第83話 人として当たり前の事

文字数 3,890文字

 アリーナは病院内を通らず、外壁をよじ登って最上階を目指した。
 途中でいらぬ戦闘をして、他の患者に迷惑が掛かるのを嫌ったのだ。
「ああ。足と腕が完璧ならもっとすんなり登れたのに……」
【仕方ありません。負荷リミッターに従って下さい】
「はいはい」

 十四階では、階段とエレベータの所で歩兵がキャンセラーと銃を構えて待ち構えていたが、全然違う方の窓からいきなりアリーナが飛び込んで来て、兵達は面食らった。

 一瞬、スフィーラの身体が停止する。
(おっと、キャンセラーか)
 慌てずに土魔法を行使し、とりあえず十m以内に居るものをすべて無力化した。

【通信回復。キャンセラーは無力化されました】
 ああ、確かにこれなら省エネだわ……メトラック、ありがとね。

 そうしていたらエレベータが開き、中からミーシャやメリッサ達が出てきた。
 どうやら下の階もタスカム達が無力化した様だ。
 医師や看護師たちが怯え切っていたが、彼らには手出ししない事を声高に言い、ミーシャの案内に従って奥の病室に向かった。

「パルミラ先輩!」ミーシャがパルミラに飛びつく。
「あ……あ……」
 パルミラは起きてはいたが、意識が混濁しており、何が起きたのか理解出来ていない様だった。

「アリーナ。多分十五階は、この向かい側の扉よ」
 メリッサに促され、パルミラのいた部屋の向かい側のEPSと書かれた戸をぶち破ると、果たしてそこに上に行く階段が隠されていた。

「行きましょう」
 アリーナが先導し十五階に着くと、そこにもキャンセラーを持った兵士がいたが、アリーナに難なく無力化された。
 そして部屋に入ると、そこにいるのは確かに女王ヨーシュアだった。

「どうやらぐっすりお休みの様です。たいした神経の持ち主ですね」
 そう言いながら、アリーナがヨーシュアの頬をつんつんとつつく。
「女王様。起きて下さい。朝ですよ……」

「ん? んんーーんっ! ん? あれ? スフィーラさん?」
「お目覚めですか女王様。お助けに上がりました」
「えっ!? そんな、あなた。どうやってここを?」ヨーシュアが慌てて周りをキョロキョロ見ると、そこにミーシャとパルミラもいるではないか!

「細かいお話は後程。これから一生懸命ここから逃げないといけません」
 そして、アリーナは部屋のはめ込み式の窓ガラスをぶち破って、皆を十四階の上の屋上部分に連れ出した。

「あー、あんまり下見ない方がいいですよ。ここ、安全柵ありませんから……
 それにしても……うわー結構集まったったわね」
 病院の周りには女アンドロイド襲撃の報を受けた軍や警察、消防の車両がひしめいていたが、下を抑えていたタスカム達獣人部隊は混乱に紛れてうまく逃げた様だ。

「これ、どうやってここから逃げるのですか?」
 ヨーシュアが真っ青な顔でアリーナに尋ねた。
「そうですね……あっ、お迎えが来たようです!」
 そう言ってアリーナが指さす方を見ると、下の建物の屋根スレスレに、ものすごい勢いでヘリが近づいてくるのが見えた。そして病院の壁にぶつかるのではないかと言う勢いで接近したかと思うと、おもむろに急上昇して目の前に現れた。

「ちょっと、スフィーラさん。あれに飛び乗るんですか? 無理ですって!」
 ヨーシュアが死にそうな声でそう言った。
「あー。皆さんに飛び乗っていただくのはちょっと無理っぽいので、ちょっと申し訳ないんですが……女王様失礼!!」
 そう言ってアリーナは、ヨーシュアをひょいと抱えて、開いていたヘリの横扉の中にそのままヨーシュアを投げ込んだ。

「うひゃーーーー!!」ヨーシュアが素っ頓狂な声を上げ、ヘリの中に敷き詰められていたクッションに飛び込んだ。中にいた僧兵が速やかにヨーシュアを脇によけ、続けてアリーナがパルミラをヘリに投げ入れる。そうして上に上がって来た者すべてをヘリに投げ込み、屋上にはアリーナ一人となった。

「アリーナ。早く!」メリッサがヘリの中から声をかけた。

【警報! 対地ミサイル接近!!】
「なんですって! 方向は!?」
【南南東から! 着弾まで15秒】
「サルワニ、ミサイルよ!! 早くヘリを遠ざけて!! 
 私は来た道で帰るから!!」

「なんだと!?」
 そう言われてサルワニは反射的に操縦桿を切り、ヘリは急上昇を開始した。
 そして程なく、南南東の空の一角がキラリと光ったかと思ったら、いきなり病院の最上階から大きな爆炎が上がった。

「アリーナーーーーー!!」
 メリッサの叫び声が城下の空にこだました。

 ◇◇◇

「おいおい……軍は一体、何をやってるんだ!
 病院を攻撃だと!? しかも女王がいるのはわかっているだろう!!」
 遠くから状況を見ていたトーマスも眼の前の光景に愕然とした。

 通信機が鳴った。サルワニからだ。トーマスはあわてて通信機をONにする。
「首尾はどうだ?」
「女王とパルミラは確保。突入メンバーも……アリーナを除いて全員無事だ……」
「くっ! それでアリーナは?」
「ミサイル攻撃を察知して、来た道で戻ると……その後の事は分からない」
「……了解した。君は予定通り、女王たちを安全な場所に移してくれ。
 遠目なのでよく分からないが、下に集まった軍や警察もパニックになっている様だ。すぐには追ってこないだろう。
 ああそれで……女王を移動したらヘリの僧兵はこっちに戻してくれ。
 私はアリーナとの合流を試みる」

「わかった。後は頼みましたよ」

 ◇◇◇

 目の前が真っ赤になって、何か文字が浮き出ている。
 ああこれ。この間は慌てていて良くわからなかったけど、LowBatteryって書いてあるんだ……。

「やっちゃったなー。身体も動かないや。モルツ……会話出来る?」
【はいアリーナ。
 現在、LowBatteryでスリープモードに移行しています。
 インバータが正常給電に戻るまで約三十時間と推定】
「まだ、リアクターは止まらない?」
【まだ大丈夫です。爆縮用エネルギーはストック済ですので、リアクターが動く限り、基準電力供給が復旧すればまだ動けます】
「そっか。でもここって何階? ここだと……敵につかまっちゃうね……」
【四階と推定】

 ミサイルの直撃こそ避けたものの、爆風で宙に投げ出され、必死の想いで苦手な風魔法を使い、なんとか病院の窓の中に飛び込んだ。
 そしてそこは病室だった様で、数名の入院患者がびっくりした面持ちで、窓から飛び込んで来た少女を遠巻きに眺めていた。
 最上階は業火に包まれているのだろう。火災報知器と非常ベルが鳴りっぱなしで、
病院のスタッフが走り回っているのが分かる。

「お嬢ちゃん……大丈夫かい?」
 そう言いながら足にギプスを巻いたエルフのおじさんが松葉杖で近寄ってきた。
「上で大きな爆発があった様だけど、巻き込まれたのかい? 
 でもここに飛び込むなんて運がいいよ。ああ、おっぱい見えちゃってるね……」
 そう言っておじさんがアリーナの身体にタオルをかけてくれた。
「ありがとう、おじさん……」

 その時、ドーンという音がして、突然天井が崩れ出した。
「何?」アリーナがびっくりして当たりを見渡したが、さっきのエルフのおじさんが、落ちてきた天井とベッドのすき間に挟まってもがいている。
「おじさん!?」

【ミサイル攻撃で、建物の躯体部分に損傷があった模様。
 最悪の場合、ビル全体が崩落します】
「なんですって!? それじゃ、ここにいる患者さん達は?」
【至急、脱出する事を推奨】
「そんな……でも患者さんもそうだけど、私だって動けないわよ。
 まあ、私は埋まっても大丈夫かもしれないけど……」

【一つ方法がありますが、その選択判断はアリーナがして下さい】
「何よ! さっさと言いなさい!!」
【リアクター爆縮用のエネルギーを通常使用に回す事が可能。ただしその場合、リアクター寿命から逆算して、最後は爆縮までスリープ状態で過ごす事になります】
「……それって、また命尽きるまで寝たきりになるって事よね?」
【肯定】

「……わかったわ。問題ない。そんなの一度経験しているし。
 すぐに爆縮用のエネルギーを開放して!
 今この目の前にいるおじさんを助けないと!」
【了解。エネルギー回路を切り替えます】

 しばらくして、トーマスが僧兵達と合流してアプリコット病院に到着したが、そこで見た光景に目を疑った。
 いや、建物が崩れかける中、病院関係者や軍、警察などが賢明に救助、避難活動を行っていたのだが、その中にアリーナの姿を認めたのだ。

「おいアリーナ。お前何してるんだ?」トーマスがなかばあきれ顔で言う。
「何って、人命救助よ。ほらこのTシャツ可愛いでしょ? 専用装備が壊れておっぱい出ちゃってタオル巻いてたんだけど、それじゃ動きにくいでしょって看護師さんがくれたんだ」
「いや、そんな事は聞いちゃいない。お前はさっさとここから逃げないといけないのではないのかね?」

「ほんとトーマスって融通が利かない朴念仁よね。この状況でまっとうな人なら手を差し伸べるのが普通でしょ!? 多分、もうすぐ病院の建物が崩壊するわ。
 だから軍や警察に言ってやったの。私は逃げも隠れもしないから、さっさと救助を急げ! ってね。だからさっさとあんたたちも手伝いなさい!」

 結局、トーマスもいっしょにいた僧兵達も、崩れかけた病院から患者たちを運び出すのを手伝い、三十分ぐらいして、病院の建物が地響きとともに黒い噴煙を吐きながら自壊した。あたり一面、ものすごい埃が立ち込め視界も利かなくなった。

「おー。これは好都合。それじゃトーマス。逃げるわよ!」
「おい、お前逃げも隠れもしないんじゃ?」
「この堅物! 嘘も方便ってね!」



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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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