第2話

文字数 1,912文字

眼鏡をかけた男性がツカツカと歩み寄ってくる。
首からかけている社員証には、如月という苗字。
「鈴木さん、データの添付を忘れていますよ」
「えっ、あっ、すみません……」
「気を付けてください」
「はい……」
眼鏡をくいっと上げると、如月という男はすぐに席に戻っていった。
またミスをしてしまった。
今日こそはと思っていても、1日に1回はしょうもないミスをしてしまう。
「なるみさん、今日もミスってたね」
「そうなんですよ……」
同僚とお昼を食べながら、がっくりと肩を落とす。
「今日こそは如月さんに注意されまいと思っていたんですけどね……」
「如月さんっていかにも仕事ができる上司って感じだよね。実際に仕事もできるし。フロアでも地味に人気あるし」
「そうなんですよね」
「でもさ、そういう人に言われるのってプレッシャーよね。それに如月さん、ちょっととっつきにくい感じだから余計に圧があるっていうか」
「そうですかね? 私はとにかくミスをなくして、如月さんに迷惑をかけたくないんですよ……」
結局、その日はそれ以外のミスをすることはなかったものの、特別に仕事ができたという感じでもなかった。
仕事が終わって家に帰ると、そのままベッドにダイブした。
しばらくベッドでゴロゴロして、たらたらと着替える。
ちょうど着替え終わったタイミングで、ガチャリという音とともに玄関が開いた。
すぐに玄関へ走っていく。
「おかえりなさい!」
帰ってきた相手に抱き着く。
「ただいま」
優しい笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてくれる健斗さん。
如月という社員証を首から引っかけて仕事モードになっているときとは完全に別人だ。
健斗さんの胸に顔を埋める。
「ううー、今日もミスしてごめんなさい」
「いいですよ。あれくらいよくあることでしょう」
「毎日毎日絶対にミスしまいと思うのに、全然です……」
「ある日突然とんでもないミスをされるよりは、毎日ちょっとしたミスをされたほうが安心ですけどね」
「健斗さんに迷惑かけたくないのに~」
「迷惑だなんて思ってないですよ」
健斗さんの手が背中に回ってくる。
顔を上げると軽く唇が触れるだけのキス。
「お風呂、入りました?」
「まだです」
「じゃあ一緒に入りましょうか」
ふたりでお風呂に入るのはいつものこと。
一緒に湯船に浸かって体が温まったら、頭も体も健斗さんが全部洗ってくれる。
健斗さんと暮らすようになってからお風呂はもはや全自動みたい。
お風呂上りも優しくタオルで拭いてくれるし、髪だってドライヤーで丁寧に乾かしてくれる。
ルームウェアに着替えてテレビの前に座っていると、健斗さんが私の後ろに座ってそのまま抱きしめるようにお腹へ手を回して、肩と首筋に顔を埋める。
「はぁ……癒される」
「ふふふっ、会社の人、家での健斗さんを見たらビックリするでしょうね」
「まぁ、なるみさん以外にこの姿を見せる気はないですけどね。……恋人と同じ職場というのもなかなかつらいものですね」
「つらいですか?」
「……仕事に集中しているつもりでも、ふとしたときに目で追っていたりする自分が嫌になります」
「んふふ……そうだったんですか~」
体の向きをぐるっと変えて、健斗さんと向き合う。
綺麗な輪郭に手を添えて、ちゅっちゅっと何度もキスをする。
「健斗さんがつらいなら私、転職でもしましょうか?」
「いや、見えないところに行かれるとそれはそれで不安なので」
「不安ですか?」
「なるみさんは人当たりがいいでしょう。わりとすぐに誰とでも仲良くなれるタイプじゃないですか」
「そうですかね?」
「私はわりと煙たがれるタイプなので」
「え~、でも『如月さん、クールでかっこいい!』って子、結構いるんですよ? 私結構ヒヤヒヤしてるんですけど」
「ふふっ、そうですか」
また体の向きをぐるりと変えて、もとの体勢に戻る。
「……仕事をしてるときの健斗さんも好きですけど、家での健斗さんは私以外の誰にも知られたくないです」
「まぁ、私もなるみさんと付き合うまで自分にこういう一面があるとは思いませんでしたよ。……私も家でのなるみさんは誰にも見せたくないですね」
「でも私、家でも外でもそこまで変わってないと思いますけど」
「そうですか? 私はなるみさんの恥ずかしいところをだいぶ知ってるつもりですけど」
「ぐぅ……」
すると、お腹に回されていた手が胸を持ち上げるように動いた。
「……大きくなりましたかね?」
「誰かさんが毎日のように揉むからじゃないですか?」
「まぁ、確かにほぼ毎日してますからね」
「……明日と明後日、休みですけど」
「それは、今日はめちゃくちゃにしてもいいということですか?」
「……いじわる」
「ふふっ、ミスした分、お仕置きしましょうか」
家での健斗さんは甘い。
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