に爆撃した様だ。うまく逃げられているといいがな」
トーマスがそう言って教えてくれた。
「南の戦略要塞は大丈夫でしょうか?」アリーナが不安そうに尋ねる。
「今の所は魔導教会の管理施設だからな。だがレジスタンスが入ったとなると、楽観視は出来ないだろう。早く行ってやるといい。車を貸してやれないのが申し訳ないが……」
はは、トーマスでもこんなすまなそうな顔をするんだ。
「スフィーラさん。くれぐれもご無理はさらないでね。
ご武運をお祈り申し上げます」
女王もそう言ってアリーナを見送ってくれた。
膝が本調子ではないため、負荷計算をしながら極力早く進める様、スフィーラはオートモードで移動する。
「どのくらいで着けそう?」
【計算ではあと六十時間程かと】
「それまでに戦略要塞が飛行戦艦にやられちゃったりしないよね?」
【レジスタンス達もまだ到着したかしないかでしょう。それに気が付いて飛行戦艦が向かうにしても、現在予想位置から二日以上はかかるはずです」
「もっと急いでもぎりぎりか……でもそうよね。あれ、初めて見たけどヘリよりもゆっくり飛ぶわよね。よくあんなんで宙に浮いていられるものだわ」
【その仕組みについては旧王国軍も研究していました。本機にあるデータだと、なんらかの反重力機構があって、それであの巨体を浮かせるのですが、運動エネルギーの計算が膨大なため、ああいう単純な外郭構造になったとされています】
「ああダメよ、そんな話。私、物理とか赤点スレスレだったの」
アリーナが話を終えてから、ちょっと気の毒になって声をかける。
「あの、女王様。すぐにお信じいただけるとは思っていません。ですので是非、サルワニさんやパルミラさんからも話を聞いて、お考え頂ければ有難いです」
「……いえ……その……あなたのお話を疑っている訳ではないのですが……私は、今まで何をやって来たのか……見るべきものを見ず、周囲の者たちに言われるまま、女王としてただちやほやされていたのかと思うと……自分があまりにも情けなくて……悔しいのです」
「そうであれば、改めてお願い致します。
過去の事はいまさらなかった事には出来ないでしょう。
ですが、今後の私達人間の扱いに関しては是非ご一考いただきたいのです」
「分かりました。私は国に戻ってパルミラ達とちゃんと話をします。
その上であなた方人間達とのお付き合いの仕方を再考いたしたく思います」
ああ……これでメランタリもみんなも報われる……アリーナの感慨はひとしおだった。
「ですが女王様。今出て行っても、御身の無事が保証されません。
一度、御身を魔導教会にお預けいただけませんか?
具体的にどうするかは今後のお話になりますが、一度、ご隠居様にご相談したほうが良いと考えています」トーマスがそう言った。
「ご隠居様? 魔導教会の組織に関しては私もよくは知らされておらず……不勉強で本当に申し訳ありません」ヨーシュアがすまなそうに言う。
「いいえ。ご隠居様の存在は、教会内でも一部の幹部にしか知らされていません。
ですが……女王様なら、お会いになれば分かるかと存じます」
「そうなのですか?」
そしてトーマスは交番からどこかに連絡を取り、女王をじじい様の所へ連れて行く段取りをつけた。
「手配が出来ました。
夜明け前には教会の僧兵達がトラックでお迎えに上がります。
少々窮屈でご不自由をおかけしますがお許し下さい」
トーマスがヨーシュアにそう告げたが、横からアリーナが口をはさんだ。
「あの、トーマスさん。
私はレジスタンスのみんなの所へ行ってはだめでしょうか?」
「何を言っている。お前の所有権はすでに我が魔導教会にある。
好き勝手に動いてもらっては困る」トーマスが言下に却下する。
「私は、教会に貰われた覚えはありません! ですが……それでも構わないので、レジスタンスへの支援という事で行かせて下さい。あの戦艦相手にどれだけの事が出来るのかは分かりませんが、せっかく女王様がここまで言って下さったのです。
私は今、一人でも多くの仲間を助けたい!!」
アリーナは真剣な顔でトーマスを睨むが……やはりこの朴念仁はOKしないか。
そう考えていたら、ヨーシュアが言った。
「トーマス司教。私からもお願いします。
スフィーラさんを、レジスタンス支援の名目で派遣してあげて下さい。
それでスフィーラさん。目的を達したら必ず戻って来て下さいますよね?
私はもっといろいろ、貴方とお話がしたいのです」
「ああ、女王様……はい!」
「…………」
トーマスはしばらく考えていたが、やがて言った。
「わかった。スフィーラは魔導教会の僧兵として、レジスタンスの支援に向かえ。
ただし、必ずご隠居様の所へ帰ってくる事。
それが守れない場合、次に会った時点でお前を処分する」
「あれ、いいの? 私を処分したら、魔法の事が判らなくならない?」
アリーナは何気なくそう言ったが、トーマスがあわてて言葉をかぶせて来た。
「馬鹿者!! 今その話をしてはいかん!!」
(女王様の前で、魔法の話はまだするな!)
トーマスは人間の言葉で、小声でアリーナに説明した。
あっ、そうなんだ。でも、これって何かあいつらの弱み握った?
アリーナはちょっとほくそ笑んだ。
「それじゃ、私はレジスタンスの仲間と合流します。
彼らの動向などは分かりますか?」
「ああ、先日来たダルトンには、南のターレス戦略基地跡に集合する様指示したので、今頃向かっている事だろう」コスタイム司教がそう言って場所を教えてくれた。
「ああ、あそこにレジスタンスを引き込んだのか?
という事はご隠居様も、ついに軍との対決姿勢を打ち出されるのだな。
今回の女王様の事もあるし……潮時か」
コスタイムの話を聞いてトーマスが一人納得した様に声を発し、続けてアリーナに言った。
「となるとやはりお前を失う訳にはいかん。いや、いまさら行くなとは言わんが、絶対に無事帰還してくれ。それが命令だ!」
「はい……承知しました」
◇◇◇
アリーナ達が交番にたどり着く前の事。
モンデルマ近郊の進駐軍陣地に、マーダーⅡを回収したランダイスとザカールが戻って来た翌日。そこへ上から連絡が入り、上々の首尾だったとえらく褒められた。
それで気を良くして飛行戦艦の出陣式に参加し出発を見送って、これで当面一安心と思っていたら、その二日後また上からの指示が来た。
「本部長。今度は何と?」ザカールが問う。
「いや……聖ドミナント教会を重武装で包囲しろと‥‥‥女王様が
「はあ? 何ですかそれ……でも、もうマーダーⅡは使わないですよね?」
「ああ、包囲だけだ。まったく、一体何だってんだ。
もう女王様に振り回されるのは勘弁してくれ!」
しかし、そうして包囲だけしていたつもりなのに、夜半にいきなり教会に火の手があがった。そして周りを重武装で囲っていた事も一因なのだが、消火活動が遅れ、朝までに聖ドミナント教会は全焼した。
もちろんランダイスは気が狂わんばかりに動揺している。
おい! 女王様はご無事なんだよな……万が一の事があってみろ。
私は銃殺刑ではすまんぞ……
思い余ってランダイスは、上にこちらから連絡を取った。
すると上は、凍った様な声で、女王の安否だけ確認しろとランダイスに言った。
しかし、待てど暮らせど、女王の消息は報告されない……。
そしてその日の夕方。ランダイスは、聖ドミナント教会失火の重要参考人として、軍に連行される事になった。
◇◇◇
「それじゃ、お巡りさん。昨夜のここでの事は他言無用よ。
いつになるかは分からないけど、せいぜい報償期待していいかもね」
アリーナはコタロウ巡査にそう声をかけ、ヨーシュアやトーマス達と共に、夜明け前に第三区画の裏口からモンデルマの街の外に出た。
トーマスの用意した僧兵部隊がすでに待機していたので僧兵の衣装を一つ貸してもらい、途中まで、いっしょにトラックに乗せてもらった。トラックは半日ほど南下し、やがて、じじい様の教会とターレス戦略要塞に分かれる十字路に差し掛かった。
アリーナはここで一行と別れ、一人南を目指すのだ。
「最新の情報だと、飛行戦艦は北方山脈のアルマンのアジトを今日の午前中に爆撃した様だ。うまく逃げられているといいがな」
トーマスがそう言って教えてくれた。
「南の戦略要塞は大丈夫でしょうか?」アリーナが不安そうに尋ねる。
「今の所は魔導教会の管理施設だからな。だがレジスタンスが入ったとなると、楽観視は出来ないだろう。早く行ってやるといい。車を貸してやれないのが申し訳ないが……」
はは、トーマスでもこんなすまなそうな顔をするんだ。
「スフィーラさん。くれぐれもご無理はさらないでね。
ご武運をお祈り申し上げます」
女王もそう言ってアリーナを見送ってくれた。
膝が本調子ではないため、負荷計算をしながら極力早く進める様、スフィーラはオートモードで移動する。
「どのくらいで着けそう?」
【計算ではあと六十時間程かと】
「それまでに戦略要塞が飛行戦艦にやられちゃったりしないよね?」
【レジスタンス達もまだ到着したかしないかでしょう。それに気が付いて飛行戦艦が向かうにしても、現在予想位置から二日以上はかかるはずです」
「もっと急いでもぎりぎりか……でもそうよね。あれ、初めて見たけどヘリよりもゆっくり飛ぶわよね。よくあんなんで宙に浮いていられるものだわ」
【その仕組みについては旧王国軍も研究していました。本機にあるデータだと、なんらかの反重力機構があって、それであの巨体を浮かせるのですが、運動エネルギーの計算が膨大なため、ああいう単純な外郭構造になったとされています】
「ああダメよ、そんな話。私、物理とか赤点スレスレだったの」