第17話

文字数 1,614文字

見てしまった。
とうとう見てしまった。
夕方、どうしても甘いものが飲みたくなって体に悪いとは思ったものの、コンビニに走った。
すると、仕事帰りらしい健斗さんの姿を見つけた。
ただ、誰かと一緒にいる。
よく見てみると女の人。
それもすっごいスタイルがよくて、すっごい美人。
品のいいスーツを着こなして、いかにも仕事ができそう。
ああ、仕事関係の人かな。
でも、それにしては距離が近いし、仲も良さげ……。
健斗さんの頭を撫でたり、健斗さんと腕を組んだり、健斗さんの耳元で何かを囁いたり……あれ?
もしかして仕事関係の人じゃない?
なら、友達?
いや……でも、あれは……。
運が悪いことに、健斗さんの表情はちょうどここからじゃ見えない。
嫌な想像ばかり頭の中に広がって、結局コンビニへは行かずにそのまま家に戻った。
どうしよう、どうしよう。
健斗さんが帰ってきたら、どういう顔で迎えればいいのかな。
そのうち、玄関のほうからガチャリと音がした。
「少し遅くなりました」と健斗さんの声が聞こえる。
いつもなら玄関まで走っていって抱き着くのに、今日はできそうにない。
仕事をしている体でパソコンに向き合ったまま、その背中からかろうじて「おかえりなさい」とだけ言った。

「……とりあえず夕飯の準備をしますね」

健斗さんも私のいつもと違う様子に何かを感じ取ったらしい。
後頭部に視線が突き刺さる。
でも今は本当にどんな顔をすればいいのかわからなかった。
キッチンからとんとんとんと包丁のリズミカルな音が響いてきて、そのうちおいしそうな香りが漂ってくる。
ああ、ご飯そろそろできちゃうな……と思っていると、健斗さんが私の横にすっと立ってしゃがみこんだ。
健斗さんがすぐそこにいるのも、横顔をじっと見られているのもわかっていたけど、首を動かすことができなかった。
すると、健斗さんの手が私の両頬をがっちりとホールドし、そのまま無理やり横を向かされた。
目の前には健斗さんの綺麗な顔。

「ちょっ、健斗さ……」
「どうしたんですか?何かありましたか?」

そう言われて、健斗さんの顔を見ていたらこれまでのことを思い返して、ああこの幸せな日々が終わってしまうのかと自然に涙がこぼれた。

「うっ……」
「えっ、あっ、すみません……」

ああ、健斗さんの前で泣くの初めてかも。
私が泣くとこんな表情するのか。

「……どうしたんですか?何があったんです?」
「健斗さん……他に好きな人、できました?」
「は?何です?」
「さっき……女の人といるとこ見ちゃった……」
「……」

ああ、やっぱり答えられないんだ。
あーあ……俯きかけた私の目の前に、健斗さんがスマートフォンの画面をかざしてきた。
そこにはさっきの女の人がいた。

「そう……この人……」
「姉です」
「……へ?」
「姉です、これ」

確かによく見てみると、髪の色も健斗さんと同じだし、顔立ちも似てるかも。

「……」
「家族写真も探せば出てくると思いますけど、今からでも探しましょうか?」
「も、もう大丈夫です……」
「……」
「……」
「……私が浮気をしたとでも?」
「だって、いちゃいちゃしてるように見えたんですもん……女の人といるとこ見たって言ったとき、健斗さん黙ってたし……」
「いちゃいちゃ……昔から姉には一方的に弄ばれているんですよ。それに……あの人を女と思ったことがないので女の人と言われてもぴんとこなかったんです」
「そっか……よかった……」
「よくないですよ」
「へ?」
「私としては浮気を疑われたのは心外です」
「だって……」
「ちゃんと愛情表現はしているつもりですが」
「うぅ……」
「まぁ、いいでしょう。同じ状況なら私もなるみさんと同じような勘違いをするでしょうから。それに……」
「それに?」
「泣いてもらえるほど愛されているのがわかったのでよかったです」
「……お腹空きました」

どういう顔をしていいのかわからず、健斗さんに抱き着いてその肩に顔を埋める。
結局、その日は恥ずかしくて健斗さんの顔がなかなか見られなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み