第5話 魔王ハインケル

文字数 3,587文字

「それでは魔獣召喚の儀式を開始します。皇帝閣下は前の玉座へ」
 エルフ王国の隣国。ハウル魔族帝国の古い教会の地下室で、ガルド皇帝と複数の高官、そして多数の魔族魔導士達が集まり、先祖より伝わるいにしえの儀式を始めようとしていた。

 玉座の前まで行き、皇帝が言葉を発した。
「それでは古の伝承にのっとり、魔獣召喚の儀式を執り行う。まあ、うまくいったとしても、
一匹二匹では直ぐにエルフ共に対抗する戦力にはなるまいが、徐々に増やしていけばよい。
 今日は、その第一歩である。皆、安全には気を付けて儀式を進めよ」
 そういって皇帝が玉座に腰を掛けると、魔導士達が予め床に描かれてあった魔法陣に従って列をなした。そして詠唱が始まり、しばらくすると魔法陣自体が明るく輝きだした。

「出て来るぞ! テイマー部隊はしっかりと服従させよ!!」高官の言葉に従い、脇で待機していたテイマー部隊が出て来た魔獣を使役できる様、術式を開始した。

 やがて、魔法陣自体が、直視できないくらい眩しく輝きだし、雷鳴がとどろいたかと思うと、真っ黒い霧が魔法陣から噴出してきた。

「おお! 成功か!?」皇帝が玉座から身を乗り出したその時、噴出した黒い霧が突然、業火となって爆裂し、その場にいた者達に襲いかかった。

 五分後。地下室で生存しているものはおらず、魔法陣の中央には先ほどの黒い霧がグルグルと渦巻いていた。そしてその霧が、だんだんと人の形に固まって行く。
 そして最終的には、二十代前後と思われる美しい人間の男性の形となったが、頭の両側に大きな角をはやしており、悪魔の様にも見えた。

「うむ。せっかく(われ)を呼び出してくれた礼を述べようと思ったのだが、この程度の魔力で焼かれてしまうとは……なんとはかない者たちだ。だが、せっかくこうして蘇ったのだ。少しゆっくりと現世を楽しむとしよう。あまり手早く壊してしまっては面白くない……」

「ななな、なんだお前は!?」
 うしろで声がしたので振り向くと、おや、どうやら外から人が入って来たのか。

 黒い霧の男性が答える。
「我が名はハインケル。元々この世界の魔王であったが、ちょっと別の世界に行っておった所、お前らの招きに応じて参上した。お前は……魔族か?」
「あわわ……魔王? 閣下は魔獣を呼び出すと……それで皇帝閣下はどうされたのだ?」
「まったくせわしないな。人の質問にはちゃんと答えよ。だがまあいい。我は復活したばかりで気分が良い。お前の無礼は許そう。お前のいう皇帝閣下というのが、その椅子に座っていた者だとするなら、そこにこびりついているススがその閣下だ」
「何……お前一体……」
「まったく…‥何を聞いていた? 人の話はちゃんと聞くものだ。我は魔王ハインケル。お前もススになりたくなければとっとと名乗るがよい」

「あああ……私は、ヨットナルと申します。このハウル魔族帝国の高官の一人です……」
「ふん。運のいい奴め。あと五秒回答が遅かったなら、お前も消し炭だったのだが……
まあよいヨットナル。腹が減った。食事の支度をしろ。あとは女だ。現世は二千年以上振りだ。滅ぼすのは最後にして、せいぜいゆっくり飽きるまで楽しんでやるさ」
「あ、あの。魔王様はどのようなお食事がお好みで? あと女の趣味も……」
「ああ。この様に人間型に凝集したので、人間が食べるものでよい。それと女もこの容姿に相応しい物を探してこい。一人二人では足りぬぞ!」
「はは。早速仰せのままに!!」

 こうして、ハウル魔族帝国は、魔王ハインケルの支配下に置かれる事となった。

 ◇◇◇

 ハウル魔族帝国に起きた異変は、遠からずエルフ王国にも伝わった。
 そしてこれから、ヨーシュアの元で緊急会議が行われようとしている。
 元老院、議会の代表や政府機関の大臣、高官。軍からもサルワニを含めた複数の将軍が参加している。

「それにしてもハインケルとは……ガルド皇帝もとんでもないものを召喚してしまったものです」ヨーシュアが力なくそう言った。
「陛下は魔王ハインケルをご存じなのですか?」高官の一人が問う。
「ええ。直接目にした事はありませんが、その伝承は子供の時、よくおじい様から聞かされました。二千年位前でしょうか。エルフと魔族との混血で絶大な魔力を誇った男がおり、この世界を手に入れようとしたのですが、当時のエルフや魔族の魔導士達と壮絶な戦いの末、亜空間に封印されたと聞いております」
「そんな怪物。いかがいたしましょう? 今のところ、特に目立った動きはありませんが、皇帝に替わって国を治めるでもなく、日々暴食と肉欲の日々を過ごしている様で、帝国民内でも不安が広がっており、我が国への亡命希望者まで出て来ている始末です」

「……他国の事ですので、あまり口を挟むのは気乗りしませんが……あちらの民の事を考えれば、一度、私が会見をするのが良いかと存じます。そもそも、我らが新型戦艦を作った事が隣国を刺激してしまったのですし」ヨーシュアがそう考えを述べた。
「危険です!! 話が通じる相手なのかもわかりません!」周りが一斉にそれを諫める。

「ですが……確かに私では魔王に対抗出来ませんが、あの新型戦艦なら何とかなりませんか? いえ、実際に戦うという事ではなく抑止力として使うのです。そうすれば会話の糸口が見いだせるやもしれません」
 周りの高官達が、ヨーシュアの意見に対し議論を始めた。

「女王様。お考えは分かりました。ですがやはり女王様が直接お会いになるのは危険すぎます。まずは特使を派遣され、その上で相手の対応を見つつ戦力も誇示していくのが良いと存じます」元老院議長がそう述べ、ヨーシュアもそれを裁可した。

 ◇◇◇

「ですので、魔王様がこの帝国をお治めになるという事であれば、我らエルフ王国はそれを承認し、必要な援助も行う用意がございます。そして、これからも皆で平和に暮らしていければと強く願うものです」
 エルフ王国からの特使が、魔王ハインケルに対し、ヨーシュアの言葉を伝えている。

 ハインケルは、それを上の空で聞きながら、ボソっといった。
「つまらん。なぜ我がこの国を治めねばならん? すぐに全て焼き払ってもいいんだが、それだと後が退屈になってしまうので、民は生かしてやっておる。別に国を治めたければエルフがやればよい。我のやる事を邪魔しない限り、好きにしてよいぞ」
「邪魔しない……とは?」
「そのうち、エルフの女どもにも、我の後宮に入ってもらう。だがまあ……エルフは貧相な奴が多いからな。そうそう我好みの女がいるとは思っておらんが……そうそう、お前達の主は女王と聞く。好みの女かは会ってみないと分からんが、頭を下げれば我が後宮に入れてやらんでもない」
「なんという不遜! 魔王よ。あなたがその様なお考えであれば、我々も無抵抗ではおりませんぞ!!」
「ははは。そうであろうな。だがそれでよいぞ。我も二千年ぶりにエルフの魔導士と魔法戦をやってみたいと思っていたところだ。何といったか…‥ああ、確かウイルヘイズだったか? 若いのにかなりの使い手だったのだが……まだ存命なのか?」
「いや……大魔導士様は、数十年前に天寿を全うされた。だが今は、魔導装置による新型戦艦もある。そうそうあなたの思い通りにはなりませんぞ!!」
「魔導装置による新型戦艦? 二千年も経つと色々と変わってくるようだな。だがおもしろい。いつでもいいから攻めてこい。退屈シノギにお相手仕ろう」
 こうして特使は、けんもほろろに追い出されてしまった。
 
 ◇◇◇

「それでは、全然話になりませんね。それにしても我が国の女性を狙うとは何と下品な。
 やはり先制して撃って出るべきなのでしょうか?」
 女王の言葉に、軍のトップに当たる将軍が返した。
「魔族帝国側の民の苦しみの声も日に日に大きくなって伝わって来ております。それがいつか必ず我が国にも及ぶとなりますと、それに撃って出たとしても専守防衛の理念が違えられた事にはなりますまい。新戦艦ホエールシャークによる魔王討伐を進言いたします!」

 そしてその場で、新型飛行戦艦ホエールシャークによる魔王ハインケル討伐が女王によって裁可された。エルフ軍はすぐに攻撃体制に入り、ホエールシャークを隣国に向け発進させた。そしてエルフ国から攻撃通告を受けた魔法ハインケルは、国境の海峡上でそれを待っていた。

「ほう。これが飛行戦艦というものか。玩具(オモチャ)にしては金をかけすぎではないのか? まあよい。退屈しのぎには丁度よい余興だ。最初は我も抵抗せんから、さっさと攻撃してみよ」
 空中に浮かぶ魔王からのそうした思念が、飛行戦艦内のエルフ達にも強力に伝わってくるが、ホエールシャークの艦長はその挑発に乗る事は無く、冷静に攻撃指示を出す。

「魔導防御フィールドを最大展開。魔導攻撃装置、全門斉射用意……撃ちかた始め!!」 

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登場人物紹介

アリーナ・エルリード・フラミス【主人公】


昔の王国の第一王女。転生当初はスフィーラと名乗る。


15歳の時、脳腫瘍が原因で夭折するが、父である国王により、

人格データを外部記憶に保管される。それが約260年後、

偶然、軍用セクサロイドS-F10RA-996(スフィーラ)

インストールされ、アリーナの記憶を持ったまま蘇った。


当初、スフィーラの事は、支援AIのモルツに教えてもらっていた。

Miritary Objects Relaytion Transfer System)


メランタリ・ブルーベイム 猫獣人少女


モンデルマの街の第二区画で店員をしていて、妹のコイマリと暮らしている。

美少女が好きで、モンデルマに迷い込んだスフィーラと友達になる。


実はけっこう肉食系。


JJ(ジェイジェイ) 本名不詳の多分15歳


モンデルマ第三区画のスラム街に住み、窃盗やひったくりを生業にしている人間の孤児。

自分の出自も全く不明だが、同じく孤児のまひるを、自分の妹として面倒みている。


あるトラブルがきっかけで、スフィーラと知り合う。


アルマン レジスタンス・ブランチ55のリーダー


モンデルマから逃げてきたアリーナ達と合流し、協力してエルフ軍に対抗しようとしている。

大戦経験者で、戦争末期、高射砲部隊の新兵だった。


ヨーシュア エルフ王国女王


すでに五百年以上エルフ王国を統治しているが、見た目は十代の少女と変わらず年齢不詳。

心優しい女王なのだが、国政を臣下に任せてしまっている。

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