第92話 差

文字数 586文字

 稽古が終わって他の部員たちは帰った剣道場、千城と颯来は再び座して面を被る。
 
『勝つ準備』は整わなかった。どうしたら千城に勝てるのか、考えるだけ無駄だった。そんなものがあるはずない、勝負に『絶対』なんてあり得ないのが常識だ。
(『戦う前に勝っている』? だから『戦う必要がない』? よく考えたらおかしいだろ?)
 颯来はパニックである。
(どうせ勝つんだから戦わないってんなら、彦だって戦う必要ない。でも勝負するってんだから、彦にも勝算がないってことか?)

 しばらく颯来は千城とは口をきいていなかった。それが余計に部内の雰囲気を壊し、千城を孤立させていた。それは中学時代の颯来そのものだった。それにふと気づいた颯来は思うところがある。


 千城は『今日』愉香に告白しに行く。颯来が勝てば諦める、と言っている。
「そんなのに俺の許可なんて必要ないだろ?」
「別にお伺いを立ててる訳じゃない、報告だ」
「報告の必要もない」
「でも、気になるだろ?」
「……ニャロ」
「『勝手にしろ!』と言わない、言えない時点で俺は間違っていないだろ」
「……勝手には……させない!」
「そうこなくっちゃ、颯来が勝てば告るの止めるよ」

(どうしてこんなんになったんだ?)
(彦とは気が合ってたのに……)
(あのままずっと楽しく……ずっと?)
 考えれば考える程面倒くさいと面紐をきつく縛り上げ、立ち上がる。千城もそれに呼応する。
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