第50話 これからもずっと……(最終話です)
文字数 2,266文字
「お前さん、随分俺の息子に気に入られてるみたいだな」
北沢副社長がニヤリとした。
「中森の娘とも仲良くなったみたいだし、あれか? 人たらしの才能でもあるのか?」
「……」
そんなものはありません。
てか、私と中森さんのことばれてるんだ。
内心で動揺していると北沢副社長は笑みを広げた。にいっと笑うタヌキはやっぱり好きになれそうにない。
あ、このおじさん駄目だ。
息しないで欲しい。
「今回の一件、あいつにはあいつの仁義があって動いたんだろうから俺はそれを尊重する。お前さんは武田の側かもしれねぇがそれはそれだ。俺にだって人情はあるんだぜ」
「はあ」
「というかよくあの嬢ちゃんを手名付けたな。大したもんだぜ。どうだ? 俺の側につかねぇか? 悪いようにはしねぇぞ」
ぞわり。
反射的に悪寒が走った。
わぁ、やだやだやだやだ。
こんな人の下につくなんてあり得ない。
あっ、でもこのタヌキおじさん副社長なんだよね。
うーん、この会社大丈夫かなぁ。
いくら懐が深いといっても限度があるんじゃない?
「親父……副社長、戯れはそのくらいにしてもらえますか。彼女まで権力争いに巻き込もうというのなら俺は降りますよ」
北沢先輩の声が冷たい。
ちっ、とまた舌打ちして北沢副社長は提案を撤回した。
「あーやめやめ。興が醒めた。帰るぞ」
「はい」
北沢副社長がくるりと背を向け、先輩がそれについていこうとする。
部屋の外に出かけた北沢副社長が足を止めた。
「そうそう」
彼は振り返った。
「中森の娘と友だちになってくれてありがとうよ。あいつはいろいろと誤解されがちなんでな。ネットだと友だちを作れる癖にリアルだとさっぱり駄目なんだ。良い子だってのは俺が保証する。だからこのまま仲良くしてやってくれ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
私が頭を下げると副社長が声音を変えた。
「もしあいつを裏切るような真似をしたら絶対に許さねぇからな」
「……」
あわわわ。
私、どえらい子と関わっちゃったなぁ。
じゃあな、と言って北沢副社長たちは去って行く。
……悪い人じゃないんだよね。
あのタヌキおじさんも誤解されやすいだけなんだよね?
この場にいない中森さんに私はそう尋ねるのであった。
*
その後少し武田常務の部屋で話をしてから私と三浦部長はお暇した。
二人きりになると気持ちがぶり返して顔に熱が集まってくる。私は意識しないよう努めつつもちらちらと三浦部長の顔に目がいってしまっていた。
そして、三浦部長のほうも私を意識しているようだった。
まあ無理ないよね。
私、あの電話で「好き」って伝えちゃったんだし。
伝わってるんだよね?
エレベーターの前に私が立とうとすると三浦部長の手が伸びた。私の手を引いて階段へと向かう。
「あの、部長?」
「……」
握られた手が三浦部長の体温を感じて私をさらに熱くする。でも決して嫌ではなかった。
ヨツビシのロバ(釜本)に連れ去られそうになったときとは全く違う。胸がドキドキしていたが不安から来るものではなかった。それどころか淡い期待をしてしまう自分がいた。
そんなことないのに、と冷静な部分の私が頭の中でささやく。
部長が良くしてくれるのは私が彼の部下だから。
私の好意を拒否しないのは彼の優しさ。
誤解しては駄目。
三浦部長と手を繋いだまま階段の踊り場に出る。そこで彼は足を止めた。
しいんと静まった空間に妙な緊張感が走る。静か過ぎて私の心臓の音まで聞こえそうだった。
「大野」
三浦部長が振り向いた。
人間ってこんなに怖くて赤い顔ができるんだ、と私は感心してしまう。
あ、ひょっとして私、常務の部屋で粗相をしてしまったのかな。
うーん、何かやったかなぁ。
「聞いてくれ」と前置きして部長は私をじっと見つめた。
その眼差しに思わず身体がビクリとなる。
だって怖い顔なんだもん。
どうしろっていうの?
「付き合ってくれ」
絞り出すような声。
「え」
私は目を瞬いた。
以前も同じ言葉を言われたことがあった。
でも、あのときと今は違う。
何しろ私の気持ちが違う。
「それ、本気で言ってます?」
「ああ」
「どこかに付き合うとかそんな意味じゃないですよね?」
「そんなつもりは一切ない」
「私が部長に好きって言っちゃったから……その、気を遣ってくれているならそんな必要ないですよ」
「僕が君を好きだから、それじゃ駄目か?」
「……」
わぁ、
来ましたよ。
とうとう来ましたよこの言葉。
これ、夢じゃないよね?
どこかに隠しカメラとかあって「ドッキリでした」なんてことないよね?
もしそんなのだったら泣くよ。
わんわん泣くよ。
三浦部長が優しく私の腕を引いた。突然のことに私は逆らうこともできずに彼の胸へと収まる。男の人の匂いがして、それが嫌いではない匂いで私は安心した。
できればずっとこうしていたい。
三浦部長の甘い声が降ってくる。
「まゆか、君が好きだ。僕と付き合ってくれ」
それは確かに甘い声で。
私は少しだけ身を離して彼を見つめた。
彼のこれまでの奇行がジグソーパズルのピースのように一つ一つはまっていく。
私と話すときの赤い顔も。
あの悪癖ともいえる小声も。
全て私への好意だったんだ。
私、彼に溺愛されていたみたい。
知ってしまった私はもう気持ちを抑えられなかった。
私はぎゅっと三浦部長を抱き締め、これまで我慢していた分を全て吐き出す勢いで告げた。
「私も部長が好きです。これからもずっと傍にいさせてください」
「彼女は溺愛されていることを知らない」完。
北沢副社長がニヤリとした。
「中森の娘とも仲良くなったみたいだし、あれか? 人たらしの才能でもあるのか?」
「……」
そんなものはありません。
てか、私と中森さんのことばれてるんだ。
内心で動揺していると北沢副社長は笑みを広げた。にいっと笑うタヌキはやっぱり好きになれそうにない。
あ、このおじさん駄目だ。
息しないで欲しい。
「今回の一件、あいつにはあいつの仁義があって動いたんだろうから俺はそれを尊重する。お前さんは武田の側かもしれねぇがそれはそれだ。俺にだって人情はあるんだぜ」
「はあ」
「というかよくあの嬢ちゃんを手名付けたな。大したもんだぜ。どうだ? 俺の側につかねぇか? 悪いようにはしねぇぞ」
ぞわり。
反射的に悪寒が走った。
わぁ、やだやだやだやだ。
こんな人の下につくなんてあり得ない。
あっ、でもこのタヌキおじさん副社長なんだよね。
うーん、この会社大丈夫かなぁ。
いくら懐が深いといっても限度があるんじゃない?
「親父……副社長、戯れはそのくらいにしてもらえますか。彼女まで権力争いに巻き込もうというのなら俺は降りますよ」
北沢先輩の声が冷たい。
ちっ、とまた舌打ちして北沢副社長は提案を撤回した。
「あーやめやめ。興が醒めた。帰るぞ」
「はい」
北沢副社長がくるりと背を向け、先輩がそれについていこうとする。
部屋の外に出かけた北沢副社長が足を止めた。
「そうそう」
彼は振り返った。
「中森の娘と友だちになってくれてありがとうよ。あいつはいろいろと誤解されがちなんでな。ネットだと友だちを作れる癖にリアルだとさっぱり駄目なんだ。良い子だってのは俺が保証する。だからこのまま仲良くしてやってくれ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
私が頭を下げると副社長が声音を変えた。
「もしあいつを裏切るような真似をしたら絶対に許さねぇからな」
「……」
あわわわ。
私、どえらい子と関わっちゃったなぁ。
じゃあな、と言って北沢副社長たちは去って行く。
……悪い人じゃないんだよね。
あのタヌキおじさんも誤解されやすいだけなんだよね?
この場にいない中森さんに私はそう尋ねるのであった。
*
その後少し武田常務の部屋で話をしてから私と三浦部長はお暇した。
二人きりになると気持ちがぶり返して顔に熱が集まってくる。私は意識しないよう努めつつもちらちらと三浦部長の顔に目がいってしまっていた。
そして、三浦部長のほうも私を意識しているようだった。
まあ無理ないよね。
私、あの電話で「好き」って伝えちゃったんだし。
伝わってるんだよね?
エレベーターの前に私が立とうとすると三浦部長の手が伸びた。私の手を引いて階段へと向かう。
「あの、部長?」
「……」
握られた手が三浦部長の体温を感じて私をさらに熱くする。でも決して嫌ではなかった。
ヨツビシのロバ(釜本)に連れ去られそうになったときとは全く違う。胸がドキドキしていたが不安から来るものではなかった。それどころか淡い期待をしてしまう自分がいた。
そんなことないのに、と冷静な部分の私が頭の中でささやく。
部長が良くしてくれるのは私が彼の部下だから。
私の好意を拒否しないのは彼の優しさ。
誤解しては駄目。
三浦部長と手を繋いだまま階段の踊り場に出る。そこで彼は足を止めた。
しいんと静まった空間に妙な緊張感が走る。静か過ぎて私の心臓の音まで聞こえそうだった。
「大野」
三浦部長が振り向いた。
人間ってこんなに怖くて赤い顔ができるんだ、と私は感心してしまう。
あ、ひょっとして私、常務の部屋で粗相をしてしまったのかな。
うーん、何かやったかなぁ。
「聞いてくれ」と前置きして部長は私をじっと見つめた。
その眼差しに思わず身体がビクリとなる。
だって怖い顔なんだもん。
どうしろっていうの?
「付き合ってくれ」
絞り出すような声。
「え」
私は目を瞬いた。
以前も同じ言葉を言われたことがあった。
でも、あのときと今は違う。
何しろ私の気持ちが違う。
「それ、本気で言ってます?」
「ああ」
「どこかに付き合うとかそんな意味じゃないですよね?」
「そんなつもりは一切ない」
「私が部長に好きって言っちゃったから……その、気を遣ってくれているならそんな必要ないですよ」
「僕が君を好きだから、それじゃ駄目か?」
「……」
わぁ、
来ましたよ。
とうとう来ましたよこの言葉。
これ、夢じゃないよね?
どこかに隠しカメラとかあって「ドッキリでした」なんてことないよね?
もしそんなのだったら泣くよ。
わんわん泣くよ。
三浦部長が優しく私の腕を引いた。突然のことに私は逆らうこともできずに彼の胸へと収まる。男の人の匂いがして、それが嫌いではない匂いで私は安心した。
できればずっとこうしていたい。
三浦部長の甘い声が降ってくる。
「まゆか、君が好きだ。僕と付き合ってくれ」
それは確かに甘い声で。
私は少しだけ身を離して彼を見つめた。
彼のこれまでの奇行がジグソーパズルのピースのように一つ一つはまっていく。
私と話すときの赤い顔も。
あの悪癖ともいえる小声も。
全て私への好意だったんだ。
私、彼に溺愛されていたみたい。
知ってしまった私はもう気持ちを抑えられなかった。
私はぎゅっと三浦部長を抱き締め、これまで我慢していた分を全て吐き出す勢いで告げた。
「私も部長が好きです。これからもずっと傍にいさせてください」
「彼女は溺愛されていることを知らない」完。