第93話

文字数 713文字

 礼をして蹲踞をする。お互いのアイコンタクトが合図不要で同時に立ち上がり、試合が開始される。
「おぉぉりゃぁ」
「せいやぁぁぁ」
 気合の発声がされる。千城がこんなにも気合を入れたのは久しぶりだ。
 颯来は持ち前の手数とパワーを活かして打ち込む。今まで考えていたのを振り払うように連続で打ち込む。一稽古後とは思えない回転力で打ち込む。

『ダン』『ダダーン』颯来の床を踏み締める音、そして『メーン』『コテ、メーン』と颯来が発する声。『カシャ』『パーン』『ガキッ』と竹刀や互いがぶつかる響きが、次第に減って行く。
「ニャ、ロー。どう、いう、つもりだ」
 ぶつかって鍔迫り合いになり、颯来は面金をぶつけながら千城に語る。息が切れている。
 八、九十秒ほどの颯来の連打は全てかわされた。
 千城は、始めは颯来の打ち込みを竹刀で受け、体もぶつかる。徐々に剣先で『いなし』、体も接触しない。
 千城は『元立ち』〔*わざと打ち筋を見せてそこを打たせる、稽古での打突を受ける側〕をしているようであって、剣道の練習の一つ、『掛かり稽古』をしているようであった。
 そして千城はまだ一本も竹刀を振っていない。それだけならまだしも終いの方では、千城は颯来の打ち込みをスウェイバック、体捌きで竹刀すら使わず避けてみせたのだ。
 さすがに自慢の連打を空振りさせられて、颯来も肉体だけでなく心が疲弊した。

(まだ早い……さすがだな)
 千城は颯来をそう分析する、だから煽る。
「いつでも取れるからな」
「コン……ニャロ」
 力ずくに押し放し、鍔迫り合いを解くと追い打ち面を放つ、これすらも体を逸らして躱す千城、しかし颯来も追いすがる。先程までと同じく攻める颯来、避ける千城が繰り返される。
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