第6話

文字数 954文字

 颯来は剣道部であった。小学校の時から武道一筋で打ち込んできた。球技なんぞに浮気したことは無い。全てをそのパワーで黙らせてきた。
 負けず嫌いの颯来は穏やかではいられない。自身の測定はそっちのけで今まで『すげぇ』と声をあげていたクラスメイトたちは唖然としてしまう。

「女の子投げっぽくね?」
 誰かが思わず呟いた。颯来の不細工な投法、それを妥当に表した言葉は、声を聞いた何人かの失笑を呼ぶ。
 笑いが起きた方に顔を向ける颯来。顔を背ける発信源辺りの傍観者たち。そんな双方の間を漫画のように砂埃を巻き上げながら通り抜ける風が、沈黙の時間を強調し、その場の温度をさらって行った。
「女子なら新記録だな」
「…………そうだな」
 颯来は堪えた、望未の敢えて放った言葉に応えて。
 それが最後の種目だった。

 二年C組を出た先、三階の渡り廊下は屋外になっている。重いガラスの引き戸の向こうに颯来の姿を見た望未は、昼休みの間だけでもそっとしておこうと思った。



 昼休み、望未は颯来とキャッチボールをするようになる。

「投げ方教えてくれ」
「ん」
 望未は携帯端末機の検索結果画面を颯来に見せる。
「こんなの見ても分からねーよ」
「やだよ、面倒くさい」
「じゃあ、投げる相手をしてくれよ」
「相変わらず、ど真ん中ストレートだな」
「俺の得意球だよ」
「チェンジアップ投げてたじゃねーか」
「遠くに投げられるようになればいいよ、遅い球は必要ない」
「……」
「言っておくけど、お前に負けたからって訳じゃないからな」
「はいはい」

 みるみるうちに上達し、遠投だけなら望未より距離が出るのではないかというほどだ。望未も段々に楽しくなってきて受けるだけでなく投げた、徐々に力を込めて。颯来のキャッチングはさらに目を見張るものであった。
 部員の少ない野球部では、望未のマウンドからの投球を三年生の正捕手以外、捕球できない。それをマウンドからではないにしろ、速球、ちょっとした変化球を混ぜても颯来はボールを後ろに溢すことは無い。

(ボールを全く怖がってない。と言うより、『スピード』をものともしていない、ボールの変化も見えている。『捕れない』なんて思ってもいないから迷いもないし、捕球も丁寧だ。イメージ通りに体が動いてる感じだ。目も勘もいい)
 望未は颯来をそう分析して、感心した。
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