第44話 実はとっても頼れる人?

文字数 3,190文字

「で、どうして中森さんも一緒なの?」

 会社から歩いて五分くらいにあるおソバ屋さんに私たちは来ていた。

 お店の座敷に案内されたのは私と三浦部長、優子さん、そして途中で合流した新村くんとなぜかついて来た中森さんの五人。人数も多いので喫茶店で話すのをやめて近所のおソバ屋さんで座敷を借りることにした。

「あによ、あたしが居たら困ることでもあるの?」

 目を吊り上げて中森さんが睨んでくる。細かくウェーブした茶髪が一瞬で茶色い蛇たちに変化した。

 どの蛇も私に「シャーッ!」と威嚇してくる。

 ああ、レディースとか極道の女に思えた頃が懐かしい。

「聖子、俺たちはこれから大事な話をしないといけないんだ。部外者には聞かせられないんだよ」

 新村くんが外でも言っていたセリフを繰り返す。いつもはにこやかな新村くんなのに少しだけ表情が硬かった。真面目な話をしようとしているからかな?

「まあまあ、別にいいじゃない」

 間に割って入ったのは優子さんだ。

「中森さんはその……ね?」

 意味ありげに優子さんが中森さんに微笑む。

 うっ、と僅かに中森さんがたじろいだ。気のせいか蛇たちも大人しくなったような感じがする。

「優子がいいなら構わないんだろ。それで? 僕の後任ってどういうことなんだ?」
「えっとね」

 優子さんが中空に目をやった。まるでそこにカンペでもあるかのように話しだす。

「私、北沢副社長に呼び出されたのよ。それでたっちゃんのクビを切るから後任を決めるって言われちゃって。そんなの私を巻き込まないで自分たちだけで適当に決めればいいじゃないの。ああっ、面倒くさいっ!」
「早見さん、本音が漏れてますよ。あと自分の仕事完全に放棄してますよね?」

 新村くんがつっこむけど、優子さんはそれを無視する。エキゾチックな美人が台なしになるくらい彼女は頬を膨らませた。

 三浦部長が質問する。

「で、僕の後任は決まったのか?」
「大阪支社から引っ張ってくるみたいよ。私もプロフィールを見たけど能力的にはたっちゃんほどじゃないわね。でもまあ、副社長側の人たちって総じてそんなものだし」
「大阪支社からって、元集英商事にいた長谷部(はせべ)さんですか?」

 中森さんの問いに優子さんが目を瞬いた。

「そ、そういえばそんなことも書いてあったわ。中森さん、彼を知ってるの?」
「直接の面識はありませんが。そうなんですか、彼をねぇ」

 ニヤリ。

 中森さんが口許を緩める。何だかものすごく悪い笑みだ。

「……」

 あ。

 私は北沢先輩のときのことを思い出した。と同時に背筋がぞくりとする。

 あれかな?

 お友だちネットワークかな?

 それで何かを知ってるのかな?

「どんな奴なんだ?」

 新村くんが尋ねる。

 中森さんがぱっと可愛らしい笑みに変じた。声も一オクターブ高くなる。

「聞きたい? ねぇ、聞きたい?」
「そうだな、ぜひ聞かせてもらおうか」

 答えたのは三浦部長だ。

 彼はやや不機嫌そうに口を曲げ、中森さんを見つめていた。ひょっとすると真面目な話をしているのに新村くんに媚びようとしている中森さんの態度が気に入らなかったのかもしれない。

「まゆかもこのくらい可愛く僕に接してくれたらなぁ」

 三浦部長が早口につぶやくがその声は小さすぎて私には聞こえない。

 てか、ここでその悪癖ですか。

 数秒その場にいた全員が黙った。そういやこういう間を「天使が通った」とか言うんだよなぁとか思っているとコホンと三浦部長が咳払いした。

 ややばつが悪そうに顔を赤らめながら彼は尋ねる。

「で、その長谷部とはどんな奴なんだ?」
「あ、はい。そうですね、あくまで私の印象ですが彼のような上司がいたら部下は苦労するでしょうね。指示は気まぐれだし、手柄は独り占めするし、自分のミスをカバーさせる癖に他人のミスは知らんぷりするし……それでも表向きは会社に貢献していることになっているので上層部の受けはいいんです。まあぶっちゃけクズなんですけどね。おまけに女癖も悪くてかなりの人数を泣かせているとか。集英商事にいられなくなったのもそれが原因らしいですよ。まあ、表向きはうちの会社の引き抜きってことになってますけどね」
「……」

 ワォ。

 何そのいかにも後でざまぁされますって感じの人。

 そんなのが三浦部長の後任になるなんて嫌だなあ。

「わぁ、最悪。私そんな奴の人事に加担させられちゃったんだ」

 優子さんが大袈裟なくらいのオーバーアクションで天を仰いだ。

「私の人事としてのキャリアに傷がつくわぁ。そんな奴だなんてプロフィールには一言も書いてなかったわよ。もし知ってたら全力でこの件潰してるのに」
「……」

 えっ?

 優子さん、その気になってたら潰せたんですか?

 だったら潰してくださいよ。

 私の心を代弁するかのように中森さんが言った。

「早見課長、いっそ本当に潰してくれませんか? あたし、あんなクズが本社に来るだなんて我慢できません。あれならミジンコとかゾウリムシのほうがよっぽどマシです」
「いやいや、私より中森さんのほうができるんじゃないの?」
「ええっ?」

 私は吃驚して中森さんを見た。

 彼女はちょっと面倒臭そうな顔をしている。いつの間にか茶色い蛇たちも細かなウェーブの髪に戻っていた。

 うーん、と中森さんは一つ唸り少し困ったように眉をハの字にする。

「あのー何か誤解されてるようですけどあたしそんなに力とかないですよ。あたしはただの経理。ドラマじゃあるまいし、特殊な任務に就いていたり裏課業をしていたりなんてしていませんよ」
「……」

 あれ?

 中森さん、どうしてそんなに焦っているのかな?

 それにちょい冷や汗かいてるよね?

「……」

 ……え。

 そうなの?

 会社の経理って、もしかして表の顔?

 私、実はとっても頼れる人とお友だちになっていたとか?

 中森さんと目が合う。

 彼女は私の考えを察したのかうんざりしたようにため息をついた。クソデカため息ってこういうのを言うんだよね。

「だ・か・ら、そんなんじゃないっての」
「う、うん。そうだよね」

 気圧され私はこくこくとうなずいた。

 ううっ、中森さんって目デューサじゃなくても怖い。

 びくびくしていると三浦部長が言った。

「よし、僕の後任の件はこれでわかった。優子は可能な範囲でいいから異動の日取りを遅らせてくれ。新村くんは彼女のサポートを頼む」
「潰さなくていいの?」

 優子さんが部長を見上げる。

 今度は部長がニヤリとした。

「出来るのなら潰して欲しい。だが、無理をして君までおかしなことになっても困るからな。一応ヨツビシをどうにかすれば処分はなしになるってことになっている。その場の口約束だったとしても約束は約束だ。いざとなれば武田常務が証人になってくれる」
「あの」

 中森さんが片手を挙げた。

「あれですよね。ヨツビシ工業の福西部長をどうにかすればいいんですよね。それならあたしにも協力できると思うんですけど」
「いいのか?」

 三浦部長の中森さんを見る目が変わった。どこか頼もしいものを見るような目だ。

 私は確認する。

「あ、荒っぽいことはしちゃ駄目だよ」
「あたしがそんなことする訳ないでしょ」

 フンと鼻を鳴らして彼女は胸を張った。

 羨ましいくらい豊かなお胸だ。

 きっとあの二つの膨らみは何でもできる証拠なんだろう。

 彼女は私にだけ聞こえるような声でそっとささやいた。
「あんたと三浦部長をくっつけるためにもこの危機は乗り越えないとね」
「中森さん」

 つい胸がじーんと熱くなった。

 やっぱり中森さんはいい人だ。怖いところもあるけどいい人だ。

 それにめっちゃ可愛いし、いい匂いもするし。

「で、あんたと三浦部長がうまくいけば新村くんも目が醒めるでしょうし。あたしと新村くんの将来のためにもここはお互い頑張りましょうね」
「……」

 中森さん。

 私はジト目で彼女を睨んだ。

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