第1話 公園像と新型戦艦

文字数 4,803文字

 共和国の首都スフィーラにある中央公園は、すでに紅葉も盛りを過ぎ、木々は冬支度をするかのように葉を落とし始めている。そんなとある平日の深夜。造園業者が照明を灯しながら落ち葉清掃をしていた。そばを通りかかるものもほとんどおらず、だれもその作業の事を気にしてはいなかったのだが、よく見ると業者の一部が公園の広場にあるアリーナ像の周りに集まっていた。

「えっと。これを撤去でいいんですよね?」造園業者の一人が確認している。
「ああ。建ててから百年も経って大分痛みが激しくなってきたからね。下手に崩れてけが人でも出したら大変だから、いったんはずして修繕するんだ」公園管理者と思われる人物がそう答えた。

 やがて、クレーン付きのトラックが横付けされ、台座から外されたアリーナ像は慎重にトラックに積まれた。
「はは。天下のアリーナ姫も横倒しだ……おー。ドレスのスカートの中、こんな風になってたんだ」そう言いながら業者の若者が、トラックの荷台からアリーナ像が落ちない様しっかり縄をかけていった。

「そんじゃ。行ってきますね」ドライバーがそう言い、トラックは静かに公園を離れた。

 ◇◇◇

「おはよう諸君。それでは食事を取りながら今日の議事を進めようか」
 共和国の二十七代目大統領マルッサスは、側近達とブランチミーティングをするのが平日の日課になっていた。担当官たちが次々に自分が管理する部門の報告を行い、大統領や他の高官達と意見を交わしていく。

「それじゃ次は……ミーシャ補佐官。報告を頼む」
「はい。まず作日のエルフ国大使館との連絡協議会の件ですが……」
 大統領に指名され、ミーシャが自分の業務報告をはじめた。
 
 旧王室歴1229年(共和国歴101年)。

 アリーナの活躍で人間とエルフが講和して和平条約を締結し、人間達が旧王国に替わって共和国を樹立してから優に百年が経過していた。講和後、人間とエルフは同盟関係を結び、緊密な連携を保ってほぼ平和な時代が続いていた。アリーナとともに活躍した人間達は、すでにこの世を去ってしまっていたが、エルフの面々は、じじい様が逝去された以外は皆存命で、国の要所で活躍しているものが多かった。

 ミーシャはその後、ダルトンと結婚し一女をもうけたが、共和国初代大統領夫人の経験と人脈を活かして、その後も共和国政府に属しながら、主にエルフ国との交渉・調整役に従事してきた。そして現在は、大統領補佐官となっている。

「……それから、人格AIの魔導装置による攻撃・防御機能を備えたエルフ国の新型飛行戦艦は年明けには完成すると、あちらの軍務省から連絡がございました」
 そのミーシャの報告を聞き、高官の一人がミーシャに尋ねた。
「やれやれ。彼らも大変だな。周辺国ににらみを利かせるのに魔法力を誇示し続けなくてはならないのか。だが、その新型戦艦。我々には脅威とはならんのだよね?」
「はい。両国の関係は、ヨーシュア女王様が心を砕いて下さっている事もあり、ここ百年は良好です。それに、もう大ゲートがありませんから向こうから攻めては来られません」

「はは、そうだな。大ゲートは初代大統領が吹っ飛ばしてから再建されておらんし。
 だが……ヨーシュア女王とて永遠に長らえる訳でもあるまい。一応、将来的な仮想敵の考えは持っておく必要はあるだろう」大統領がそう意見を言い、軍の高官が同意した。

「それでは次。クルクス公安本部長」
 大統領に指名され、小柄で小太りなビン底眼鏡の中年男性が口を開いた。
「えっと。まずは……中央公園にあった、アリーナ姫像の盗難事件の件ですが……」
「えっ? 盗難? でもあれ、修繕するとか……」ミーシャがびっくりして声をあげた。
「はい。その予定で公園の担当者が業者に撤去・運搬を指示したのですが、予定した工房に運び込まれず、トラックごと行方知れずになったのです」
 その報告に、他の高官もちょっと驚いたような呆れた様な顔をしていた。
「いや、しかし……なんであんなものを? まあ映画とかの影響もあって、いまだにアリーナ人気は衰えてはおりませんが……マニアの犯行でしょうか? それになんで公安がそんな案件を追っているのですか?」

「いえ。ただのマニアや愉快犯ならまあ、警察にお任せなんですが……なにせあのアリーナさんは、一部に偏執的な信者もいて、彼女を神と崇めるカルト教団みたいなのまで確認されているんです。ですので……一応眼を光らせておこうかと思いまして」
 そう言いながら、クルクス公安本部長は、ハンカチで自分の額を拭った。

 百年前のアリーナの活躍は、その後小説や映画にもなり、いまだに共和国の多くの民が彼女を人間の救世主として慕っているのは確かだ。でも、あんな像を持って行って……変な使い方されてなければいいけど……その時のミーシャには、正直、その位の感想しか沸いてこなかった。

 ◇◇◇

 首都スフィーラから百Kmほど離れた小さな地方都市のとある小屋の地下室。
 二人の男が、一人の二十歳前後の女性と、アリーナ像を前にして話し合っていた。

「どうだ? これでレストアは出来るんだろうな?」
「……言ったものは全部揃ってる?」
「もちろんだ。お前の家にあったもんも全部隣の部屋に移してあるし、言われたものも調達済だ。だから作業もここで行え。もちろんお前も作業が終わるまでここからは出られん」
「分かってる。私にはアリーナ様だけいれば十分だ。それで期限は?」
「半年だ。その頃、神々が再びこの地に降臨されると先日お告げがあったのだ」
「ふん。まあ、どうでもいいけど……私がレストアしたアリーナ様にあんまり変な事はしないでよね」
「ネモフィラ。お前の作業はレストアまでだ。後の事は心配しなくていい」
「心配じゃなくて、嫌なの!!」
「まあいい。せっかくあこがれのアリーナ姫触り放題だ。お互いに目的を達成しようじゃないか。まあ、お前には拒否権はないけどな」
 男達はそう言いながら部屋を出て行き、ネモフィラと呼ばれた女性が逃げない様、外には見張りが立てられた。

「くそ。絶対好きにはさせないから。でもこんなチャンス……アリーナ様。待っててくださいね。私が御身を綺麗にして差し上げますから!」
 そうしてネモフィラは、アリーナ像の表面に施された特殊コーティングをはがす作業に取り掛かった。

 ◇◇◇

 エルフ国王宮の女王執務室。
 エルフの女王ヨーシュアが今日も決裁書類の束と格闘すべく自席についたとたん、秘書官から来客が知らされた。

「おはようございます陛下」
「サルワニ将軍。お久しぶりですね。それで……パルミラは達者ですか?」
「ええ、お陰様で母子ともに健康です。育児が落ち着くまでパルミラ不在になり、女王様にご不自由をおかけいたします事、お詫び申し上げます」
「そんなことはありません。育児休暇は全国民の権利ですよ。
 それで今日は……あの件ですか?」

「はい。それでそのお披露目の際は、是非女王様にもご臨席を賜れればと思い、お願いに参上仕りました」
「別に、事務官経由でおしゃっていただければ……」
「はは。女王様もパルミラの近況を聞きたいかなと思いましたし、そもそもあの手のものは余りお好きではないかも知れませんので、直々にお願いに上がった次第です」

「たしかに、両手をあげて喜べるものではないですけど、我が国に必要なものですから……それを私が認めない訳がないではないですか」
「そう言っていただければ兵士達の士気も上がりましょう。それでは、来年初頭に予定している、この新型飛行戦艦『ザラマンダー級』一号艦ホエールシャークの観艦式の式次第なのですが……」

 人間達と同盟を結んで百年余。エルフ国はヨーシュア女王の元、人格AI装置による魔法の復興に力を注ぎ、近隣諸国ににらみを利かせていたが、いよいよそれらを兵器として組み込んだ新型飛行戦艦を完成させるに至った。この新型艦は主兵装として人格AIによる攻撃・防御用の魔導ユニットが装備されていて、従来の飛行戦艦より攻撃・防御能力が飛躍的に向上している。
 ヨーシュアとしては、あまりこうした大掛かりな兵器で他国を威圧するのは好きではないのだが、周辺国に対し覇権を示すためと議会にも説得され、ようやく裁可した一号艦が完成に至ったのだった。

 サルワニの説明を聞きながら、新型飛行戦艦の写真をみていたヨーシュアが漏らした。
「ふう。この砲の一つ一つが、アリーナさんに匹敵する破壊力を持っているとは……味方とはいえ、ちょっと恐ろしいですね」
「そうですね……とはいえ、一つ一つの威力は、往時のアリーナには遠く及びません。今だ我が国の人格AI魔導装置単体ではあの威力は出せないのです。そしてそれは、人として修練した人格の方が、より強い魔力を操れるからだと考えられています。ですので、この戦艦も魔導装置の数で勝負という感じではありますね」

「……そうですよね。機械が人を越えてはいけませんよね」
 サルワニの説明にヨーシュアもちょっと納得がいった様子で、そう小声でつぶやいた。

 ◇◇◇
 
 翌年の新年早々。エルフ王国。
 良く晴れた昼間の王宮前大広場に、多くのエルフ国民が集まっている。
 今日は、エルフ軍の誇る新型飛行戦艦ホエールシャークの観艦式なのだ。

 広場中央にひな壇が設けられ天幕が張られ、そこにヨーシュア女王が鎮座ましましており、両脇に国の高官達が並んでいた。そしてヨーシュアの脇にサルワニが立って、女王に解説をしていた。

「陛下。まもなく目の前に参ります。速度十ノット位でゆっくりと飛んで参りますので、じっくりとご覧ください」そう言いながらサルワニが手をかざした方向から、大きな塊が近づいてくるのが判った。

「まあ。本当にレンガからさつま芋になったみたいですね」
 ヨーシュアも好奇心で興奮しながらその飛行を見守っていたが、設計者はせっかく流線形を取り入れたのに、芋といわれては立つ瀬があるまいとサルワニは心の中でそう思った。

 昔より演算装置も格段に進歩しており、飛行姿勢制御がより高度に行える様になった為、そのデザインには流線形が取り入れられており、最高速度は二百ノットと、やたらなヘリや輸送機よりも高速に移動する事が可能になっている。それに攻撃魔法用と防御魔法用の人格AI魔導装置が複数搭載され、もちろん従来の通常兵器も使用可能な、エルフ王国の誇る最新鋭の飛行戦艦だ。観艦式の様子はTV中継もされ、エルフ国内だけでなく、周辺諸国もその様子を固唾を飲んで見守っていた。

 そして同時刻。隣国、ハウル魔族帝国の王宮でもそれが放映され、ガルド皇帝とその側近達が食い入る様に見つめていた。

「しかし……エルフ共はとんでもないものを作ってくれたものです」
「だがまあ、やつらは専守防衛が建前だ。こちらから仕掛けなければすぐの脅威とはなるまい」高官達がそんな事をざっくばらんに話合っていたところで、ガルド皇帝が声を発した。

「すぐの脅威ではないにしても、仮想敵として対策は立てねばなるまい。ヨーシュアとて、ああ見えてかなりの高齢。いつ代替わりしてリゾンみたいな奴が出て来んとも限らん。打てる手は予め打っておくべきだ」皇帝の言葉に、高官達がざわつく。
「それで閣下。具体的にはどの様にすすめてまいりましょうか。我らは魔族と言ってもエルフほど強力な魔法も使えませんし、あの戦艦にどの様に対処すべきか頭が痛う存じます」
「……あれを試してみようと思うのだが。先祖伝来の秘伝のあれを」皇帝の言葉に、場の一同がおーっと沸いた。

「わかりました。その準備を始めます。しかし、それがエルフ側に漏れたら両国間の緊張が増さないでしょうか?」
「別に、あちらを攻める訳ではない。我が国内の事なので外からのいらん干渉は黙殺せよ」
「御意。それでは関係部署に、魔獣召喚の儀を行う旨、準備の指令を出します」

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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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