第15話 呼野(よぶの)宿の環境は

文字数 1,465文字

 秋月街道の徳力宿は、跡片もなく消え去っている。江戸時代にはあったはずの東構口や西搆口の遺構も全てがない。昔の遺跡は、唯一里程標だけとなっている。それも個人の所有物のような扱いである。寂しいことだ。建設工事をする際、遺産保護として、一顧の価値もないとされたのだろう。「待てよ。これは貴重な文化遺産だ」と言う智恵者がいなかったのか。地面を掘り起こし工事する時、土中の文化財の有無で、工事が中断するニュースを見ることがある。明治初期に、歴史文化遺産保護の法律がなく、廃仏棄釈運動と共に破壊されていったということもある。
 次は、呼野宿である。国道三二二号線沿いに、秋月街道の宿場はあるはずだが、今やバイパスが幹線道路になり、街道は旧道になり下がっている。旧道を見過ごし易い。国道から斜め右にそれ、旧道を走っていると、呼野駅の信号があった。
 日田英彦山線の呼野駅で、昔は銅山の採掘が盛んで四千人の人口がいたという。「中には、山の土地を一坪買い、純金を目当てに採掘し、一攫千金を狙う人たちも居た」と、地元の人が語る。東の方角に、平尾台が、九州最大の石灰岩カルスト地形の勇姿を見せている。石灰石はセメントの主原料として用いられる。
 採掘で山の上層部は、広い範囲で削られた白い肌が見える。三菱マテリアルという会社が大規模に採掘を続けている。山の上部は、一キロ四方の広場が削られ、作業場となっているらしい。爆破した石灰岩をダンプトラックが積み、立坑の投入口に岩石を一挙に投下する。立坑の下部に地下工場があり、工場の中で破砕機によって石灰石が粉砕される。システム化され、続々と石灰岩を削り取っているようだ。日本経済には欠かせない事業だが一種の自然環境の破壊を伴う。
 車で通過する我々には、「山間の緑多きなかに、白肌が見え、長閑で静かな町だな」と想像させる。住む人にとっては、良くない環境らしい。「岩山に、爆薬を装填し、発破を仕掛け、木端微塵に破壊する。ダイナマイトの爆破音や、岩石を砕く機械の騒音が、山間に谺する」という。私が、平尾山の眺めを、気持ちよく堪能していると、突然、ドカーンと大きな音がした。「鹿威しの仕掛けかな」と、一瞬思った。それは、岩盤を爆破する騒音だったのだ。巨大な粉砕された岩が石の粉塵となり、空中に飛散し、周囲に舞い降りてくる。村は薄い砂埃で覆われ、木々の葉も灰色のベールを被らされる。昔は、なんらの対策もされずに、村人の大迷惑を顧みられず、事業は継続されていた。
 「現在は、地域住民を交え、安全委員会が組織された。徐々に、悪環境は改善されつつある」と地元の人はいう。耐えられず古里を捨て、転居者も増え、人口は減り、街道沿いの空き家も多い。事業開発が優先され、旧宿場の史跡らしいものは、ほとんど無くなった。
「お糸さんの碑」があった。大昔、農業用水の溜め池を作るときに、難工事が続いた。神様の怒りに触れ、工事を差し止められたのだろうと村人は考え、「人身御供」しか解決方法はないと判断した。「十四歳の娘が人柱になった。「自ら志願していった」と言い伝えがある。何たる残酷物語、考えた人が犠牲になればいいのに、無慈悲な呪いである。 
通りは無人で「ここに、里程標があったという看板が、ポツンとあったが、その他の宿場の遺跡を見付けられなかった。しかし、徳力宿と違い、あっさりと呼野宿が見つかり、安心した。
 詳しくは、人に出くわさなかったので、充分な情報を集めることができなかった。また後日、訪ねて、楽しい人との出会いを見つけることにした。
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