第141話 言い訳

文字数 908文字

 仙波がファールで粘る。ワンボール、ツーストライク、次が五球目である。見た目のスピードより球威は落ちている、打席で見ると思ったより変化球はキレていない。
「ファール」
 何とかバットに当てる。前言撤回したくなる変化球だ。
(何としてでも塁に出る)
 仙波の決意が空振りを拒む。里見の意地が打球を前に飛ばさせない。
「ストライクバッターアウト!」
 六球目、力のあるストレート。仙波の決意を里見の意地が上回ったかのように力でねじ伏せた。バットをベースに叩きつけて悔しがる仙波。
「来生……間違いない……頼んだ」
「……はい」
 打席へ向かう望未。応援席の遥を見る。目と目が合う。望未は遥と視線が交わる、そんな普通のことが嬉しく感じた。
 遥の口が動く。何かを言おうとしたように思われた口からは音も無く、遥は笑顔を贈った。
 望未は何かを補給したかのように、パワーを漲らせると一呼吸溜めてバッターボックスに入る。
 雨が強くなってきた。内野は定位置に戻り、外野の守備位置は浅め、バックホーム体制である。
「あっとひっとり、あっとひっとり」
 応援にも力が入る。後一人、追い込まれた大城学園。スタンドの声援が、里見に『もう少し、後一人』分の力を生産させる。里見のボールに力が戻る。

 外へ逃げる球空振り、内角速い球手が出ずボール、外角低め一杯速い球ファールチップ。追い込まれた。 
「あっと一球、あと一球」
 里見に最後のパワーを送り込む声援。
(やばい……打たなければ)
 グリップを握る指に力が入る。奥歯を噛みしめる。
(考えるな、無心だ。来た球を全力で振り切ろう)
 望未は自分のスイングをすればいい、そう決めた。里見がセットポジションに入る。大声援の中、遥の声が聞こえる。
「望未君! バット!」
力みが望未のバットを以前のように寝かしていたことに気付く。実際には遥の声が聞こえた気がしただけかもしれない。ふと右目の隅にキャッチャーが入り込む。立てたバットを再び寝かせて構え直す。一瞬の間を開けて里見がモーションに入る。
(コイツは恐らく、バットに力が入っていたのに気付いている。里見の決め球は? 打ち気になっているバッターに何を投げる? 颯来なら? 考えろ!)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み