第53話(おまけ3)彼女は溺愛されていることを知っている
文字数 1,779文字
*
幸せ気分で中森さんと飲んでいたら少し飲み過ぎたらしい。
翌朝は二日酔いの頭痛に堪えつつ出社した。辛そうな私を気遣ってくれた老齢の守衛さんは優しいと思う。
いつものようにエレベーターではなく会談で上に向かった。私の勤務する第二事業部は八階にある。
途中の踊り場で今日くらいはエレベーターにするべきだったかなと私が後悔していると背後から声をかけられた。
「大野」
聞き慣れていても不意打ちを食らった私の心臓がどきりと跳ねる。声も出せずに振り返った私の視界に三浦部長がいた。
「やった。エレベーターじゃなくて階段にして正解だった。うん、朝からまゆかに会えるなんて超ラッキー。これで今日も一日頑張れる」
「……」
わぁ、朝っぱらから部長の悪癖だ。
その声は小さすぎて私にはよく聞こえない。
けど、これいつもの悪癖だよね?
私はにこりとして見せた。大丈夫、自然な笑みになっているはず。
「部長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
三浦部長がそう返しながら踊り場まで登ってきた。
高身長の彼は黙っているとかなりの威圧感を持つ。以前の私なら避けたいと思っただろう。それが何だか懐かしい。
私は視線を上げた。
ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らしているけど、私が見つめているのに気づいていないふりをしているけど彼の好意が伝わってきてつい嬉しくなってしまう。
ああ、私って彼に溺愛されているんだな。
再認識した私はニヤニヤが止まらなくなる。
羞恥を誤魔化すように彼がコホンと咳払いした。
「あ、明日は空けておいてくれよ。それまでにはどうにか仕事を片付けておくから」
「はい。でもいいんですか? 確か吉本機械工業との会合がありましたよね?」
「それは井原くんに任せることにした。彼には次のプロジェクトでリーダーをしてもらうつもりだからな。あちらの担当者にも慣れてもらわないと」
「えーっ、いいなぁ。私もリーダーをやらせてくださいよ」
「君はまだまだ実力不足。僕はこういうことで公私混同しないから」
「武田常務なら私にやらせてくれるかもしれないのに」
「僕は常務じゃないからね」
「部長のケチ」
私はプイッとそっぽを向いた。口を尖らせるのも忘れない。
あのなあ、と部長の声。
ふふっ、困ってる困ってる。
部長のリアクションが面白くて私は思わず笑いたくなる。けど、我慢我慢。
「わがままなまゆかも可愛いんだけどなぁ。うーん、でも公私混同は良くないし」
部長がまた小声で何か言っている。きっと私のことだ。
もう、二人っきりなんだからはっきり言ってくれたらいいのに。
どうせ好意なんでしょ?
うん、私もあなたが好き。
何かを決心したように部長が「よし」と呟く。
私はちらと彼を見た。
彼が私を見てる。
無視していると「まゆか」と私の名を呼んだ。それだけで私の胸の鼓動が一段跳ねる。
普段、社内だと私のこと名字で呼ぶ癖に。
「機嫌直してくれないか。代わりに美味い鶏肉の店に連れて行くから」
「……約束ですよ」
「まあ、昨夜もメッセージで約束しているしな。二言はないから安心しろ」
部長が周囲に目を走らせ、そっと私を抱き締めた。
温かな彼の体温とアップテンポの心音を感じる。じろじろ見たら怒るんだろうなぁとか思いながら真っ赤になった部長の耳を想像した。
彼の身体は大きくてその内に包まれた私はいろんなことがどうでも良くなって目を閉じる。
うん、あったかい。それに部長の匂いだ。
「よし、速攻で仕事を片付けるぞ。まゆかとのデートが待っているんだからな。井原くんには悪いけどまゆかのためにも頑張ってもらわないと。絶対に、何が何でもまゆかとデートするぞ」
「……」
部長、悪癖の小声が丸聞こえです。
本当にこれ何とかしたいなぁ。
でも、それだけ私のこと溺愛してくれてるってことなんだよね。
ちょい引いたけど、ま、いっか。
私は部長の背中に腕を回して指摘した。
「それ、めっちゃ公私混同ですよ」
部長がぎくりとする。
私はそんな彼が可愛くて、仕事をしている時の彼とは全然違う彼のギャップが可愛くて、堪えきれずクスクスと笑みを零してしまう。
「ま、まゆか?」
「あ、いえ。何でもないです」
「そ、そうか」
「部長」
戸惑っている彼に私は告げた。
「好き」
「……」
彼の体温が上がったのは気のせいじゃないよね?
おまけ・おしまいっ!
幸せ気分で中森さんと飲んでいたら少し飲み過ぎたらしい。
翌朝は二日酔いの頭痛に堪えつつ出社した。辛そうな私を気遣ってくれた老齢の守衛さんは優しいと思う。
いつものようにエレベーターではなく会談で上に向かった。私の勤務する第二事業部は八階にある。
途中の踊り場で今日くらいはエレベーターにするべきだったかなと私が後悔していると背後から声をかけられた。
「大野」
聞き慣れていても不意打ちを食らった私の心臓がどきりと跳ねる。声も出せずに振り返った私の視界に三浦部長がいた。
「やった。エレベーターじゃなくて階段にして正解だった。うん、朝からまゆかに会えるなんて超ラッキー。これで今日も一日頑張れる」
「……」
わぁ、朝っぱらから部長の悪癖だ。
その声は小さすぎて私にはよく聞こえない。
けど、これいつもの悪癖だよね?
私はにこりとして見せた。大丈夫、自然な笑みになっているはず。
「部長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
三浦部長がそう返しながら踊り場まで登ってきた。
高身長の彼は黙っているとかなりの威圧感を持つ。以前の私なら避けたいと思っただろう。それが何だか懐かしい。
私は視線を上げた。
ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らしているけど、私が見つめているのに気づいていないふりをしているけど彼の好意が伝わってきてつい嬉しくなってしまう。
ああ、私って彼に溺愛されているんだな。
再認識した私はニヤニヤが止まらなくなる。
羞恥を誤魔化すように彼がコホンと咳払いした。
「あ、明日は空けておいてくれよ。それまでにはどうにか仕事を片付けておくから」
「はい。でもいいんですか? 確か吉本機械工業との会合がありましたよね?」
「それは井原くんに任せることにした。彼には次のプロジェクトでリーダーをしてもらうつもりだからな。あちらの担当者にも慣れてもらわないと」
「えーっ、いいなぁ。私もリーダーをやらせてくださいよ」
「君はまだまだ実力不足。僕はこういうことで公私混同しないから」
「武田常務なら私にやらせてくれるかもしれないのに」
「僕は常務じゃないからね」
「部長のケチ」
私はプイッとそっぽを向いた。口を尖らせるのも忘れない。
あのなあ、と部長の声。
ふふっ、困ってる困ってる。
部長のリアクションが面白くて私は思わず笑いたくなる。けど、我慢我慢。
「わがままなまゆかも可愛いんだけどなぁ。うーん、でも公私混同は良くないし」
部長がまた小声で何か言っている。きっと私のことだ。
もう、二人っきりなんだからはっきり言ってくれたらいいのに。
どうせ好意なんでしょ?
うん、私もあなたが好き。
何かを決心したように部長が「よし」と呟く。
私はちらと彼を見た。
彼が私を見てる。
無視していると「まゆか」と私の名を呼んだ。それだけで私の胸の鼓動が一段跳ねる。
普段、社内だと私のこと名字で呼ぶ癖に。
「機嫌直してくれないか。代わりに美味い鶏肉の店に連れて行くから」
「……約束ですよ」
「まあ、昨夜もメッセージで約束しているしな。二言はないから安心しろ」
部長が周囲に目を走らせ、そっと私を抱き締めた。
温かな彼の体温とアップテンポの心音を感じる。じろじろ見たら怒るんだろうなぁとか思いながら真っ赤になった部長の耳を想像した。
彼の身体は大きくてその内に包まれた私はいろんなことがどうでも良くなって目を閉じる。
うん、あったかい。それに部長の匂いだ。
「よし、速攻で仕事を片付けるぞ。まゆかとのデートが待っているんだからな。井原くんには悪いけどまゆかのためにも頑張ってもらわないと。絶対に、何が何でもまゆかとデートするぞ」
「……」
部長、悪癖の小声が丸聞こえです。
本当にこれ何とかしたいなぁ。
でも、それだけ私のこと溺愛してくれてるってことなんだよね。
ちょい引いたけど、ま、いっか。
私は部長の背中に腕を回して指摘した。
「それ、めっちゃ公私混同ですよ」
部長がぎくりとする。
私はそんな彼が可愛くて、仕事をしている時の彼とは全然違う彼のギャップが可愛くて、堪えきれずクスクスと笑みを零してしまう。
「ま、まゆか?」
「あ、いえ。何でもないです」
「そ、そうか」
「部長」
戸惑っている彼に私は告げた。
「好き」
「……」
彼の体温が上がったのは気のせいじゃないよね?
おまけ・おしまいっ!