第2話 歓迎されざる帰還
文字数 3,378文字
「それは……本当なのか?」
マルッサス大統領が、いつものブランチミーティングの際、エルフの新型戦艦の観艦式の報告を受けた後に聞いた、科学技術庁の高官からの報告に顔をしかめた。
「はい。実際には半年程前から、宇宙のかなたから救難信号が発せられているのを、共和国天文台がキャッチしていて、それが徐々にこちらに近づいてきている事が判ったのです。
専門家らが調査の結果、どうやら百二十年以上前にここから飛び去った、旧王国の王族やVIPを乗せた外宇宙探査船ではないかとの予測が昨日なされて……実際にはもう少し接近してから情報を集めないと確定出来ないと言うところなのですが……」
その報告に、場の一同が苦虫をつぶした様な顔をした。
百二十年程前、旧王国の王族やVIPは、エルフ王国との戦争の行く末を悲観し、国民達に極秘で自分達だけが探査宇宙船で外宇宙に別天地を求めて旅立ち、残された人々は棄民として、いつの間にかエルフに降伏した事になっていた。
その後、偶然セクサロイドとして蘇った旧王族のアリーナ姫達の活躍で、人類は共和国を成立させ再出発出来た経緯がある。
「何をいまさら……どのツラ下げて戻ってくるんだ! 大統領、構いません。接近したら撃墜しましょう!!」高官の一人が怒鳴った。
「いやいや、さすがにそれは出来ないよ。とにかく……有識者を集めて、今後の対応を協議してくれ」大統領がそう言うと、クルクス公安本部長が挙手をして発言許可を求めた。
「あの大統領。もし本当に旧王族の宇宙船だとすると、国内に潜伏していると思われる旧王族派の動きが心配です。公安では予め、軍や警察と連携を密にし、情報交換をしていきたいと思いますのでご了承下さい」
「何だって? いまだそんな連中がいると言うのかい」
大統領も半ばあきれながらそう言った。
「そうです。もはや一族にかけられた呪いと言ってよい類のものかも知れませんが……」
……そんな百年以上前の人間が生きてる訳ないじゃない。エルフじゃあるまいし……でもそっか。人格データとDNAパターンの記録だけ持っていったんだっけ? そこから人間に戻すのに、インスタント麺みたいにお湯でもかけるのかしら。旧王族派の説明をするクルクス本部長を横目にみながら、ミーシャはそんな事を漠然と考えていた。
◇◇◇
そして三か月後。
その宇宙船が大気圏外の周回軌道に入り、大気圏突入用のシャトルを分離した。
「大気圏突入起動計算クリア。十五分後に突入を開始します。
管理者は緊急退避エリアに移動して下さい」
機械的なアナウンスがシャトルの船内に流れるが、管理者に類する者は見当たらず室内はそのまま照明が暗くなり非常灯のみとなった。
「大気圏突入を開始します。目標降下地点。王都東三十km。ハノワ砂漠。降下地点クリア。
到着予定まであと三十五分」
そしてシャトルは、大気圏突入を開始した。
◇◇◇
「ターゲット、大気圏突入を開始しました。現在、毎秒十二Kmで移動降下中。降下予測地点はハノワ砂漠です。移動速度が速すぎてミサイル迎撃は難しいかもしれません」
レーダー士官が状況を報告する。
「おいでなすったか。地上に危険が無い様なら途中迎撃はせずともよい。
降下後速やかに拘束・無力化するようにせよ」
現場の指揮官と思われる人物がそう言って、兵をハノワ砂漠に向かわせた。
「IFF信号キャッチ……間違いありません。旧王国のものです!」
「……まったく……いまさら、どのツラさげて戻って来たんだ。そのまま他所 の星に行ってくれてたほうが手間が省けたのにな……」
指揮官は無線を手にとり、報告を始めた。
「大統領。ラムゼーです。間違いありません。旧王国の王族共の亡命ロケットです!」
「そうか……。ラムゼー将軍。A級戦犯でDNAと人格データだけの存在とはいえ、元は王族だ。丁重に取り扱ってくれ。可能な限り法に照らして裁きたい。ただし、抵抗する様なら容赦はいらんぞ」
「了解しました」
◇◇◇
シャトルが砂漠に着陸したとの報を受け、ラムゼー将軍は現地に赴いた。
現地では、すでに陸軍部隊がシャトルの周囲を包囲し、上空も戦闘機やヘリが警戒している。もちろん対地ミサイルも照準されていて、不審な動きがあればすぐにでもシャトルを撃破可能だ。
「何も出て来んな……」
シャトルが着陸してから三十分が経過したが、そのまま何も起こらない。
「仕方ない。こちらから突入可能か?」将軍の問いに、副官が答えた。
「はっ。あのシャトルは、旧大戦末期に秘密裏に設計され、そのまま王族の脱走に使用されたため、詳細が全く不明です。どんなリスクがあるのかも予測がつきません」
「そうか……それでは、A小隊を向かわせろ」
「ラジャー!!」
A小隊は、アンドロイドに人格AIを組み込んだ歩兵小隊だ。人格AIアンドロイドは、アリーナ以降、主としてエルフ国で、ザカールが主体となって研究開発が進められており、人的損耗リスクが読みにくい場面で作戦可能な様に実用化されているのだ。それを共和国側が貸与を受け、軍や警察・消防などで運用している。
もっとも、量産型のため容姿はどれも同じで、一目見て機械と判るものであり、過去のスフィーラやスマイリーの様に人と見まごうばかりのものは、コストが見合わず生産されていない。
A小隊はアンドロイド歩兵五名で構成され、チームリーダーは、A01と呼ばれている。
A01は、シャトルのハッチを確認後、それを力づくでこじあけ、中に潜入する。
「船内温度、摂氏七十五度。船内エア、窒素九十八%。放射能未検出……」
船内状況は、映像とともにリアルタイムでラムゼー将軍の元に送られている。
「いやいや。とても人間が住める環境ではないですね」
副官がその報告を聞いて感想を述べる。
「もともと生者のいないロケットだ。そのほうが都合がいいのだろう……だが、どうやら船内の構造はそれほど特殊なものではない様だね」
将軍がそんな事を言っている間に、A小隊はブリッジに到着した様だ。
「A01から入電。シャトルのマザーコンピュータとの接続に成功との事です。これで、こちらから直接、シャトルのマザーコンピュータと会話が出来ますね」
そう言って副官がエンジニアを呼び、将軍も交えてシャトルとの会話を開始した。
◇◇◇
翌朝。共和国首都スフィーラ・大統領府。
ラムゼー将軍は、昨日のシャトル調査の結果報告のため、マルッサス大統領を訪れていた。
「それでは、シャトルは外宇宙航行中のアクシデントで人体形成プロセスユニットを失ってしまい、期待した惑星に到着してもDNAと人格データから元の人間を再生出来なくなり、やむなくここに戻って来たという事なのだな?」大統領が問う。
「そうです。我が軍も調査しましたが、シャトルの当該ユニットが丸ごと吹っ飛んで無くなっていました。あれでは目的の星に着いても何も出来ません。幸い、マザーコンピュータと動力系は無事だったため母星への帰還を選択した様です」
「なるほど。それで、搭乗している王族やVIPは?」
「いえ、そのままです。人としての復元行程を取らなければデータのままです。それに、肝心の人体形成プロセスとやらは彼らが旧大戦末期に極秘裏に研究していたもので、謎が多くて直ぐに実用化が出来ません」
「という事は、裁判もクソも無いのか……シャトルがそのまま、彼らの監獄になる訳だ」
「私もそれが一番手間もかからなくてよいかと思いましたが……あのシャトル、宇宙を飛んでいないと電力供給がひと月くらいで停止するそうです。そうなると保存されたデータは全て消えてしまい、旧王族は全員死刑扱いですかね」
「いや、さすがにそれは……我々だけで勝手には決められん。今後の対処法を議会に諮 るにしても、もうしばらくは残っていてもらわないと……何か策はあるのかな」
「そうおっしゃるかと思い、手は打っておきました。あの辺りの技術は、残念ながら我ら共和国だけではすぐの対処が難しいのです。そこで、エルフ王国に技術支援を打診し、人格データのエキスパートであるザカール中佐を派遣してもらう事にしました」
「成程。歩兵アンドロイドのエキスパートか。確かにあの方なら何とかしてくれそうだ。
だが……悪い人じゃないんだが、変人なのが玉に瑕だな」
「はは、仰る通り……」
マルッサス大統領が、いつものブランチミーティングの際、エルフの新型戦艦の観艦式の報告を受けた後に聞いた、科学技術庁の高官からの報告に顔をしかめた。
「はい。実際には半年程前から、宇宙のかなたから救難信号が発せられているのを、共和国天文台がキャッチしていて、それが徐々にこちらに近づいてきている事が判ったのです。
専門家らが調査の結果、どうやら百二十年以上前にここから飛び去った、旧王国の王族やVIPを乗せた外宇宙探査船ではないかとの予測が昨日なされて……実際にはもう少し接近してから情報を集めないと確定出来ないと言うところなのですが……」
その報告に、場の一同が苦虫をつぶした様な顔をした。
百二十年程前、旧王国の王族やVIPは、エルフ王国との戦争の行く末を悲観し、国民達に極秘で自分達だけが探査宇宙船で外宇宙に別天地を求めて旅立ち、残された人々は棄民として、いつの間にかエルフに降伏した事になっていた。
その後、偶然セクサロイドとして蘇った旧王族のアリーナ姫達の活躍で、人類は共和国を成立させ再出発出来た経緯がある。
「何をいまさら……どのツラ下げて戻ってくるんだ! 大統領、構いません。接近したら撃墜しましょう!!」高官の一人が怒鳴った。
「いやいや、さすがにそれは出来ないよ。とにかく……有識者を集めて、今後の対応を協議してくれ」大統領がそう言うと、クルクス公安本部長が挙手をして発言許可を求めた。
「あの大統領。もし本当に旧王族の宇宙船だとすると、国内に潜伏していると思われる旧王族派の動きが心配です。公安では予め、軍や警察と連携を密にし、情報交換をしていきたいと思いますのでご了承下さい」
「何だって? いまだそんな連中がいると言うのかい」
大統領も半ばあきれながらそう言った。
「そうです。もはや一族にかけられた呪いと言ってよい類のものかも知れませんが……」
……そんな百年以上前の人間が生きてる訳ないじゃない。エルフじゃあるまいし……でもそっか。人格データとDNAパターンの記録だけ持っていったんだっけ? そこから人間に戻すのに、インスタント麺みたいにお湯でもかけるのかしら。旧王族派の説明をするクルクス本部長を横目にみながら、ミーシャはそんな事を漠然と考えていた。
◇◇◇
そして三か月後。
その宇宙船が大気圏外の周回軌道に入り、大気圏突入用のシャトルを分離した。
「大気圏突入起動計算クリア。十五分後に突入を開始します。
管理者は緊急退避エリアに移動して下さい」
機械的なアナウンスがシャトルの船内に流れるが、管理者に類する者は見当たらず室内はそのまま照明が暗くなり非常灯のみとなった。
「大気圏突入を開始します。目標降下地点。王都東三十km。ハノワ砂漠。降下地点クリア。
到着予定まであと三十五分」
そしてシャトルは、大気圏突入を開始した。
◇◇◇
「ターゲット、大気圏突入を開始しました。現在、毎秒十二Kmで移動降下中。降下予測地点はハノワ砂漠です。移動速度が速すぎてミサイル迎撃は難しいかもしれません」
レーダー士官が状況を報告する。
「おいでなすったか。地上に危険が無い様なら途中迎撃はせずともよい。
降下後速やかに拘束・無力化するようにせよ」
現場の指揮官と思われる人物がそう言って、兵をハノワ砂漠に向かわせた。
「IFF信号キャッチ……間違いありません。旧王国のものです!」
「……まったく……いまさら、どのツラさげて戻って来たんだ。そのまま
指揮官は無線を手にとり、報告を始めた。
「大統領。ラムゼーです。間違いありません。旧王国の王族共の亡命ロケットです!」
「そうか……。ラムゼー将軍。A級戦犯でDNAと人格データだけの存在とはいえ、元は王族だ。丁重に取り扱ってくれ。可能な限り法に照らして裁きたい。ただし、抵抗する様なら容赦はいらんぞ」
「了解しました」
◇◇◇
シャトルが砂漠に着陸したとの報を受け、ラムゼー将軍は現地に赴いた。
現地では、すでに陸軍部隊がシャトルの周囲を包囲し、上空も戦闘機やヘリが警戒している。もちろん対地ミサイルも照準されていて、不審な動きがあればすぐにでもシャトルを撃破可能だ。
「何も出て来んな……」
シャトルが着陸してから三十分が経過したが、そのまま何も起こらない。
「仕方ない。こちらから突入可能か?」将軍の問いに、副官が答えた。
「はっ。あのシャトルは、旧大戦末期に秘密裏に設計され、そのまま王族の脱走に使用されたため、詳細が全く不明です。どんなリスクがあるのかも予測がつきません」
「そうか……それでは、A小隊を向かわせろ」
「ラジャー!!」
A小隊は、アンドロイドに人格AIを組み込んだ歩兵小隊だ。人格AIアンドロイドは、アリーナ以降、主としてエルフ国で、ザカールが主体となって研究開発が進められており、人的損耗リスクが読みにくい場面で作戦可能な様に実用化されているのだ。それを共和国側が貸与を受け、軍や警察・消防などで運用している。
もっとも、量産型のため容姿はどれも同じで、一目見て機械と判るものであり、過去のスフィーラやスマイリーの様に人と見まごうばかりのものは、コストが見合わず生産されていない。
A小隊はアンドロイド歩兵五名で構成され、チームリーダーは、A01と呼ばれている。
A01は、シャトルのハッチを確認後、それを力づくでこじあけ、中に潜入する。
「船内温度、摂氏七十五度。船内エア、窒素九十八%。放射能未検出……」
船内状況は、映像とともにリアルタイムでラムゼー将軍の元に送られている。
「いやいや。とても人間が住める環境ではないですね」
副官がその報告を聞いて感想を述べる。
「もともと生者のいないロケットだ。そのほうが都合がいいのだろう……だが、どうやら船内の構造はそれほど特殊なものではない様だね」
将軍がそんな事を言っている間に、A小隊はブリッジに到着した様だ。
「A01から入電。シャトルのマザーコンピュータとの接続に成功との事です。これで、こちらから直接、シャトルのマザーコンピュータと会話が出来ますね」
そう言って副官がエンジニアを呼び、将軍も交えてシャトルとの会話を開始した。
◇◇◇
翌朝。共和国首都スフィーラ・大統領府。
ラムゼー将軍は、昨日のシャトル調査の結果報告のため、マルッサス大統領を訪れていた。
「それでは、シャトルは外宇宙航行中のアクシデントで人体形成プロセスユニットを失ってしまい、期待した惑星に到着してもDNAと人格データから元の人間を再生出来なくなり、やむなくここに戻って来たという事なのだな?」大統領が問う。
「そうです。我が軍も調査しましたが、シャトルの当該ユニットが丸ごと吹っ飛んで無くなっていました。あれでは目的の星に着いても何も出来ません。幸い、マザーコンピュータと動力系は無事だったため母星への帰還を選択した様です」
「なるほど。それで、搭乗している王族やVIPは?」
「いえ、そのままです。人としての復元行程を取らなければデータのままです。それに、肝心の人体形成プロセスとやらは彼らが旧大戦末期に極秘裏に研究していたもので、謎が多くて直ぐに実用化が出来ません」
「という事は、裁判もクソも無いのか……シャトルがそのまま、彼らの監獄になる訳だ」
「私もそれが一番手間もかからなくてよいかと思いましたが……あのシャトル、宇宙を飛んでいないと電力供給がひと月くらいで停止するそうです。そうなると保存されたデータは全て消えてしまい、旧王族は全員死刑扱いですかね」
「いや、さすがにそれは……我々だけで勝手には決められん。今後の対処法を議会に
「そうおっしゃるかと思い、手は打っておきました。あの辺りの技術は、残念ながら我ら共和国だけではすぐの対処が難しいのです。そこで、エルフ王国に技術支援を打診し、人格データのエキスパートであるザカール中佐を派遣してもらう事にしました」
「成程。歩兵アンドロイドのエキスパートか。確かにあの方なら何とかしてくれそうだ。
だが……悪い人じゃないんだが、変人なのが玉に瑕だな」
「はは、仰る通り……」