第21話 大隈宿の北斗宮と母里太兵衛

文字数 1,996文字

 大隈宿を探しに出かけた。およそ見当をつけた通り道で、車を止め、老婦人に訊くと「一宮神社・北斗宮というのが古くからあるので、聞いてみたらどうですか」と教えてくれた。
 通り道にある北斗宮に行くと、石の由緒書きがあり、歴史は古く、諸種の謂われが書いてある。石段五十段を上がると、社があった。拝殿には武者絵らしきものが四方の壁に架かっている。まだ顔料も鮮やかな一枚の絵が、迫力ある描写をされていた。筋骨隆々の侍が、二の腕を出して、横たわる侍の足を揉んでいる。大きな板絵で表情も見応えがある。安政六年と江戸末期の年号も見える。ネット上で北斗宮の絵馬と検索すると、「柴田勝家が羽柴秀吉の足を揉んでいる絵だ」と説明されていた。いろいろな人が訪れ、ブログで写真をアップしているのだ。
 歴史を見ると、柴田と羽柴は織田信長に仕え、柴田は筆頭家老まで昇進し、羽柴も重要な役職についていた。本能寺の変で信長が殺され、羽柴が石田三成を打ち、主君の仇討ちをした。主君亡き後、柴田と羽柴の勢力争い。柴田は破れ、妻で信長の妹のお市の方と自決した。
 神社の絵馬は「年長で先輩の柴田が羽柴の足を揉む絵である」有り得ない話だ。これは後で調べて分かったことだった。神主に会った時点で、その真否を尋ねればと悔やまれた。
 神主らしい人が車で出かけようとした「大隈宿はこのあたりでしょうか?」と尋ねた。「この先のラーメン屋の所を、左に曲がった所では」と教えてくれた。
 山に向かって車を走らせたが、人気の無い所に公園があって、掲示もなく、何も無かった。後で調べると、益富城跡であった。驚いたことに「豊臣秀吉の張り子の一夜城」で秋月種身を降参させた場所であり、大隈村民も大勢手伝ったという。秀吉は彼方此方で、この戦法を使って、敵方を陥れていたらしい。
 益富城は、後に黒田節の母里太兵衛の居城になった。からめ手門が村に移設され、麟翁寺には、母里の墓も残っている。 益富城の廃城後は、秋月街道の大隈宿として栄え、玉の井酒造は国の登録文化財で本陣跡だという。日曜休みで話が聞けず残念だったが、聞く人もいないので確証は掴めなかった。後日、電話で役場に確認すると「嘉麻警察署から玉の井酒造までが宿場だった」という。
 郷土史に詳しい職員は「一宮神社の絵馬は軍記物の内容を描いた物が多い。当地は秀吉が大隈の地で戦った時、村人と親交を深め、一連の思い出として描かれたものだろう」という。
 母里太兵衛友信といえば、彼を敬愛する男が長崎街道の内野宿にいた。宿場の脇本陣の長崎屋が雛人形を展示していた。元美人の面影ある女将さんがお茶を出し、黒田節の母里を敬愛する男がいると言う。障子の向こうの部屋から法被姿の男性が、こちらを誰何するようにやってきた。「お雛様ではなく、この建物や宿場の歴史に興味があるのですが」と私が言うと、男の眼がキラリと光った。「小奴何者?敵の回し者では?」「それほどの者でなく、ただのオツサンです」と言った。
この家の歴史を語り出した。内野宿は黒田藩主の命により、母里太兵衛が造成建築したものだという。「一階の雛飾り壇の部屋は天井が高い。二階が倉庫で道中備品を専用に置く部屋である」と説明。荷物を納める箱は長さ一間・幅半間高さも半間の木箱だ。担ぎ棒で何人かで運んだらしい。重労働だったろう。
 次の間は「家来が待機しており天井が低い。敵が侵入しても刀を振り回せないためだ」という。建築は戦国時代の様式で、廊下を歩く途中、ギシッと音がする。敵が忍び込んだ際、気付くように細工してある。
 奥が殿の部屋である。床の間には刀置きがあり、隅に茶の湯の、小さく畳敷が切ってある。床の間の前に長い槍が鎮座する。母里太兵衛が主君の使者として年賀の挨拶に行った処、豪快な福島正則は酒の飲み比べを挑んだ。「お前が勝てば、好きなものを持っていけ」と宣った。
 母里は巨漢であった。百九十センチで体重百キロはあったらしい。福島はべろべろ酔っぱらうが、母里は三尺の盃の酒を何杯も空け、長い槍を頂戴した。それは天皇が足利義昭に下され、信長・秀吉・福島に渡った由緒ある槍「日本号」だった。
 博多人形の母里太兵衛が棚にある。人形師を訪ね熱く母里のことを語る男の情熱に「こ
の人形、持っていけ」とタダでくれたらしい。
 箱階段を使い二階へ上がると、廊下の最初の部屋は家老が泊まる。窓からは宿場の様子が眺められ、敵をいち早く監視できる。次の間が女性の召使の部屋となる。
説明は専門的で詳しく、納得させられた。「国の補助金で今年補修が予定されており令和三年十一月には完成する。その時はどうぞお越しを」と言う。歴史に忠実に再現したくて文化庁の学芸員が調査を終え復元工事を行うという。「これは手帳に書かないで」と秘密めいた事を言う。「うーむ!あなたこそ何者?」という話しがあった。
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