第22話 ミドルテンポバラッド
文字数 1,071文字
春の名残も少なくなり、初夏の香りが頬を撫でていく。
ジトジトとした空気が漂う直前の、一年で最も爽やかで過ごしやすい季節。
目の前に見える緑は益々その深さを増し、これから訪れる夏の強烈な日差しを耐え、秋に実りを与える準備を整えようとしている。
もう中年と言われる歳なのに俺は、毎年この時期になると思い出してしまう事がある。
大学四年生になった俺は就職活動の企業エントリーもひと段落つき、後は企業側のリアクションを待っている時期だった。大学ですることといえば退屈なゼミと卒業論文を残すのみとなっていた。
世間的には好き勝手にやってきた大学生活に終止符を打ち、ようやく社会人として一歩を踏み出すタイミングだ。しかし、同時にそれは学生という可能性のみの時間を、思い出のアルバムに無理やりに封じ込める時期でもあるのだ。これまで見ていた夢や希望や目標を「会社」という一つの組織に集約し、社会の一員としてこの世に適合させていくための覚悟を決める時間でもある。
この時俺は、十代の頃に思い描いていた夢はぼんやりとしたまま思い出のコレクションの一つに追いやられ、それに変わって現実が絶望と共にやってきたと実感していた。
幼い頃から考えると一人称は「僕」から「俺」になる。そして、面接という偽りの交渉を経て「私」に成り果てる。俺は、俺と呼ぶときは心の中だけとなっていた。
今から思えば、俺の夢はミュージシャンになることだった。
小学生時代の俺はどこにでもいるような、学校の同級生から得られる情報のみで世界を見ていた。マンガが流行ればコミックスを集めてキーホルダーのガチャを回し、アジアのアイドルが流行ればそれらの下敷きや消しゴムなど、少ない小遣いの中から明らかに偽物のブートレックに手を出した。ゲームも流行れば流行るだけ興味をもった。俺の部屋は次々と新しいグッズが溢れ、それは、多岐にわたり一つとしてまとまりはなかった。
しかし、それは突然やってきた。中学生二年生の夏の夜だった。俺は何となく兄貴から借りたカセットテープを小さな音で流していた。そのテープは兄貴が友達から借りたという、今で言うコンピレーションアルバムだった。色んなミュージシャンがイギリスの有名なミュージシャンのカバー曲ばかりを演奏している。
俺は音楽には特に興味はなかった。その時に流行っている音楽だけを聞いているミーハーな中学生だった。何故あの時、あのアルバムカセットをかけていたのか俺にもよくわからない。しかし、あの時、スピーカーから流れてきた「音」は紛れもなく形があり、色が着いていた。
ジトジトとした空気が漂う直前の、一年で最も爽やかで過ごしやすい季節。
目の前に見える緑は益々その深さを増し、これから訪れる夏の強烈な日差しを耐え、秋に実りを与える準備を整えようとしている。
もう中年と言われる歳なのに俺は、毎年この時期になると思い出してしまう事がある。
大学四年生になった俺は就職活動の企業エントリーもひと段落つき、後は企業側のリアクションを待っている時期だった。大学ですることといえば退屈なゼミと卒業論文を残すのみとなっていた。
世間的には好き勝手にやってきた大学生活に終止符を打ち、ようやく社会人として一歩を踏み出すタイミングだ。しかし、同時にそれは学生という可能性のみの時間を、思い出のアルバムに無理やりに封じ込める時期でもあるのだ。これまで見ていた夢や希望や目標を「会社」という一つの組織に集約し、社会の一員としてこの世に適合させていくための覚悟を決める時間でもある。
この時俺は、十代の頃に思い描いていた夢はぼんやりとしたまま思い出のコレクションの一つに追いやられ、それに変わって現実が絶望と共にやってきたと実感していた。
幼い頃から考えると一人称は「僕」から「俺」になる。そして、面接という偽りの交渉を経て「私」に成り果てる。俺は、俺と呼ぶときは心の中だけとなっていた。
今から思えば、俺の夢はミュージシャンになることだった。
小学生時代の俺はどこにでもいるような、学校の同級生から得られる情報のみで世界を見ていた。マンガが流行ればコミックスを集めてキーホルダーのガチャを回し、アジアのアイドルが流行ればそれらの下敷きや消しゴムなど、少ない小遣いの中から明らかに偽物のブートレックに手を出した。ゲームも流行れば流行るだけ興味をもった。俺の部屋は次々と新しいグッズが溢れ、それは、多岐にわたり一つとしてまとまりはなかった。
しかし、それは突然やってきた。中学生二年生の夏の夜だった。俺は何となく兄貴から借りたカセットテープを小さな音で流していた。そのテープは兄貴が友達から借りたという、今で言うコンピレーションアルバムだった。色んなミュージシャンがイギリスの有名なミュージシャンのカバー曲ばかりを演奏している。
俺は音楽には特に興味はなかった。その時に流行っている音楽だけを聞いているミーハーな中学生だった。何故あの時、あのアルバムカセットをかけていたのか俺にもよくわからない。しかし、あの時、スピーカーから流れてきた「音」は紛れもなく形があり、色が着いていた。