第65話 頼れそうな味方?
文字数 3,024文字
飛行戦艦が落ちてから三ヵ月が経過した。
すでにその飛行戦艦は修理され、エルフ本国に戻って来ている。
旧王都近郊のゲートも復活したので、北の大ゲートはまた一旦停止された。
これでエルフの森の計画停電もしばらくはなくなるだろう。
あれからリゾン公爵は、近隣諸国との調整外交で忙しい様で、滅多に王宮に顔を出さない。
まあそれは言い訳で、ただ女王に会いたくないだけなのかも知れないが……。
しかし顔を合わせないのは、女王ヨーシュアにとって好都合でもある。
自分はどちらかというと隠し事が顔に出てしまう質なので、あまり顔色を探られたくはないのだ。
お師匠様に味方を増やせと言われたが、今、パルミラに接触するのは、ヘタにリソン公爵を刺激するだけだろう。他に誰かうってつけの者は……しかしここへ来て自分がいかに努力せず生きていたかを痛感する。積極的に人と交わる事をしてこなかったせいで相談できる者が浮かんでこない。パルミラだって、たまたま彼女がそばに仕えていて友達になったにすぎないのだ。
「これじゃまったくダメね。でも焦らずに進みましょう」
そう考えたヨーシュアはしばし熟考の末、しばらく催していなかった貴族や国の高官達の家族までを招待した園遊会を企画する事を思いついた。
予算の承認がいるのでリゾン公爵に相談したら、陛下は政務よりもこうした催事にご尽力頂くのが助かると暗に諭され、喜んで準備をしてくれた。
そして二週間後、その園遊会が王宮前の広場で催された。
周辺諸国との緊張も高まっており人間達の移民計画の具体化もヤマ場との事情で、リゾン公爵やその周辺の政務担当者は参加していなかったが、リゾン公爵の奥方であるエメラルド夫人が主催者でヨーシュアが主賓となっている。
そして今回の出席者で、あまりリゾンとのつながりがなさそうな人物は、ヨーシュア自身が密かにリストアップしてあり、その人となりを観察するつもりなのだ。
エメラルド夫人と会話するのも久しぶりだが、まあこの方が夫を差し置いて味方してくれるとは思っていない。だが二人で前に座っているところへ、出席している人達が順に挨拶をしに来る際、エメラルド夫人に対する接し方でもその客とリゾン公爵のつながりが察せられてなかなか面白い。
しばらくして宴もたけなわになった頃、一人のエルフ少女が会場に入ってきて、ヨーシュアの座っているテーブルのところへ歩み寄って来た。
「お母様。遅くなって大変申し訳ございませんでした」
少女はそう言ってエメラルド夫人に詫びている。
「まったくあなたときたら……今日の予定は伝えてあったはずですよ!
ああ陛下。大変申し訳ございません。これは私の娘のミーシャと申します」
えっ? エメラルド夫人の娘さんという事は、リゾン公爵の娘さん?
そう言えば遥か昔に、お生まれになったという話を聞いた気もするがすっかり失念していた。
「ああ。ミーシャさん? 多分初めましてですよね?」ヨーシュアが済まなそうにそう言ったが、ミーシャは顔を真っ赤にしてだんまりを決めこんでいる。
「これミーシャ! 陛下がお言葉を下さったのですよ!!
言う事があるでしょ!!」
「あ……女王様。遅れて大変申し訳ありませんでした。
午前中どうしても外せない剣術の試合がございまして……」
ミーシャが悪びれずにそう言った。
「ミーシャ!! 陛下に言い訳とは何という無礼な……」
「まあまあ、エメラル度夫人。せっかくの宴席です。大目に見てあげましょう」
怒りまくっているエメラルド夫人をヨーシュアがいなしながら、ミーシャにそばに座る様促した。
「ああ陛下。本当に申し訳ございません。甘やかして育ててしまい、親のいう事は全く聞かず、女だてらに剣術などにうつつを抜かして……」
「良いではありませんか。頼もしい限りですよ。私の近衛もみんな女性です」
ヨーシュアがそう言うと、ミーシャが眼をキラキラさせて話しかけてきた。
「あの女王様! 私も近衛に入ったりは出来ませんか?
うちのオヤジは、もう年頃なんだからさっさと嫁に行けとか、お前なんか父の手助けがなければ自立出来ないとか、もうさんざんな言い様で……でも私は、剣の道で自立出来る事を父に見せつけたいんです」
「これ、ミーシャ!!」余りに怒って血圧でも上がったのかエメラルド夫人は眩暈がし出した様で、少し顔を洗ってくると言って席を立った。
「ミーシャさんは、まだ学生さん?」
「はい。でももう卒業単位は揃っているんです。ですが学校出ちゃうと、女だと剣術の公式戦がなくて……それで、わざと留年したりしています」
「ははは、面白い方。それじゃお父様もお怒りになりますよね」
「いいんです。あんなクソオヤジ。
国でどんだけ偉いんだか知りませんが、家族は顧みないし、利益と理屈ばかりに長けていて情に薄く、人としては最低だと思っていますから。
それで女王様。さっきの近衛のお話ですが、女王様からオヤジに口添えしていただけませんか?」
「いやいや。さすがにそれはお許しにならないでしょう。
でもなんで近衛がいいの?」
「先ほど申しました通り剣術が好きなので、近衛であれば優れた方たちと毎日訓練出来ますよね。それに私……パルミラ先輩が目標だったんです!」
「まあ! ですがパルミラは今療養中で……」
「存じ上げております。ですが復帰されればまた稽古をつけていただけると思うんです」
ああ。この娘は尊敬する先輩が自分の父親に嵌 められたかもしれない事は知らないだろう。でもこれは……もしかしてこれなら強力な味方になってくれるのではないか。ヨーシュアはそう考えた。
もちろん学生に毛が生えたくらいの地位と身分で、そんなに大仰な事は出来ないだろう。だがリゾン公爵の娘だ。仮に不穏な動きを察知されて手を打たれるにしても、実の娘にそんなに非情な事はしないだろう。そう言う意味で彼女の身の安全は保障されている。むしろ宮使えの他の者よりよほどフットワークは軽そうだ。
「分かりました。近衛の件は私からリゾン公にお話してみましょう。
あなたの様な若くて元気な方がそばにいると私も楽しいわ」
「ほ……本当ですか!? 私、女王様に絶対の忠誠をお誓い申し上げます!!」
そうしていたら、奥で休憩していたエメラルド夫人が戻って来た。
「それじゃ、このお話は当面内緒よ」
ヨーシュアはそう言ってミーシャから離れた。
◇◇◇
「閣下。如何なされましたか?」
浮かない顔をしているリゾン公爵にワイオールが声をかけた。
「いや……うちのバカ娘が、この間の園遊会で、陛下に近衛への採用を直談判したのだ。それで先ほど陛下から是非にもと……」
「ははあ。閣下はお嬢様を溺愛ですからね。それでどうされるおつもりで?」
「女王様からのお声掛かりだ。栄誉には違いない。それに王宮勤めとなれば、今までの様に親に刃向かって好き勝手も出来んだろう。しかしだな……」
「でも閣下。それはそれで考え様ではないですか?
身内を間者として女王様のそばに置いておけるのですから」
「……成程。そう言う考え方もあるか。
しかし、あいつがそう素直に私の言う事を聞くだろうか?」
「いやいや。どこのうちでも、娘はみんな父親を嫌っている様で、内心は父親が大好きなものですよ!
服やバッグでも買ってあげてご機嫌取りをなされば多分大丈夫です」
「そうかな……」
こうして、リゾン公爵の娘、ミーシャの近衛勤務が確定した。
すでにその飛行戦艦は修理され、エルフ本国に戻って来ている。
旧王都近郊のゲートも復活したので、北の大ゲートはまた一旦停止された。
これでエルフの森の計画停電もしばらくはなくなるだろう。
あれからリゾン公爵は、近隣諸国との調整外交で忙しい様で、滅多に王宮に顔を出さない。
まあそれは言い訳で、ただ女王に会いたくないだけなのかも知れないが……。
しかし顔を合わせないのは、女王ヨーシュアにとって好都合でもある。
自分はどちらかというと隠し事が顔に出てしまう質なので、あまり顔色を探られたくはないのだ。
お師匠様に味方を増やせと言われたが、今、パルミラに接触するのは、ヘタにリソン公爵を刺激するだけだろう。他に誰かうってつけの者は……しかしここへ来て自分がいかに努力せず生きていたかを痛感する。積極的に人と交わる事をしてこなかったせいで相談できる者が浮かんでこない。パルミラだって、たまたま彼女がそばに仕えていて友達になったにすぎないのだ。
「これじゃまったくダメね。でも焦らずに進みましょう」
そう考えたヨーシュアはしばし熟考の末、しばらく催していなかった貴族や国の高官達の家族までを招待した園遊会を企画する事を思いついた。
予算の承認がいるのでリゾン公爵に相談したら、陛下は政務よりもこうした催事にご尽力頂くのが助かると暗に諭され、喜んで準備をしてくれた。
そして二週間後、その園遊会が王宮前の広場で催された。
周辺諸国との緊張も高まっており人間達の移民計画の具体化もヤマ場との事情で、リゾン公爵やその周辺の政務担当者は参加していなかったが、リゾン公爵の奥方であるエメラルド夫人が主催者でヨーシュアが主賓となっている。
そして今回の出席者で、あまりリゾンとのつながりがなさそうな人物は、ヨーシュア自身が密かにリストアップしてあり、その人となりを観察するつもりなのだ。
エメラルド夫人と会話するのも久しぶりだが、まあこの方が夫を差し置いて味方してくれるとは思っていない。だが二人で前に座っているところへ、出席している人達が順に挨拶をしに来る際、エメラルド夫人に対する接し方でもその客とリゾン公爵のつながりが察せられてなかなか面白い。
しばらくして宴もたけなわになった頃、一人のエルフ少女が会場に入ってきて、ヨーシュアの座っているテーブルのところへ歩み寄って来た。
「お母様。遅くなって大変申し訳ございませんでした」
少女はそう言ってエメラルド夫人に詫びている。
「まったくあなたときたら……今日の予定は伝えてあったはずですよ!
ああ陛下。大変申し訳ございません。これは私の娘のミーシャと申します」
えっ? エメラルド夫人の娘さんという事は、リゾン公爵の娘さん?
そう言えば遥か昔に、お生まれになったという話を聞いた気もするがすっかり失念していた。
「ああ。ミーシャさん? 多分初めましてですよね?」ヨーシュアが済まなそうにそう言ったが、ミーシャは顔を真っ赤にしてだんまりを決めこんでいる。
「これミーシャ! 陛下がお言葉を下さったのですよ!!
言う事があるでしょ!!」
「あ……女王様。遅れて大変申し訳ありませんでした。
午前中どうしても外せない剣術の試合がございまして……」
ミーシャが悪びれずにそう言った。
「ミーシャ!! 陛下に言い訳とは何という無礼な……」
「まあまあ、エメラル度夫人。せっかくの宴席です。大目に見てあげましょう」
怒りまくっているエメラルド夫人をヨーシュアがいなしながら、ミーシャにそばに座る様促した。
「ああ陛下。本当に申し訳ございません。甘やかして育ててしまい、親のいう事は全く聞かず、女だてらに剣術などにうつつを抜かして……」
「良いではありませんか。頼もしい限りですよ。私の近衛もみんな女性です」
ヨーシュアがそう言うと、ミーシャが眼をキラキラさせて話しかけてきた。
「あの女王様! 私も近衛に入ったりは出来ませんか?
うちのオヤジは、もう年頃なんだからさっさと嫁に行けとか、お前なんか父の手助けがなければ自立出来ないとか、もうさんざんな言い様で……でも私は、剣の道で自立出来る事を父に見せつけたいんです」
「これ、ミーシャ!!」余りに怒って血圧でも上がったのかエメラルド夫人は眩暈がし出した様で、少し顔を洗ってくると言って席を立った。
「ミーシャさんは、まだ学生さん?」
「はい。でももう卒業単位は揃っているんです。ですが学校出ちゃうと、女だと剣術の公式戦がなくて……それで、わざと留年したりしています」
「ははは、面白い方。それじゃお父様もお怒りになりますよね」
「いいんです。あんなクソオヤジ。
国でどんだけ偉いんだか知りませんが、家族は顧みないし、利益と理屈ばかりに長けていて情に薄く、人としては最低だと思っていますから。
それで女王様。さっきの近衛のお話ですが、女王様からオヤジに口添えしていただけませんか?」
「いやいや。さすがにそれはお許しにならないでしょう。
でもなんで近衛がいいの?」
「先ほど申しました通り剣術が好きなので、近衛であれば優れた方たちと毎日訓練出来ますよね。それに私……パルミラ先輩が目標だったんです!」
「まあ! ですがパルミラは今療養中で……」
「存じ上げております。ですが復帰されればまた稽古をつけていただけると思うんです」
ああ。この娘は尊敬する先輩が自分の父親に
もちろん学生に毛が生えたくらいの地位と身分で、そんなに大仰な事は出来ないだろう。だがリゾン公爵の娘だ。仮に不穏な動きを察知されて手を打たれるにしても、実の娘にそんなに非情な事はしないだろう。そう言う意味で彼女の身の安全は保障されている。むしろ宮使えの他の者よりよほどフットワークは軽そうだ。
「分かりました。近衛の件は私からリゾン公にお話してみましょう。
あなたの様な若くて元気な方がそばにいると私も楽しいわ」
「ほ……本当ですか!? 私、女王様に絶対の忠誠をお誓い申し上げます!!」
そうしていたら、奥で休憩していたエメラルド夫人が戻って来た。
「それじゃ、このお話は当面内緒よ」
ヨーシュアはそう言ってミーシャから離れた。
◇◇◇
「閣下。如何なされましたか?」
浮かない顔をしているリゾン公爵にワイオールが声をかけた。
「いや……うちのバカ娘が、この間の園遊会で、陛下に近衛への採用を直談判したのだ。それで先ほど陛下から是非にもと……」
「ははあ。閣下はお嬢様を溺愛ですからね。それでどうされるおつもりで?」
「女王様からのお声掛かりだ。栄誉には違いない。それに王宮勤めとなれば、今までの様に親に刃向かって好き勝手も出来んだろう。しかしだな……」
「でも閣下。それはそれで考え様ではないですか?
身内を間者として女王様のそばに置いておけるのですから」
「……成程。そう言う考え方もあるか。
しかし、あいつがそう素直に私の言う事を聞くだろうか?」
「いやいや。どこのうちでも、娘はみんな父親を嫌っている様で、内心は父親が大好きなものですよ!
服やバッグでも買ってあげてご機嫌取りをなされば多分大丈夫です」
「そうかな……」
こうして、リゾン公爵の娘、ミーシャの近衛勤務が確定した。