第32話

文字数 2,001文字

(健斗さん目線)
腰を打ち付けると、なるみさんから切なそうな声が漏れる。
上半身が揺れるたびに、柔らかな胸も波打つ。
いつものように眉間にはしわが寄り、涙目で快感に耐えている表情がたまらなく愛おしい。
律動を速めるとそれに比例するように彼女の呼吸も速くなり、枕に彼女の指がよりいっそう食い込む。
体がびくんと跳ねると、懇願するかのような声を上げていってしまった。
呼吸はまだ荒いものの、眉間に刻まれていたしわが薄くなり、徐々にその表情が和らいでいく。
少しとろんとした目と視線がぶつかると、恥ずかしそうにへらっと笑う。
もう何度も何度も見ているのに、可愛くて可愛くて本当に仕方がない。
彼女の唇にキスを落として、唇の柔らかさと熱い口内を味わう。
呼吸の問題さえなければ、一生このままでもいいくらい。
そう思ってしまう自分が気持ち悪い一方で、彼女への気持ちはどうにもおさまりそうになかった。
なるみさんは「んふふふふっ」と笑いながら足を絡め、私の背中に手を回し、甘えるように抱き着いてくる。
ああ、幸せだ。
一般的な基準で言えば、彼女は特別美人というわけではない。
スタイルがいいわけでもない。
それでも、今の私にとって彼女は可愛くて仕方がないし、その体をずっと抱いていたいほど愛おしい。
自分にこういう感情があったことに驚いている。

なるみさんと付き合う前、ひとりの女性と付き合っていた。
相手から何度も何度も告白されて、私が折れるような形で付き合った。
もちろん、もともと相手に対して悪い印象を持っていたわけはなかったし、どちらかというと「いい人なのだろうな」と思っていた。
だからこそ、告白されるたびに気持ちが揺らぐ自分もいた。
ただ、それが恋愛感情なのかというと微妙なままだった。
付き合うようになって、手をつないで、キスをして、当然それ以上のこともした。
その時間がまったく楽しくなかったわけではない。
何気ない会話で笑うこともあったし、相手から刺激されれば自分の体もそれなりに反応した。
その一方で、どこかで一般的な恋人同士の関係をなぞっているだけのような気もしていた。
相手が私のことを好きでいてくれるのはわかっていたが、私の相手に対する思いとバランスがとれていないのがずっと気になっていた。
相手に対して嫌な感情を抱くことはなかったが、だからといって自分が相手に愛情を注げているかというとそれはできていなかったと思う。
結局、相手はそんな私に幻滅して、私はあっけなく振られてしまったのだ。
自分には恋愛感情や愛情といったものが欠けているのではないかと思った。

でもなるみさんと出会ってから、自分にも人並みの恋愛感情や愛情があるのだと気づかされた。
自分の人生で、自ら思いを告げるようなシーンが出てくるとは思わなかった。
彼女の何が好きなのかと問われても、よくわからない。
とにかくすべてが好きで、愛おしくてたまらない。
別々に暮らしていたときは、デートが終わってしまうその瞬間が毎回本当につらかった。
つないだ手を放すのが惜しかった。
仕事をしながらも、頭の中では常に彼女のことを考えていた。
自分の性格上、誰かと暮らすのは到底無理だろうと思っていたが、彼女とは一緒に暮らしたいと思った。
暮らしたいというよりも、自分の家にいてほしいと思ってしまった。
彼女は「一緒に暮らしたら幻滅されちゃうかもしれない」と不安がっていたが、一緒に暮らせば暮らすほど、彼女が愛おしくなっていった。
なるみさんは何をするのにも顔に出やすい。
おいしいものを食べたとき、おいしくないものを食べてしまったとき、機嫌が良いとき、機嫌が悪いとき……とにかくわかりやすい。
彼女はそんな自分が嫌だ、社会人失格だと言うが、私としては顔を見ればすぐにわかるので助かっている。
今では彼女好みの料理を作るのが当たり前になっているし、ベッドの上でもどうすれば彼女が悦ぶか彼女自身より私のほうがわかっている。
機嫌が悪いときに私にきつい物言いをした後でしばらくしてしょんぼりしながら謝ってくるところも、遠慮なく私に甘えてくるところも、仕事が忙しいときには私の声が聞こえなくなってしまうところも、全部が好きだ。
彼女とは違って、私は感情が顔にあまり出ないタイプだ。
でも、今はそれでよかったと思う。
彼女との日々の中で、もし自分の感情が顔に出てしまっていたら、私は常ににやけていただろう。
朝一緒に目覚めて、一緒に食事をして、仕事から帰れば家には彼女がいる。
彼女のために料理を作って、彼女が快適に仕事ができるように部屋を掃除して、彼女のためなら何でもしたいと思う。
彼女と一緒にいられる時間はずっと彼女に触れていたい。
おそらく彼女は私がここまでの感情を抱いているとは思っていないだろう。
彼女が私を思う以上に、私のほうが彼女を思っている。
それが伝わろうが、伝わらまいが、私はただただ彼女との日々をこれからもずっと過ごしていきたい。
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