第2話

文字数 983文字

 俺はたまにこうして外に出て散歩に出かける。それも人があまりいない午前中の、本格的に一日が動き出す前の暖機運転のような時間帯をあえて選んでいる。
 俺はいわゆる引きこもりというものではない。こうして外に出たい時は外に出て、眠りたい時には眠る。食いたい時に食い、歩きたくなればまた歩き出す。より自由で奔放を楽しむ。両親も諦めたのか最近は会話らしい会話もなく俺の好きなようにさせてくれている。俺はこの生活が好きだ。
 だが、ただ一つ、いわゆる社会的な行為だけは生命の無意味さを増幅させ俺を無気力にさせる。社会の一員などといわれれば、虫酸が走り、心がざわつく。なぜ人はしたくもない勉強をさせられ、その努力の結を果数値化された成績により輪切りにされ、同じような数字を持った者たちの集団に混じり朝早くから満員電車に乗り、働かされ、ヘトヘトになりながら一日を終えるのだろうか。
 俺はきっと不適合者なのだろう。自覚はしている。このまま何もせず人生が終わるのをただ黙って待っているのだ。
 コンクリートで作られた灰色のベンチは日の光に照らされ温められている。俺はベンチに座りボンヤリと流れる川を見つめていた。川の水量は多いが流れは穏やかだ。川の流れは爽やかな風の音と混じり、自分の気持ちだけが肉体から解放され、溶け合い空間の一部となるような感覚になる。この気持ちは悪くない。ただただ一日のとある瞬間を虚無に浪費してゆく。この緩やかな死への順番待ちのような時間は、何かを成し遂げなければという世間的な焦りを無に帰してもらえる。もう俺に生きる意味なんて無くなった。
 そんなことを考えながら、俺はひとり川の流れを眺めているとふと背中に気配を感じた。
何か得体の知れない威圧感は背中越しでも感じられる。
「なんや。先客かいな」
 低く、地を這うような声が背後から聞こえてきた。
 俺は反射的に後ろを振り返った。
 そこにはくすんだよれよれのアロハシャツに細身のジーンズで麦わら帽子といったいでたちのオッサンが立っていた。ラフな格好のオッサンの肌は浅黒く、まるでアスファルトのようにニキビ跡でボコボコだった。ほうれい線は深く小鼻からまっすぐ顎に伸びていた。お世辞でも男前とは言えない。
「ワイな、そのベンチで甲羅干しするんが日課なんや。ちょっとええか」
そう言ってそのオッサンは俺の横にドッサと腰を下ろした。
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