第109話

文字数 1,028文字

 時は遡ってブロック予選個人決勝。決勝戦に進出した颯来、対するは千城。県大会出場は二枠、二人共決勝戦進出の時点で決定している。

「愉香ちゃん見なかった? 颯来」
 千城は胴を装着しながら話しかける。
「知らねーよ」
「応援頼んだのになぁ。やっぱダメか」
「余裕見せてくれるじゃんかよ、これから決勝戦だっつーのに」
「お前だって余裕じゃないか、まだ袴も着けてないなんて」
「余裕何て無―よ、じゃあな」
 颯来は焦らず急いで便所に駆け込む。二人は腹を壊していた。

 前半女子、後半の部を男子で行われる個人戦、女子部の無い城西高剣道部、早飯を食べた二人は調子よく決勝まで進んだところで我慢していた腹の調子が限界を迎え決壊した。

 持参した弁当の早食い競争が、何と無しに始まったのがきっかけだった。
「俺の勝ちだな」
「颯来の方が弁当少ないじゃん」
「負け惜しみを……ま、俺はまだまだ食えるけどね」
 こっそりと武道館を抜け出す二人。激辛ラーメン大盛で第二ラウンドが人知れず開始されていた。

 二人揃って、と言うことで異例の決勝戦までのインターバルが設けられた。トイレを済ませて何とか二人は、試合場に入って礼をする。
(クッ、この体制は良くない……)
 蹲踞をためらう千城。
(早く座れ彦、このバカ)
(ウッ、穴が……痛い……颯来……平気なのか?)
「始め」
 主審の合図で両者立ち上がるも、打つに打てない。飛び込む蹴り足が、力を乗せる踏み込み足が、耐えられる気がしない。
 中段の構えのまま。発声もそこそこに睨み合いが続くと、主審より『待て』がかかる。
「注意」
 これは反則となる。二回反則を取られると『一本』となる。そして試合が再開される。
 再び永い間合いの攻防の末、ついに千城が動く。
「すみません、タイムお願いします」
 剣道で手を挙げることはタイムを意味する。それは防具が外れた場合や、竹刀の交換などを行うためである。
「トイレ……ダメですか?」


***


 ブロック予選決勝は超異例のノーコンテストとなる。
 両者ともに県大会出場が決まっている事、両者が同じ学校である事、食中毒の可能性などから無効試合とし、ブロック代表一位、二位は顧問の決定で良いとされた。〔*代表一位は他の代表の二位と対戦が組み合わせられるため〕

「待ってろよ彦、勝負は県大会だ」
「負ける気しねーよ」
「何なら今勝負しても良いんだぜ?」
「望むところだ」
「フッ」
「ヘヘッ」
 二人は急いで面を取り、胴を外す。一番近いトイレへと勝負が始まっていた。
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