第16話 自分で天使って言いますか
文字数 2,395文字
就業時間まであと五分というところで優子さんが第二事業部に現れた。
「まーちゃん、社員食堂のおばちゃんから聞いたわよぉ」
書類を作成していた私はキーボードを打つ手を止める。声のほうを向くと優子さんがご機嫌な笑顔で近づいて来ていた。
「新村くんからプロポーズされたんだって?なかなかやるねぇ」
「……」
確かにプロポーズされたけどあれってよく考えるとノリで言ってきただけだよね。
付き合ってる訳でもないし。
本人は本気みたいなこと口にしていたけど新村くんだからなぁ。
期待に満ちた優子さんの眼差しにちょっとだけたじろぎつつ私は返す。
「プロポーズなら断りましたよ」
「え?」
優子さんが目を丸くした。口をあんぐりと開けるおまけ付きだ。
彼女との温度差を感じつつ私は続けた。
「私、新村くんとは付き合えません。優子さんにはいろいろと気を遣わせてしまって申し訳ないんですけど」
「いやいや私のことはどうでもいいから、それより正気? 相手は新村くんだよ? 他の女の子だったら絶対に即OKしちゃう物件だよ?」
「まあ、そうなんですけど」
私は優子さんから三浦部長のデスクへと視線を移した。常務との面会の後も会議が詰まっている彼はきっとまだ会議室だろう。主のいないデスクが妙に寂しげに見える。
この忙しいスケジュールの中に私とのお弁当タイムを挟んでくれたのだと思うと胸がきゅんとした。
私のために時間を割いてくれる彼の優しさが堪らなかった。もうこれだけで今夜はゆっくり眠れそうだ。
夢だって幸せなものを見れるに違いない。
私の視線を追った優子さんがはぁとため息をついた。
「もう、こんなときにいないなんてたっちゃんは駄目上司だなぁ」
「……」
優子さん。
三浦部長は有能で素敵な上司ですよ。
優子さんが一万人いても叶わないレベルです。
声にするとアレなので一応黙っておく。喉から出そうだったけどギリギリ我慢した。
「でも仕方ないかぁ。たっちゃんもいろいろあるしね。常務にお見合いを勧められているし」
「えっ」
お見合い?
聞き捨てならない単語に私は反応した。
ドキリと鳴った胸の鼓動がきっかけを得たように激しくなる。
今、お見合いって言ったよね?
三浦部長が?
誰と?
「あ、あの、部長がお見合いって」
「ん?」
優子さんがきょとんとした。
私は動揺を悟られぬよう注意しつつ質問を重ねる。
「お見合い話なんて来ているんですか、部長に」
「うん」
優子さんが小さく首肯した。
「私も秘書課の子から聞いたんだけどね。何でも常務の親戚の娘さんらしいよ」
「……」
えっ?
それ、もしかしてまずくない?
うっかりお見合いを断ったりしたら出世に響くんじゃ。
となるとお見合いは避けられないか。
でもっていざお見合いをしたら相手が三浦部長のことを気に入っちゃって、本人の意思とは関係なく話が進んじゃって、あれよあれよという具合に結婚までの流れが決まっちゃって。
え?
え?
え?
部長、常務と親戚になっちゃうの?
……じゃなくて!
「部長、結婚しちゃうんですか?」
つい声が大きくなってしまった。
私ははっとして自分の口を片手で塞ぐ。あたりを見回すと部内にいた人たちの何人かがこちらを見ていた。羞恥で耳が熱くなってくる。穴があったら入りたい。
というか床をぶち抜いて逃げ出したい。
下の階の人たちには大迷惑かもだけど。
優子さんが苦笑した。
「いや、お見合いをしたからって必ず結婚とはならないよ、たぶん」
「……」
優子さん。
たぶんって何ですかたぶんって。
もっとはっきり否定してください。
「まあ、たっちゃんもこの人ならってならないとも限らないし、ああいうのもご縁だからね。お互いに良しとなればそのまま話も進むかも……」
「そんな」
私はきゅうっと胸が痛くなる。三浦部長が私の手の届かないところに行ってしまうようなとても切ない気分になった。
「でもまーちゃんには関係ない話だよね。新村くんからもベタ惚れされているんだし。他の男なんてどうでもいいでしょ」
どうやら優子さんは新村くんと私をくっつけるのを諦めていないようだ。
てか、優子さん自身は三浦部長がお見合いをしても平気なのかな。
私はじっと彼女を見つめた。
「あの……」
「ん? なぁに?」
「その、優子さんは平気なんですか。部長がお見合いするかもしれないっていうのに」
「うーん」
優子さんが目を閉じて腕組みした。
「正直、あんまり平気でもないんだよね。何て言うかこう、胸の奥でざわざわするみたいな」
「……」
え?
それって、もしかして。
え?
優子さん、まさか部長のこと……。
私がまた頭の中をぐるぐるさせていると優子さんは言葉を接いだ。
「私も独身が長いし、たとえお見合い結婚でも先を越されるなんて癪に障るじゃない? しかもたっちゃんに、だよ。確かにルックスはいいしお金持ちだし実績もあるけどたっちゃんなんだよ? そこらの女に負けるより悔しいじゃない。いっそこのお見合いでたっちゃんがヘマしてくれないかなぁって思ったりするんだよね」
「……」
違いました。
恋愛感情、微塵もないんですね。
私はどっと力が抜けるような感覚に陥る。どうにか椅子から転げ落ちずにいると優子さんがため息をついた。
「全く、常務もどうせなら私に声をかけてくれればいいのに。今ならお買い得だよ。くっつかないしゃもじのおまけ付きだよ」
「……」
優子さん、言ってることが意味不明です。
というかどこかの通販ですか?
優子さんが目を開けた。
「そもそもこんなに美人でキュートで天使な私が独り身ってどういうことなのよ。うちの会社の男共ってどいつもこいつも目が節穴なんじゃない? まーちゃんにさえ新村くんがいるっていうのに」
「……」
優子さん。
自分で天使って言いますか。
あと何気に私にケンカ売ってます?
私はジト目で彼女を睨みつつ口を尖らせた。
「まーちゃん、社員食堂のおばちゃんから聞いたわよぉ」
書類を作成していた私はキーボードを打つ手を止める。声のほうを向くと優子さんがご機嫌な笑顔で近づいて来ていた。
「新村くんからプロポーズされたんだって?なかなかやるねぇ」
「……」
確かにプロポーズされたけどあれってよく考えるとノリで言ってきただけだよね。
付き合ってる訳でもないし。
本人は本気みたいなこと口にしていたけど新村くんだからなぁ。
期待に満ちた優子さんの眼差しにちょっとだけたじろぎつつ私は返す。
「プロポーズなら断りましたよ」
「え?」
優子さんが目を丸くした。口をあんぐりと開けるおまけ付きだ。
彼女との温度差を感じつつ私は続けた。
「私、新村くんとは付き合えません。優子さんにはいろいろと気を遣わせてしまって申し訳ないんですけど」
「いやいや私のことはどうでもいいから、それより正気? 相手は新村くんだよ? 他の女の子だったら絶対に即OKしちゃう物件だよ?」
「まあ、そうなんですけど」
私は優子さんから三浦部長のデスクへと視線を移した。常務との面会の後も会議が詰まっている彼はきっとまだ会議室だろう。主のいないデスクが妙に寂しげに見える。
この忙しいスケジュールの中に私とのお弁当タイムを挟んでくれたのだと思うと胸がきゅんとした。
私のために時間を割いてくれる彼の優しさが堪らなかった。もうこれだけで今夜はゆっくり眠れそうだ。
夢だって幸せなものを見れるに違いない。
私の視線を追った優子さんがはぁとため息をついた。
「もう、こんなときにいないなんてたっちゃんは駄目上司だなぁ」
「……」
優子さん。
三浦部長は有能で素敵な上司ですよ。
優子さんが一万人いても叶わないレベルです。
声にするとアレなので一応黙っておく。喉から出そうだったけどギリギリ我慢した。
「でも仕方ないかぁ。たっちゃんもいろいろあるしね。常務にお見合いを勧められているし」
「えっ」
お見合い?
聞き捨てならない単語に私は反応した。
ドキリと鳴った胸の鼓動がきっかけを得たように激しくなる。
今、お見合いって言ったよね?
三浦部長が?
誰と?
「あ、あの、部長がお見合いって」
「ん?」
優子さんがきょとんとした。
私は動揺を悟られぬよう注意しつつ質問を重ねる。
「お見合い話なんて来ているんですか、部長に」
「うん」
優子さんが小さく首肯した。
「私も秘書課の子から聞いたんだけどね。何でも常務の親戚の娘さんらしいよ」
「……」
えっ?
それ、もしかしてまずくない?
うっかりお見合いを断ったりしたら出世に響くんじゃ。
となるとお見合いは避けられないか。
でもっていざお見合いをしたら相手が三浦部長のことを気に入っちゃって、本人の意思とは関係なく話が進んじゃって、あれよあれよという具合に結婚までの流れが決まっちゃって。
え?
え?
え?
部長、常務と親戚になっちゃうの?
……じゃなくて!
「部長、結婚しちゃうんですか?」
つい声が大きくなってしまった。
私ははっとして自分の口を片手で塞ぐ。あたりを見回すと部内にいた人たちの何人かがこちらを見ていた。羞恥で耳が熱くなってくる。穴があったら入りたい。
というか床をぶち抜いて逃げ出したい。
下の階の人たちには大迷惑かもだけど。
優子さんが苦笑した。
「いや、お見合いをしたからって必ず結婚とはならないよ、たぶん」
「……」
優子さん。
たぶんって何ですかたぶんって。
もっとはっきり否定してください。
「まあ、たっちゃんもこの人ならってならないとも限らないし、ああいうのもご縁だからね。お互いに良しとなればそのまま話も進むかも……」
「そんな」
私はきゅうっと胸が痛くなる。三浦部長が私の手の届かないところに行ってしまうようなとても切ない気分になった。
「でもまーちゃんには関係ない話だよね。新村くんからもベタ惚れされているんだし。他の男なんてどうでもいいでしょ」
どうやら優子さんは新村くんと私をくっつけるのを諦めていないようだ。
てか、優子さん自身は三浦部長がお見合いをしても平気なのかな。
私はじっと彼女を見つめた。
「あの……」
「ん? なぁに?」
「その、優子さんは平気なんですか。部長がお見合いするかもしれないっていうのに」
「うーん」
優子さんが目を閉じて腕組みした。
「正直、あんまり平気でもないんだよね。何て言うかこう、胸の奥でざわざわするみたいな」
「……」
え?
それって、もしかして。
え?
優子さん、まさか部長のこと……。
私がまた頭の中をぐるぐるさせていると優子さんは言葉を接いだ。
「私も独身が長いし、たとえお見合い結婚でも先を越されるなんて癪に障るじゃない? しかもたっちゃんに、だよ。確かにルックスはいいしお金持ちだし実績もあるけどたっちゃんなんだよ? そこらの女に負けるより悔しいじゃない。いっそこのお見合いでたっちゃんがヘマしてくれないかなぁって思ったりするんだよね」
「……」
違いました。
恋愛感情、微塵もないんですね。
私はどっと力が抜けるような感覚に陥る。どうにか椅子から転げ落ちずにいると優子さんがため息をついた。
「全く、常務もどうせなら私に声をかけてくれればいいのに。今ならお買い得だよ。くっつかないしゃもじのおまけ付きだよ」
「……」
優子さん、言ってることが意味不明です。
というかどこかの通販ですか?
優子さんが目を開けた。
「そもそもこんなに美人でキュートで天使な私が独り身ってどういうことなのよ。うちの会社の男共ってどいつもこいつも目が節穴なんじゃない? まーちゃんにさえ新村くんがいるっていうのに」
「……」
優子さん。
自分で天使って言いますか。
あと何気に私にケンカ売ってます?
私はジト目で彼女を睨みつつ口を尖らせた。