第26話 秋月城址気さくな小母さん

文字数 887文字

秋月城趾の近くに宿場は存在しない。城の参道には桜並木があり、シーズンには大勢の観光客が集まってくる。参道で初老の親父さんが、店の奥に立っている女性に「チヨ子ちゃーん」と呼び掛けていた。先ほど我々が会って、話をした元気な高齢女性だ。この通りの人気者なのだろう。
 私は「先き程はどうも、お話ありがとうございました」と挨拶し、「チヨコさんもお元気で」と言った。すると「まー!チヨコさんなんて言われたことが無いわ。今晩、嬉しくて眠れないかも」とさらりと言う。気さくな八十八歳の人である。
 城趾参道の脇道を歩いていると、瓦を載せた塀の向こうに、ピンクの桜が咲き、並んでいる。見る人の心を和ませてくれる。冠木門の向こうの方に、高齢の女性を見かけた。頭を下げると向こうも下げた。妻が「庭の花を見せてもらっても、良いですか」と尋ねると「どうぞ、どうぞ」と気さくに応えてくれる。
 和風の庭は、きれいに手入れされており、古風な建物も和建築の立派なものである。「桜の花がきれいですね。庭の手入れも大変でしょう」と相方が話すと「もう八十八歳にもなり、年だから大変ですよ」と木幡さんは言う。洒落た船員帽風な物を被り、赤地に白水玉を散りばめたエプロンを羽織っている。
 「自宅の前の秋月城参道で、食堂を開き、夜には自宅の広間では宴会をしてもらっていました。七十歳を過ぎると、忙しさに体がもたなくなり、辞めました」。今では通りの店を、他の人にやってもらって、のんびり暮らしているという。
 玄関脇に、菜の花が花瓶にさしてあり、椿も別の瓶に生けてある。客を招く心意気を今でも忘れておられないのだろう。平屋のL字型の建物は廊下もあり、百五十年前に建てられたものだという。「古いので、四枚の玄関戸は固くて、開けるのに苦労する」と言いながら、力を入れ開けられた。正面の板の間には見事な飾りや鮮やかな花がある。来る人を迎える心持ちが今でも持ち続けておられる。
 「古風な良いお宅ですね」と言うと「隙間風が入り寒い。寒い」と謙遜して答えられた。「お話して頂いて有難うございます」と言うと「こちらこそ」と優しく応えて頂いた。
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