第36話

文字数 1,700文字

もう何年も風邪を引いていなかったのに、久々にやってしまった。
しかも久々だからか、信じられないくらいしんどい。
風邪ってこんなにきつかったっけ。
頭はガンガンするし、熱っぽいのに体は寒くて震える。
お腹が痛くなったときみたいに、「神様、ごめんなさい。許してください」と心の中で何度も繰り返す。
一番嫌なのは健斗さんに迷惑をかけてしまうこと。
できるだけ早く帰ってくるとは言っていたけど、それすらも申し訳ない。
そのうち、玄関のほうから音がして、健斗さんが両手に荷物を抱えながら慌てた様子で私のところまで駆け寄ってきた。

「ただいま帰りました。なるみさん、大丈夫ですか?少しはよくなりました?」
「おかえりなさい……朝からずっと変わんないです……」
「そうですか。何か食べられそうですか?」
「ううん、食欲ないです……」
「そうですか。とりあえず水分補給だけでもしておきましょう」

そう言うと、健斗さんはスポーツドリンクにストローをさして、飲ませてくれた。
いつもより味が濃く感じて、ものすごくおいしい気がする。
体は相変わらずだるいけど、少しだけ気分が持ち直した。
それから健斗さんは家のことをしながら、こまめに私の様子を見にきてくれた。
一通りのことが終わって、健斗さんも寝る時間になった。
いつもは同じベッドで寝るけど、さすがに今の状況じゃ無理なわけで。
私の枕元に健斗さんが腰かけて、優しく頭を撫でてくれた。

「早く良くなるといいですね。別々のベッドで寝るのは寂しいですから」

健斗さんの優しい声に泣きそうになる。
ああ、行かないでほしいな……そう思いながら熱っぽい頭のまま意識を手放した。
夢の中ではひたすら健斗さんに謝り倒していた気がする。
翌朝、目が覚めたその時点で昨日よりも良くなっているのがわかった。
同時に、左手にひどく力が入っていて、何かを強く握りしめている感覚に気づく。
自分の左手を見てみると、何かの布を握っている。
その布をたどっていくと、健斗さんが昨晩の格好のままベッドに腰かける形で眠っていた。
健斗さんの服を握りしめたまま眠っていたらしい。
……昨日の夜から?
握りしめていた健斗さんの服をゆっくりと手放すと、気配を感じたのか健斗さんも目を覚ました。

「ああ、おはようございます。体はどうですか?」
「おはようございます……だいぶ良くなったような気がします……」
「そうですか。それはよかったです」

健斗さんがまた頭を撫でてくれる。

「健斗さん、あの……もしかして、その状態で一晩……?」
「そうですよ」
「ひぇっ、ごめんなさい……」
「ふふっ、あんな風に言われると私も動けないですよ」
「あんな風?」
「覚えていませんか?」
「全然……」
「私が向こうのベッドに行こうとしたら『行かないで』と。その後、泣きながらいろいろと」
「い、いろいろって……?」
「『めんどくさくてごめんなさい』『嫌いにならないで』とか、そういう感じのことを繰り返し言っていましたね。私もそのたびに『めんどくさいなんて思っていませんよ』『嫌いになんかなりませんよ』と伝えていたんですが、聞こえていませんでしたか」
「全然……記憶にないです……」
「病気になると弱気になるとはいいますが、なるみさんもああいう風になることがあるんですね」
「お、お恥ずかしいところを……本当にごめんなさい……」
「不謹慎かもしれませんけど、すごく可愛かったですよ」
「へ?」
「可愛いというか、愛おしいというか。ずっと寝顔を見ていたいくらいでした」
「そ、それはダメです……というか、あんまり寝れてないなら健斗さん、ちゃんと寝てくださいよ。今日は休みですし」
「大丈夫ですよ。私は座ったままでもしっかりと寝られるタイプですから。朝は何か食べられそうですか?」
「健斗さんの作る朝ご飯、食べたいです」
「ふふっ、わかりました。念のため、今日もゆっくりするんですよ。ご希望であれば、昨日みたいに枕元に座っていますから」
「……風邪、うつっちゃっても知らないですよ」
「それでなるみさんが元気になるならいくらでももらいますよ」
「ふたりそろってダウンする可能性もありますよ?」
「そうならないように、こう見えていろいろしてるんですよ」
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