第63話 短期留学
文字数 3,620文字
アルマンが飛行戦艦を落とした時から二百七十年程遡った昔。
王室歴858年の春の事。
十歳になったばかりの王国の第一王女アリーナ姫は、父親のジョシュア・エルリード・フランネル王に呼び出された。
「アリーナ。ちょっと頼みたい事があるのだが……。
一人。他国のお姫様と友達になってくれないか?」
「はい? もちろん喜んで、お父様。それでどこのお姫様なのですか?」
「……くれぐれも他言無用でお願いしたいのだが、異世界のエルフの姫様だ。
先生といっしょにお忍びでいらしていて、魔法を習いたいと短期留学を希望されている。エルフでいらっしゃるので実際の年齢は定かではないが、お前より少し年上位にお見受けするので、魔法の得意なお前が教えて差し上げるのがよいと思うのだ」
そして、年老いたエルフと自分より少し年上に見えるやはりエルフの少女が王の間に通された。
「初めましてアリーナ姫。私はヨーシュアと申します。私はこのお師匠である大魔導士ウイルヘイズ様と一緒に三ヵ月間、貴方の下で魔法を学びたいの。
宜しくお願いしますね」
「はい……」
うわー、美しい方。すごく気品があって物腰も柔らかい……そう思っていたら、父である国王が言った。
「アリーナよ。ヨーシュア様に魔法を教える替わりと言ってはなんだが、お前は礼儀作法を教えてもらえ。今のままでは私は先が思いやられるのだよ」
「あー。お父様ひどい! 子供のうちは元気な方がいいとおっしゃったのはお父様です。どうぞご心配なく! 年頃になったらちゃんと致します!」
そして翌日から、アリーナとヨーシュアの交流が始まった。
しかし、アリーナがどんなに説明してもヨーシュアらエルフ達は魔法らしきものが一向に使えない。
「失礼ですけどウイルヘイズ先生。大魔導士と言う割に、本当に何もお出来にならないのですね」アリーナが子供ながらにずけずけと言う。
「ははは、これは手厳しい。そうですね。私が魔法を使えていたのは今から五百年位前までで……そんな訳で最後の大魔導士などと呼ばれております」
「それなら昔は使えていたのでしょう?
なぜ途中から使えなくなったのかしら?」
「そう……ですね。具体的には身体がマナの流れを操れなくなったのです。別に大気中にマナが無くなった訳ではなく、マナを使用する一部の魔導装置はそのまま使用出来ています。なのでマナの所為というより、私達エルフの身体がマナそのものを操れなくなったというのが正しいでしょう。
それが病気や体質の変化によるものかは今だ分からないのです。
それで、今だに人々が魔法が使えるこちらの国に来れば、なにかヒントやきっかけが掴めるかと思ったのですが……」
「そうですか。私達人間も、人によってマナの感じ方や操る能力は千差万別ですが。
私ももっと幼少の頃は落ち着きがないとよく言われていて、教育係のばあやから早朝の沐浴と精神統一を課されました。そうしたらマナの感じ方が整った様な気もしますが……ヨーシュア様達もやってみてはいかがでしょう?」
そして期限の三ヵ月をすぎ、ヨーシュアとウイルヘイズは魔法を習得する事なく帰国した。そしてそれから、朝の礼拝前に沐浴をするのがヨーシュアの日課になったのだ。
女王になって初めてもらった三ヵ月の休暇。
魔法の事は残念だったが、人間達と触れ合えた事はとても有意義だった。
そしてアリーナと山野を駆け回り、川で泳いだ事は一生の思い出となるだろう。
また行きたいな。
しかしその後、女王の立場が多忙すぎ、人間界に行く機会はついに来なかった。
国元では、そんなあてにならない魔法ではなく過去に研究されたマナを使用する魔導機関で十分ではないかという意見が大半を占め、科学技術と合わさって人々の暮らしを豊かにしていった。
だが、周辺の魔族の国との関係が怪しくなった。
すぐに戦争になったりする様子ではなかったが、どうやら気長にこちらに侵入するチャンスを待っている様に思えた。
彼らはエルフの魔法を恐れていたが、その脅威を感じなくなったのかもしれない。
エルフ国内は、魔法を復活させようとする派閥と、魔導装置と科学をさらに推進する派閥の大きく二つに分かれ、前者が魔導教会となった。
しばらくしてヨーシュアは今一度人間達に魔法の教えを乞うべく、リゾン公爵に人間の王国に使者を送る様要請した。しかし、その使者は人間達に攻撃され皆命を落とした。人間達の卑怯な奇襲が喧伝され、エルフ国は一丸となって人間の王国に戦線布告した。そしてその後は、周辺国との駆け引きや人間の王国との戦争をリゾン公爵が取り仕切った。
ヨーシュアも、リゾン公爵はちゃんとエルフの未来を考えており、別に私利私欲で動いている訳ではないのはよく分かっている。ただ目指している所とそこへ至る方法論が決定的に異なるのだ。
そしてリゾン公爵は、いよいよ私を邪魔ものにしだした様だ。
確かに彼のやり方でも、エルフ国の運営は成り立つのかも知れない。
だが……人間や獣人達をエルフの下において奴隷扱いするのは絶対間違っている。
その一点において、私はリゾン公爵と戦うのだ。
魔導教会の僧兵に護衛されながらエルフ王宮へ戻る途中、ヨーシュアはそんな事を考えていた。
◇◇◇
エルフ国王宮内広間。
「女王陛下。ご無事のお戻り、何より執着至極に存じます」
リゾン公爵が王の間で、王の座に座るヨーシュアにそう奏上した。
まさかヨーシュアが魔導教会の僧兵達に守られながら王宮入りするとは思っていなかっただろう。さぞや心の中では面白くないでしょうね。
ヨーシュアはそう思ったがお首にも出さずに言った。
「公も大変でしたね。まさか飛行戦艦が落とされるとは……ですが、私もあの時魔導教会の方々に教会から連れ出していて頂かなかったらどうなっていたかと思うと、今だに恐ろしい限りです」
「ですから勝手な行動はおつつしみ下さいと口を酸っぱくして申し上げました!
でも本当によろしゅうございました。飛行戦艦も現在魔導教会で修理中ですし、まだ三隻備えがございます。体制を整え直して必ずや奢 った人間共を討ち果たします」
「ええ。でも討ち果たすのではなく、こちらに移民していただくのでしょう?
せっかくああして魔導教会の管理下に人間達が集まったのですから、穏便に移民していただき、我らの戦力となっていただきましょう」
「あっ……はっ。承知いたしました。それでは人間の移民計画を進めます」
結局、魔導教会はターレス戦略要塞を人間達の移民統括機関として運営する事を国に申請し、女王がそれを裁可した。
建前上、リゾンの人間移住計画が承認された形とはなったが、奴隷扱いにまで踏み込めていないのが引っかかる。
しかし、飛行戦艦も旧王都のゲートも魔導教会に頼らざるを得ず、当面の間、とりあえず女王と魔導教会に合わせるしかないとリゾンは考えていた。
だが見てろよ。いつか必ず、全権を私が握ってやる!!
◇◇◇
旧王都。進駐軍本部。
「はあ、助かった。女王様が無事に王宮にお戻りになって首がつながった」
聖ドミナント教会の失火全焼で、その守備の責任を問われたランダイスであったが、女王の無事が確認されとりあえず釈放された。
「でも本当に悪運が強いですよね」そう言ったのはザカールだ。
女アンドロイドが正式に魔導教会のものと発表され、ザカールの役割は終了したはずなのに、旧王都近郊のゲートが修理中で国に帰還できず、そのまま進駐軍のラボに寄生している。
どうやらチャンスをみて魔導教会にネゴって、女アンドロイドを研究させてもらおうと思っている様だが、ザカールにいろいろ弱みを握られているランダイスとしては帰れと強くも言えない。
「それで本部長。この間の報償ですが、ちゃんと振り込まれましたよ!
お陰様で、マーダーⅡをよりチューニング出来ます!」
「あほかお前は。今更あんなちんちんアンドロイドを何に使うんだ」
「ちんちんとはご挨拶ですね。いろいろ調べたんですが、どうやら旧王国はあいつをセクサロイドとして設計している様なんです。という事は魔導教会の女アンドロイドも実はセクサロイドではないかと睨んでまして。まあ旧王国が何を考えていたのかは分かりませんが、興味は尽きないというか……」
「お前、ほんとにアホだな。
男と女のセクサロイドを交尾させて子供でも作る気か?」
「おおっ! それも面白いかも……でも、そうなると人格AIをいじらないといけません。それで本部長。ご相談があるのですが……」
「やだ。お前のご相談はロクな事がなさそうだ」
「いや、別にそんな大したことじゃありません。本部長の人格のコピー取らせてもらえません? いや全部でなくっていいんで」
「はいっ?」
「いや、この間本部長。女王様襲おうとしたでしょ?
あのずぶとさをマーダーⅡに組込めないかなと思うんですよ!」
「こ、この……ふざけるな!!」
王室歴858年の春の事。
十歳になったばかりの王国の第一王女アリーナ姫は、父親のジョシュア・エルリード・フランネル王に呼び出された。
「アリーナ。ちょっと頼みたい事があるのだが……。
一人。他国のお姫様と友達になってくれないか?」
「はい? もちろん喜んで、お父様。それでどこのお姫様なのですか?」
「……くれぐれも他言無用でお願いしたいのだが、異世界のエルフの姫様だ。
先生といっしょにお忍びでいらしていて、魔法を習いたいと短期留学を希望されている。エルフでいらっしゃるので実際の年齢は定かではないが、お前より少し年上位にお見受けするので、魔法の得意なお前が教えて差し上げるのがよいと思うのだ」
そして、年老いたエルフと自分より少し年上に見えるやはりエルフの少女が王の間に通された。
「初めましてアリーナ姫。私はヨーシュアと申します。私はこのお師匠である大魔導士ウイルヘイズ様と一緒に三ヵ月間、貴方の下で魔法を学びたいの。
宜しくお願いしますね」
「はい……」
うわー、美しい方。すごく気品があって物腰も柔らかい……そう思っていたら、父である国王が言った。
「アリーナよ。ヨーシュア様に魔法を教える替わりと言ってはなんだが、お前は礼儀作法を教えてもらえ。今のままでは私は先が思いやられるのだよ」
「あー。お父様ひどい! 子供のうちは元気な方がいいとおっしゃったのはお父様です。どうぞご心配なく! 年頃になったらちゃんと致します!」
そして翌日から、アリーナとヨーシュアの交流が始まった。
しかし、アリーナがどんなに説明してもヨーシュアらエルフ達は魔法らしきものが一向に使えない。
「失礼ですけどウイルヘイズ先生。大魔導士と言う割に、本当に何もお出来にならないのですね」アリーナが子供ながらにずけずけと言う。
「ははは、これは手厳しい。そうですね。私が魔法を使えていたのは今から五百年位前までで……そんな訳で最後の大魔導士などと呼ばれております」
「それなら昔は使えていたのでしょう?
なぜ途中から使えなくなったのかしら?」
「そう……ですね。具体的には身体がマナの流れを操れなくなったのです。別に大気中にマナが無くなった訳ではなく、マナを使用する一部の魔導装置はそのまま使用出来ています。なのでマナの所為というより、私達エルフの身体がマナそのものを操れなくなったというのが正しいでしょう。
それが病気や体質の変化によるものかは今だ分からないのです。
それで、今だに人々が魔法が使えるこちらの国に来れば、なにかヒントやきっかけが掴めるかと思ったのですが……」
「そうですか。私達人間も、人によってマナの感じ方や操る能力は千差万別ですが。
私ももっと幼少の頃は落ち着きがないとよく言われていて、教育係のばあやから早朝の沐浴と精神統一を課されました。そうしたらマナの感じ方が整った様な気もしますが……ヨーシュア様達もやってみてはいかがでしょう?」
そして期限の三ヵ月をすぎ、ヨーシュアとウイルヘイズは魔法を習得する事なく帰国した。そしてそれから、朝の礼拝前に沐浴をするのがヨーシュアの日課になったのだ。
女王になって初めてもらった三ヵ月の休暇。
魔法の事は残念だったが、人間達と触れ合えた事はとても有意義だった。
そしてアリーナと山野を駆け回り、川で泳いだ事は一生の思い出となるだろう。
また行きたいな。
しかしその後、女王の立場が多忙すぎ、人間界に行く機会はついに来なかった。
国元では、そんなあてにならない魔法ではなく過去に研究されたマナを使用する魔導機関で十分ではないかという意見が大半を占め、科学技術と合わさって人々の暮らしを豊かにしていった。
だが、周辺の魔族の国との関係が怪しくなった。
すぐに戦争になったりする様子ではなかったが、どうやら気長にこちらに侵入するチャンスを待っている様に思えた。
彼らはエルフの魔法を恐れていたが、その脅威を感じなくなったのかもしれない。
エルフ国内は、魔法を復活させようとする派閥と、魔導装置と科学をさらに推進する派閥の大きく二つに分かれ、前者が魔導教会となった。
しばらくしてヨーシュアは今一度人間達に魔法の教えを乞うべく、リゾン公爵に人間の王国に使者を送る様要請した。しかし、その使者は人間達に攻撃され皆命を落とした。人間達の卑怯な奇襲が喧伝され、エルフ国は一丸となって人間の王国に戦線布告した。そしてその後は、周辺国との駆け引きや人間の王国との戦争をリゾン公爵が取り仕切った。
ヨーシュアも、リゾン公爵はちゃんとエルフの未来を考えており、別に私利私欲で動いている訳ではないのはよく分かっている。ただ目指している所とそこへ至る方法論が決定的に異なるのだ。
そしてリゾン公爵は、いよいよ私を邪魔ものにしだした様だ。
確かに彼のやり方でも、エルフ国の運営は成り立つのかも知れない。
だが……人間や獣人達をエルフの下において奴隷扱いするのは絶対間違っている。
その一点において、私はリゾン公爵と戦うのだ。
魔導教会の僧兵に護衛されながらエルフ王宮へ戻る途中、ヨーシュアはそんな事を考えていた。
◇◇◇
エルフ国王宮内広間。
「女王陛下。ご無事のお戻り、何より執着至極に存じます」
リゾン公爵が王の間で、王の座に座るヨーシュアにそう奏上した。
まさかヨーシュアが魔導教会の僧兵達に守られながら王宮入りするとは思っていなかっただろう。さぞや心の中では面白くないでしょうね。
ヨーシュアはそう思ったがお首にも出さずに言った。
「公も大変でしたね。まさか飛行戦艦が落とされるとは……ですが、私もあの時魔導教会の方々に教会から連れ出していて頂かなかったらどうなっていたかと思うと、今だに恐ろしい限りです」
「ですから勝手な行動はおつつしみ下さいと口を酸っぱくして申し上げました!
でも本当によろしゅうございました。飛行戦艦も現在魔導教会で修理中ですし、まだ三隻備えがございます。体制を整え直して必ずや
「ええ。でも討ち果たすのではなく、こちらに移民していただくのでしょう?
せっかくああして魔導教会の管理下に人間達が集まったのですから、穏便に移民していただき、我らの戦力となっていただきましょう」
「あっ……はっ。承知いたしました。それでは人間の移民計画を進めます」
結局、魔導教会はターレス戦略要塞を人間達の移民統括機関として運営する事を国に申請し、女王がそれを裁可した。
建前上、リゾンの人間移住計画が承認された形とはなったが、奴隷扱いにまで踏み込めていないのが引っかかる。
しかし、飛行戦艦も旧王都のゲートも魔導教会に頼らざるを得ず、当面の間、とりあえず女王と魔導教会に合わせるしかないとリゾンは考えていた。
だが見てろよ。いつか必ず、全権を私が握ってやる!!
◇◇◇
旧王都。進駐軍本部。
「はあ、助かった。女王様が無事に王宮にお戻りになって首がつながった」
聖ドミナント教会の失火全焼で、その守備の責任を問われたランダイスであったが、女王の無事が確認されとりあえず釈放された。
「でも本当に悪運が強いですよね」そう言ったのはザカールだ。
女アンドロイドが正式に魔導教会のものと発表され、ザカールの役割は終了したはずなのに、旧王都近郊のゲートが修理中で国に帰還できず、そのまま進駐軍のラボに寄生している。
どうやらチャンスをみて魔導教会にネゴって、女アンドロイドを研究させてもらおうと思っている様だが、ザカールにいろいろ弱みを握られているランダイスとしては帰れと強くも言えない。
「それで本部長。この間の報償ですが、ちゃんと振り込まれましたよ!
お陰様で、マーダーⅡをよりチューニング出来ます!」
「あほかお前は。今更あんなちんちんアンドロイドを何に使うんだ」
「ちんちんとはご挨拶ですね。いろいろ調べたんですが、どうやら旧王国はあいつをセクサロイドとして設計している様なんです。という事は魔導教会の女アンドロイドも実はセクサロイドではないかと睨んでまして。まあ旧王国が何を考えていたのかは分かりませんが、興味は尽きないというか……」
「お前、ほんとにアホだな。
男と女のセクサロイドを交尾させて子供でも作る気か?」
「おおっ! それも面白いかも……でも、そうなると人格AIをいじらないといけません。それで本部長。ご相談があるのですが……」
「やだ。お前のご相談はロクな事がなさそうだ」
「いや、別にそんな大したことじゃありません。本部長の人格のコピー取らせてもらえません? いや全部でなくっていいんで」
「はいっ?」
「いや、この間本部長。女王様襲おうとしたでしょ?
あのずぶとさをマーダーⅡに組込めないかなと思うんですよ!」
「こ、この……ふざけるな!!」