第15話

文字数 1,075文字

 二日目、私は午前の遅い時間にもぞもぞと起き出し、着替えることもなくテレビのスイッチを入れぼんやりと朝食に用意されていたトーストをかじっていた。開店休業状態の店は父がレジ前でボンヤリとラジオを聴いている。店を継いだ兄は義理の姉とともに近隣の小学校や中学校に絵の具や教材を売りにワゴン車で出かけたらしい。
 家の中は私と母と今年三歳になったばかりの姪の亜美だけが残された。
「アンタ、やることないなら亜美ちゃん連れて散歩にでも行きなよ」
 そう母に促されて私は亜美を連れて河川敷にやってきた。
 自分の時間はゆっくりと進むのに他人の時間は高速で進んでいく。特に子供の成長は早い。
 亜美が生まれた時に一目でも見なきゃいけないと思い実家に帰ってきた。初めて彼女を抱いたとき私はその軽さに驚いた。まだ目も開けられず、口をモゴモゴと動かすだけの小さなその塊は人というより何か得体の知れない人形かぬいぐるみのような印象を受けた。そんな彼女が日々どんどんと成長し、今はもう自分の足で立ち積極的に私の手を握りしめて歩いていく。私はその手の柔らかさと温もりに心が少しだけ穏やかに暖められるのを感じた。
 河川敷には小さな滑り台とブランコが置かれている公園とも呼べないような小さな遊び場がある。私たちはそこでひとしきり体を動かした。亜美は小さな体で滑り台を何往復もし、それに飽きたら私にブランコに座った背中を何度も何度も押させた。これを何度も繰り返す。本当に何度も何度も繰り返す。
 私は少し疲れたので亜美に休憩を申し立てたが、彼女はそれを不服とし一人で滑り台の降り口にある砂場で、砂をいじって遊んでいる。私は傍にあるベンチの真ん中に座り持ってきたペットボトルの水で軽く口を湿らせた。五月の日差しが私の背中を刺しているのが感じられた。ジワリと背中の汗がシャツを肌に貼り付けているのがわかる。
 川の流れは緩やかで、水が流れる音は遠くから聞こえる自動車のエンジン音と同化している。数十メートル離れた向こう岸は、人影も少なく小さなベンチに座っている青年が一人いるだけだった。
 さして柔らかくもない質の悪い砂場の砂と格闘している亜美と、少し先にある草むらと川の流れが同じ平面上に置かれ遠近感が薄れていくように感じた。
 あまり好きではないこの季節の平日に、小さな女の子と寂れた公園にいる自分、という状況に私は少し戸惑いを感じた。しかしその戸惑いは、不思議と居心地が悪いものではなかった。むしろこの違和感に身も心も浸りきってしまってもよいと思えるような、今まで感じたことのないものだった。
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