第3話

文字数 697文字

 俺はそれを黙って見ていた。別に断る理由もないが、受け入れるつもりもない。同じベンチの左右に俺とオッサンが座っているだけだ。
「ええ天気やなぁ。なぁ、兄ちゃん」
 オッサンは空を見上げながらそう呟いた。
「はい、まぁ」
 俺は地面を眺めながら、曖昧に返事を返した。
「こんな時は、なーんも考えたらアカンな。ただボーッと世の移ろいを眺めておくのがいっちゃんええ」
 オッサンの表情は変わらなかった。
「いきなり話しかけられてビックリしたやろ?」
 オッサンがこっちに顔を向けた。
 黒目がちな眼差しがこちらを向いている。
「ええ、まぁ」
 俺はそれだけ答えた。
 よく考えたら、人と話すことはほとんどなかった。いつもは母親の一方的な会話にただ返事でもない相槌を付き合い程度にしているだけで、キッチリと文章化した会話など何年もしていなかった。
「なんやさっきからショボくさい顔しとるのぉ。迷惑か?」
 オッサンが俺の顔を覗き込んで来た。
 いきなり出てきた醜いオッサンの顔に俺は驚き焦った。
「兄ちゃん、アンタはワイのことを誰やねんって思っているやろ。でもな、ワイは兄ちゃんのこと知っとるで。兄ちゃんなぁ、ちょいちょいこの河原に来て、ボーッて川見て、んで、何もせんと帰るやろ。変なやっちゃなぁ思っとってん。いつか声かけたろって思ってたからな」
 俺はオッサンの顔を見た。オッサンは無表情でこっちを見ている。
「なんや?なんか変な顔しとるか?オトコマエやろ」
「いや、…」
 俺は喉が張り付いてうまく声が出せなかった。おれは軽く咳払いをした。
「なんや?久々に喋ろうとしたから声の出し方忘れたんかいな」
 オッサンは軽く鼻で笑いながら微笑んだ。
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