第27話

文字数 919文字

「ども」
 男はしゃがれ気味の小さく低い声で話しかけてきた。
 普段なら軽く会釈して遠くを見つめ直すのだろうがその時の俺は、不思議と挨拶を交わしてしまった。
「こんにちは」
営業マンとしての職業病か、自然と口角を上げて目を細める。この当たり障りのない造り笑顔も板についた。
「すみません、ライター持ってますか」
男は落ち着いた様子で伺ってきた。
「はい、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのかわからないが、俺はポケットからライターを取り出した。
 男はライターを受け取ると手に持っていた一本のタバコを咥え、火をつけた。
 深々と煙を吸い込みながら男は旨そうに真っ白な息を吐き出した。
「いい天気ですね」
男は空を見上げて言った。
それに合わせるように俺も
「そうですね。こんな日はどうも眠くなってしまって大変です」
と適当な相槌をうった。
会話の空白を嫌うのは、長年外商部勤めの悪い癖なのだろう。
「お仕事ですか?大変ですね」
 男の声は決して大きくない。むしろ小さな方だろう。しかし、だからといって聞き取りにくいというわけではなかった。意図的に小さな声で話しているのだろうか。
「いえいえ、私は今ちょうど一仕事終わったところだったんで、少しホッとしていたのですよ」
 小柄なその男は俺の斜め前に立った。
「こんな日は色々と思い出してしまいます」
 Tシャツの袖から覗くその男の腕は太く筋肉が隆起しているのがよくわかった。よく見ると肩幅も広く胸板も厚かった。格闘系のアスリートを思わせるような風貌をしていた。左手に着けたゴツいGショックがよく目立つ。
 「凄い筋肉ですね。どこかで鍛えられているのですか」
 「いやいや、まぁ仕事柄勝手にこんな体になってしまったところがあるんですよ」
 男は自分の左腕を曲げて自分の筋肉を確かめるように撫でた。
 「肉体労働系のお仕事なのですね。じゃあこれからの季節は暑くて大変でしょう」
 俺は何故だかその男に興味を惹かれていた。
 「そうですね現場仕事なので体が資本っていうところがありますね。でも、暑くなる頃には僕はここにはいないと思うので。」
 男は爽やかな笑顔でそう切り替えした。歳の頃なら40代前半か俺よりも少し年下に見えた。彫りの深い顔に短髪がよく似合う。
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