第66話 容量

文字数 3,320文字

 レジスタンスがターレス戦略要塞に集結してから三ヵ月が経過した。
 魔導教会が仲介してくれている事もあり、今の所エルフ軍側に表だった動きは見られていない。当初寄せ集めだったレジスタンス達も、着々と組織を再編成して来るべき対決の準備を進めていた。

 そんな中でアルマンの葬儀も行われ、彼は英雄として祭られる事が決まった。

「そんなのより、生きてた方が百万倍マシだぜ……」
 そう思うダルトンだったが、アルマン直系の部下という事もあってレジスタンス新組織の幹部として迎えられ、JJはその下で人間の小隊を一つ任された。

 小隊メンバーは、タルサや以前から見知ったメンバー数名なのでそんなに緊張はしないが、人の上に立って指示命令すると言うのはまだちょっと慣れない。
 そうしたやり方を学ぶべく、獣人小隊のタスカムとよく話をする様にはなった。

 タルサはもうすっかりJJの嫁さん気取りで、上からいろいろ言ってくる。
 あの時……アルマンを失い悲しみに暮れていたタルサを元気づける意味もあったのだが、ちょっと雰囲気に流されて彼女と契ってしまった……。
 別にその事を後悔はしていないが、スフィーラという言葉を聞く度に胸が痛くなる。スフィーラは魔導教会の直轄という事でどの小隊にも属せず、いつもメンテスタッフ達と共に要塞内のラボと魔導教会本部を頻繁に行き来している為、滅多に会えなくなった。

 タルサが言うには、スフィーラが遠慮してJJをタルサに託したという事なのだが……JJとしては、このままスフィーラと離れてしまうのもなんか違うと引っかかっていた。

 そんなある日。魔導教会の使者からレジスタンスの幹部達に連絡が入った。

「移民ですか?」
 レジスタンスの幹部が、使者の僧兵に尋ねた。

「そうだ。エルフ国からレジスタンス諸君にエルフ国への移民の要請が来ている。
 とは言ってもこれは……傭兵と言った方が近いかも知れない。
 報酬は支払われるとの事だ」
「あっちで戦争でもやるんですか?」
「いや、直ぐに戦が始まるという事ではない。だが、エルフ国も兵士不足でね。
 周辺諸国との緊張が高まっていて、予めそれに備えたいという事らしい。
 その代表取次機関として君たちが機能してくれるのなら、この要塞の自治を認めてもいいとまで言って来ている」
「分かりました。少し検討する時間を下さい」

 それに対して、別の場所でレジスタンスの幹部達が話合いを始める。

「なんか体よく俺達を手なずけ丸め込んで、結局自分達の手足として使おうとしていませんか?」
「だがいきなり奴隷として強制連行という訳じゃなかったのは進歩だな。
 まあ、行って見たら結局奴隷扱いかもしれんが……」
「ですが、ここの自治を認められるのは大きいですよ。
 そうなれば、各地のエルフ領主達にもにらみが効きます」
「いや、それどれだけ効果があるのか……」

 喧々諤々(けんけんがくがく)の討議の末、一定期間、試験的に人を出してみようという事になり、期間や規模、向こうでの作戦内容など、事務レベルでの打ち合わせを開始する事となった。

 ◇◇◇

「へー。人間が傭兵としてエルフ国へ派遣されるというのですか。
 いいんだか悪いんだかよくわかりませんが……」
 アリーナは西の森の教会でじじい様とお茶を飲みながらそんな会話をしていた。

「いや。エルフはもともと寿命が長い事もあって、そんなに繁殖力は高くないんじゃ。それで、先の大戦で若いエルフが減ってしまっていて、周辺との緊張が高まっても兵を増強するのもすぐにはままならん。獣人達だけでは足らんのだろう」
「ふーん。なんでそんなに戦争ばっかりしたがるのかしら」
「なので、周辺がエルフと戦争したいという気にさせんためにも、圧倒的な魔法力が待ち望まれておるんじゃよ」

 魔導教会が一般人の人格データのコピーの一部を格納した試験AI装置を複数用意し、アリーナの指導のもと、それらに魔法の教育が施され、まだまだ単純で実用にはならないレベルではあったが、ちょっとずつ成果が現れて来ていた。
 やはりもともと魔法が使える人の人格データを使用した方がいいのではないかと言う意見もあったが、そうした人格データ自体がそもそも存在しない。

 そこへトーマスが入って来てアリーナに言った。
「アリーナ姫。頼まれていた膝用の合金パーツ出来て来たぞ!」
「うわー。ありがとトーマス。それじゃメトラックに渡しておいて!」

 人格の正体をバラしてから、ここではスフィーラではなくアリーナ姫と呼ばれている。魔法の先生という尊敬の意味も込めているのだとじじい様は言っていた。

「それでアリーナ姫。君のリアクターの件なのだが……これは、スタッフにも入ってもらった方がいいかな」
 トーマスがそう言って、別の部屋にいたメリッサとメトラックも呼ばれた。

「軍務省から、先日の問い合わせに関しての回答が来たので伝える。
 交換用リアクターの在庫、あり。
 交換作業用設備、あり
 …………」

「やった! 何とかなりそう!」メリッサが喜びの声をあげた。
 トーマスが続ける。

「新規インストール用人格データ、なし。現在開発調整中。
 人格バックアップ設備、なし。本体のフラッシュメモリの容量内で実施する事。
 以上だ」

「はあ。よく分からないけど、これで何とかなるのかな?」
 アリーナがそう言ったが、いきなりメトラックが立ち上がって叫んだ。

「ダメだよこれじゃ!!」
「えっ? どうしたの?」アリーナが不思議そうな顔をした。

 メリッサが小刻みに震えながら説明を始めた。
「アリーナ姫。これだと、あなたの人格が保持出来ない……」
「やはりそうか……フラッシュメモリだけではだめか」トーマスもそう言った。

「はい。アリーナの人格データはもうバックアップがありません。
 スフィーラにインストールされた後からの差分ならフラッシュメモリにとっておけるでしょうが、人格そのものとなると……容量が全く足りません」
 メトラックが悲しげに声を振り絞った。

 ああ、そういう事か! アリーナもようやく状況を理解した。
 自分の人格データは、クラナーレン陸軍ラボの特権メモリバンクに格納されていたが、そこはエルフ軍に攻撃されてしまってもう無い。
 リアクターの交換時、一度すべての電源をシャットダウンしなければならないが、その時今のスフィーラのブレインユニットもリセットされる。
 その時点でアリーナの人格データが失われるのだ。

「あ、あの……たとえばさ。こう電池を別でつないでおいて、リアクターが止まっても記憶だけ飛ばない様にとか……だめかな?」
 アリーナが多少動揺しながらメリッサに尋ねた。

「そういう設計にはなっていないのよ。やろうとしたらラボを丸ごと設計する必要があるわ。そんなの今からじゃ絶対間に合わない。元々AI兵士は、リアクター更新時に人格AIが飛んでしまっても再インストールする前提だから、差分だけフラッシュメモリに退避すればいい設計なの。だから容量も全然足りないし、大元のバックアップを取るにしても、それこそラボを作らないと……」
 メリッサが泣きながら説明した。

「あーそうだ。あの、他のアンドロイドの脳を借りるとかは?」
 アリーナが食い下がる。
【それもそもそも無理です。S-F10RA-996は最新機体であり、全記憶容量がシリーズ中最大です。しかもそのデータ移し替えにも、やはり専用設備が必要です】モルツがそう答えた。

 一同が沈痛な面持ちで黙り込んでしまったが、じじい様が口を開いた。
「まあ、まだ完全に絶望という訳でもなかろう。
 考え抜いてやれる事をやろうじゃないか」

「そんな! じいさん、さんざんアリーナを利用しておいてそんな言い草ないだろ! 
 魔導教会で必要な設備をなんとかして下さい!!」
 メトラックが激高して、じじい様に食ってかかった。
 こんなに激怒したメトラックを見たのは初めてだ。だが、自分の為に怒ってくれているのかと思うと、ちょっとうれしい。

 そう思いながらアリーナが言った。
「メトラック落ち着いて。私なら大丈夫よ。
 もしこれが寿命だというのなら、私は甘んじてそれを受け入れます。
 でも、じじい様のおっしゃる様に最後まであがいてみせるわ」

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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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