第52話(おまけ2)あれ? 何でだろう、もやもやする
文字数 2,144文字
*
「はぁ……」
暗めの照明とムーディーな曲が静かに流れるバーのカウンターで私はため息をついた。
この店はカドベニ本社の最寄り駅から二つ先の駅に近いところにある小さなバーだ。中森さんの馴染みのお店らしい。私は会社帰りに彼女に誘われて来店していた。
こういう店は知らない訳じゃないけど滅多に利用しないので居心地は少々悪い。でもそれはお店のせいではなくて全て私のせいだ。
セルフダメージになりそうだけど私がこんなお店に向いてないのはわかっている。
はいはい、どうせ子供っぽいですよ。けど、私これでも二十九歳なんですよ。アラサーなのに子供っぽいとはこれ如何に?
うん、三浦部長ならきっとこの手のお店が似合う。武田常務とかもしっくりくるだろうなぁ。
あとは優子さん? 中身はともかく見た目はエキゾチックな美人だし。黙っていたらすんごい絵になるよね。
他はえーと、北沢先輩?
あーでも先輩だと隣に誰か女の子がいそうだなぁ。新村くんとは別の意味でモテそうだし。
うーん、柱谷課長とかはバーより居酒屋って感じ? あんまりバーで飲むようなイメージってないんだよね。何だかちょいお子様だし。可愛い系イケメンだからかな?
などと思考を巡らせていると……。
「あんたね」
隣に座っていた中森さんが呆れたように言った。
彼女の前で琥珀色のカクテルの氷が溶けてカランと音を鳴らす。
「さっきからため息ばっかりじゃない。せっかく想い人と付き合えるようになったんだからもっと幸せそうにしなさいよ」
「えーだって」
私は口を尖らせた。
「三浦部長、チキンカレーのお店に行ってから全然構ってくれないんだもん。そりゃ、仕事が忙しいのはわかるけど」
「だったら諦めなさい。あんたがそんなだと酒が不味くなるわ」
「中森さんは新村くんとよりを戻せそうなの?」
「いや、戻すも何もまだ別れてないし」
「……」
中森さん。
そろそろ現実を認めた方がいいよ?
内心つっこみつつ私は淡い青色のカクテルを傾ける。どこかの海を連想しそうな透き通った青さのお酒は弱めの炭酸もあって爽やかな気分を誘う。
けれどやっぱり沈んでいた気分が勝って私はまたため息をついた。
もう、と中森さん。牛ですか? そのおっきなお胸は牛なんですか?
極道の女もレディースもメデューサも全部やめて今度は牛になるんですか?
とはもちろん言わず。だって中森さん恐いし。
「そんなに暗くなるんだったらいっそ付き合うのやめちゃえば? 男は他にもいるでしょ? ほら、あの北沢さんとか」
「えー」
「いやあんたあの人とデートしてたじゃない。忘れたとは言わせないわよ」
「えっ、あれデートじゃないし。あんなのただのお食事だよ」
「お手々繋いでポケットにインまでしながら歩いてたじゃない。まだ証拠の動画もあるのよ、観念しなさい」
「……」
中森さん。
どうしてそんなやばいものとっておくかなぁ。
消して欲しいんですけど。
私はむうっとしながら小皿に盛られたピクルスを一つ摘まむ。ぽいっと口に放り込んでモグモグと咀嚼した。
口内の酸っぱさをカクテルで洗い流すと少しだけ気が晴れる。でもすぐに我ながら食い意地が張っているなと余計にテンションが下がった。
中森さんがスティックサラダに手を伸ばす。
「別れたくないのなら待ってるんじゃなくて自分から誘ったら? あんた三浦部長のスケジュールくらい把握してるんでしょ?」
「っ!」
ワオ。
何ということでしょう。
私、中森さんに言われるまで全然思いつかなかったよ。
「そ、そうだね。私、部長を誘ってみる」
言いながらスマホを取り出した。
頭の中で部長の予定を確認しながらメッセージを打ち込む。部長と会いたい気持ちが指を動かし自分でも驚くくらい滑らかに入力できた。
ポチッと最後に送信ボタンを押すと私はほうっと息をついた。
中森さんが肩をすくめる。
「いや、今やれとは言ってないんだけど……まあいいわ」
「うん」
「で、何て書いたの?」
「明日の朝四時半に会社近くのファミレスで早朝デートしましょうって」
「時間早っ!」
中森さんが絶句した。何故だ。
納得できずにいるとスマホが震えた。
「あっ、部長からだ」
「三浦部長の反応も早っ!」
中森さんが軽く引いてるけど気にしない気にしない。
私は期待に胸を膨らませつつ部長からの返信を読んだ。
君は僕を寝かせないつもりか?
時間ならどうにか都合つけるから明後日まで待ってくれ。君の食べたい物を幾らでも食べさせてあげるよ。
「……」
わぁ、どうしよう。
こんな素敵なお返事が来るなんて、私ってもしかしなくても幸せ者?
明後日がすごく楽しみ。何を食べようかなぁ。
私は嬉しさのあまり小躍りしたくなった。
踊らないけど。
「あんたねぇ、急にニヤニヤしだしたら気持ち悪いでしょ。というかまさか早朝デートするんじゃないでしょうね?」
中森さんがスマホを覗いて来ようとしたので私は彼女の方へ画面を向けた。
ほーら、どう?
私、やったよ。
ね、どう? 羨ましい?
「……あんた」
中森さんが憐れむような目をした。
しばし私を見つめてから彼女は頭を優しく撫でてくる。
「うん、良かったわね。美味しい物いっぱい食べてきなさい」
「……」
あれ?
何でだろう、もやもやする。
「はぁ……」
暗めの照明とムーディーな曲が静かに流れるバーのカウンターで私はため息をついた。
この店はカドベニ本社の最寄り駅から二つ先の駅に近いところにある小さなバーだ。中森さんの馴染みのお店らしい。私は会社帰りに彼女に誘われて来店していた。
こういう店は知らない訳じゃないけど滅多に利用しないので居心地は少々悪い。でもそれはお店のせいではなくて全て私のせいだ。
セルフダメージになりそうだけど私がこんなお店に向いてないのはわかっている。
はいはい、どうせ子供っぽいですよ。けど、私これでも二十九歳なんですよ。アラサーなのに子供っぽいとはこれ如何に?
うん、三浦部長ならきっとこの手のお店が似合う。武田常務とかもしっくりくるだろうなぁ。
あとは優子さん? 中身はともかく見た目はエキゾチックな美人だし。黙っていたらすんごい絵になるよね。
他はえーと、北沢先輩?
あーでも先輩だと隣に誰か女の子がいそうだなぁ。新村くんとは別の意味でモテそうだし。
うーん、柱谷課長とかはバーより居酒屋って感じ? あんまりバーで飲むようなイメージってないんだよね。何だかちょいお子様だし。可愛い系イケメンだからかな?
などと思考を巡らせていると……。
「あんたね」
隣に座っていた中森さんが呆れたように言った。
彼女の前で琥珀色のカクテルの氷が溶けてカランと音を鳴らす。
「さっきからため息ばっかりじゃない。せっかく想い人と付き合えるようになったんだからもっと幸せそうにしなさいよ」
「えーだって」
私は口を尖らせた。
「三浦部長、チキンカレーのお店に行ってから全然構ってくれないんだもん。そりゃ、仕事が忙しいのはわかるけど」
「だったら諦めなさい。あんたがそんなだと酒が不味くなるわ」
「中森さんは新村くんとよりを戻せそうなの?」
「いや、戻すも何もまだ別れてないし」
「……」
中森さん。
そろそろ現実を認めた方がいいよ?
内心つっこみつつ私は淡い青色のカクテルを傾ける。どこかの海を連想しそうな透き通った青さのお酒は弱めの炭酸もあって爽やかな気分を誘う。
けれどやっぱり沈んでいた気分が勝って私はまたため息をついた。
もう、と中森さん。牛ですか? そのおっきなお胸は牛なんですか?
極道の女もレディースもメデューサも全部やめて今度は牛になるんですか?
とはもちろん言わず。だって中森さん恐いし。
「そんなに暗くなるんだったらいっそ付き合うのやめちゃえば? 男は他にもいるでしょ? ほら、あの北沢さんとか」
「えー」
「いやあんたあの人とデートしてたじゃない。忘れたとは言わせないわよ」
「えっ、あれデートじゃないし。あんなのただのお食事だよ」
「お手々繋いでポケットにインまでしながら歩いてたじゃない。まだ証拠の動画もあるのよ、観念しなさい」
「……」
中森さん。
どうしてそんなやばいものとっておくかなぁ。
消して欲しいんですけど。
私はむうっとしながら小皿に盛られたピクルスを一つ摘まむ。ぽいっと口に放り込んでモグモグと咀嚼した。
口内の酸っぱさをカクテルで洗い流すと少しだけ気が晴れる。でもすぐに我ながら食い意地が張っているなと余計にテンションが下がった。
中森さんがスティックサラダに手を伸ばす。
「別れたくないのなら待ってるんじゃなくて自分から誘ったら? あんた三浦部長のスケジュールくらい把握してるんでしょ?」
「っ!」
ワオ。
何ということでしょう。
私、中森さんに言われるまで全然思いつかなかったよ。
「そ、そうだね。私、部長を誘ってみる」
言いながらスマホを取り出した。
頭の中で部長の予定を確認しながらメッセージを打ち込む。部長と会いたい気持ちが指を動かし自分でも驚くくらい滑らかに入力できた。
ポチッと最後に送信ボタンを押すと私はほうっと息をついた。
中森さんが肩をすくめる。
「いや、今やれとは言ってないんだけど……まあいいわ」
「うん」
「で、何て書いたの?」
「明日の朝四時半に会社近くのファミレスで早朝デートしましょうって」
「時間早っ!」
中森さんが絶句した。何故だ。
納得できずにいるとスマホが震えた。
「あっ、部長からだ」
「三浦部長の反応も早っ!」
中森さんが軽く引いてるけど気にしない気にしない。
私は期待に胸を膨らませつつ部長からの返信を読んだ。
君は僕を寝かせないつもりか?
時間ならどうにか都合つけるから明後日まで待ってくれ。君の食べたい物を幾らでも食べさせてあげるよ。
「……」
わぁ、どうしよう。
こんな素敵なお返事が来るなんて、私ってもしかしなくても幸せ者?
明後日がすごく楽しみ。何を食べようかなぁ。
私は嬉しさのあまり小躍りしたくなった。
踊らないけど。
「あんたねぇ、急にニヤニヤしだしたら気持ち悪いでしょ。というかまさか早朝デートするんじゃないでしょうね?」
中森さんがスマホを覗いて来ようとしたので私は彼女の方へ画面を向けた。
ほーら、どう?
私、やったよ。
ね、どう? 羨ましい?
「……あんた」
中森さんが憐れむような目をした。
しばし私を見つめてから彼女は頭を優しく撫でてくる。
「うん、良かったわね。美味しい物いっぱい食べてきなさい」
「……」
あれ?
何でだろう、もやもやする。