第145話 とっておき

文字数 392文字

 静まり返った県立武道館。窓を覗くといつの間にか雨が上がっている。他校の対戦相手と違い、いつもより準備をする距離が近い。顧問も『リラックスしてやれ』と指示も曖昧だ。

 面を被り立ち上がって体を解す。横でも同様の体操が行われている。
「真似すんなよ」
 そう突っ込みを入れたくなる颯来のブレーキを踏んだのは、千城の表情であった。慣れ合いなど入る余地など無い集中状態だ。今まで見たことのない千城がそこに居た。


 蹲踞で構える。
「始め!」
 四人が同時に立ち上がり、武道館に発声が響く。

 稽古で何度もやってお互いの手の内は分かっている。推し量るための小細工は不要だ、純粋な駆け引きのみである。
 警戒すること無く千城が間合いを詰めてくる。
(ズケズケトと遠慮の無ぇおばちゃんみたいに……図々しい)
 颯来は千城の足が止まった瞬間を狙って威嚇を入れる。千城はその威嚇にピクリとも動じない。
(かわいくないねえ)
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